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第1部 シンデレラボーイは、この『オオカミ少女』を幸せにする義務がある!

第16話 ありふれたお弁当で役員最強

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 古羊と不毛な言い争いをした翌日のお昼休み。

 俺はよこたんの提案による生徒会役員同士の仲を深めるべく、元気と別れて双子姫と共に、お弁当持参で中庭へと移動していた。


「はぁ、まったく……。なんで休み時間まで、大神くんと一緒に居なきゃいけないのよ」


 苺のマーガリン片手にグチグチと文句を垂れ流す我らが会長様は、非常にご機嫌斜めであった。

 周りに生徒が居ないため、素の口調でマシンガンの如く不満を垂れ流す。

 どう見ても昨日の出来事が尾を引いていますね、はい。



「だ、ダメだよメイちゃん、そんなこと言っちゃ! み、みんなでご飯を食べた方が美味しいでしょ?」

「別にみんなで食べようが1人で食べようが、美味しいものは美味しいでしょうに。むしろ1人の方が、落ち着いてご飯が食べられるってものでしょ?」


 そう思わない? とかったるそうに妹に瞳を向ける古羊。

 ほんとこの女は、外面と素の時で性格の変化が激しい。

 マジで同一人物か?

 よこたんが「そ、そんなこと言わないでよぉ」と涙目になりながら、頼るように俺の方に視線を向ける。

 うぅっ!? そんな目で見られたら、俺も会話に参加せざる負えないじゃないか。

 内心小さくため息を溢しながら、よこたんをフォローするべく古羊に声をかけた。


「まあまあ、落ち着けよAカッ――古羊?」
「おい貴様? 今『Aカップ』と言いかけなかったか?」


 ふと感情の抜け落ちた声が肌を刺す。

 その光を失った瞳から発せられるプレッシャーは、軽く俺を5回は殺せそうなくらい膨れ上がっていく。

 や、ヤバい!?

 古羊のる気スイッチを押しちまった!?

 誰か助けて!

 天に祈りを捧げた瞬間、中庭の方で「おーい、3人ともぉ! こっち、こっちぃ~っ!」と能天気な声が俺達の間に割って入った。

 俺はこれ幸いとばかりに、声のした方向に笑みを浮かべ、大きな声で声の主の名前を口にした。


「れ、廉太郎センパーイ! ま、待たせちゃいましたか?」
「いやいや、ボクらも今来たトコだよ! ねっ、ネコちゃん?」
「……うるさい、黙れ、シバくぞ」
「『待ってない、気にしないで』だってさ!」
「そ、そうっすか……」


 す、すげぇ。羽賀先輩の『うるさい、黙れ、シバくぞ』には俺の知らない意味が多分に含まれているらしい。

 羽賀先輩は備え付けられたベンチに座り、ちょこんと猫の顔をしたお弁当を膝の上に広げていた。

 そのお弁当を、よこたんが少しだけ身を乗り出して覗き込み、感嘆の声をあげた。


「わぁっ! こ、このお弁当ねこセンパイの手作りですか?」
「……ええ」


 小さく頷く羽賀先輩。続けて猫を被り直した古羊もお弁当の中を覗き見て、


「金平ごぼうにコロッケ、ポテトサラダにプチおにぎり……スゴいですね先輩。どれも美味しそうです!」
「……別に。これくらい普通」


 ほんの少しだけ照れた様子で、メガネの奥の目を泳がせる羽賀先輩。

 その頬はほんのり薄桃色に蒸気していた。

 おぉ……この人でも照れたりすることがあるんだ、ちょっと意外。

 これは良い物を見た、と思った矢先、


「……ジロジロ見るな、スケベ」
「す、すいません……」


 ジロッ、と鋭い視線が俺を射抜いた。

 な、なんで俺だけ……?


「それじゃ、みんな揃ったし、さっそくお昼にしよっか!」
「そ、そうですね。ねこセンパイ、隣いいですか?」
「では、わたしは洋子の隣にっと」


 廉太郎先輩の号令を合図に、みな近くのベンチへと腰を降ろす。女子は仲良く3人肩を並べて、男子も仲良く2人肩を並べて。


 ……俺も女の子に挟まれながら、ご飯が食べたかったなぁ。

 そんなことを思いながら、持ってきていたメロンパンの袋を開ける。


「あれ? シロちゃん、お昼それだけ?」
「いやぁ、今月お小遣いが少なくて……」
「育ちざかりの男の子がそんな草食じゃ身体壊すよ? よし! そんなシロちゃんに、僕のコロッケをあげよう!」
「いいんすか!? ありがとうございま……すぅ?」


 お礼を言いかけた俺の言葉が半疑問系でストップする。

 廉太郎先輩が「どうしたの?」と不審そうに俺を見つめるが、俺の視点はただ一点、廉太郎先輩のお弁当に注がれていた。

 別にお弁当自体にはおかしな点は見当たらない。

 見当たらないのだが……どうしてもお弁当の中身が気になって仕方がないのだ。


「金平ごぼうにコロッケ、ポテトサラダにプチおにぎり……? あの、どこかで見たようなラインナップなんですが?」


 俺がそう口にした瞬間、気のせいか、視界の端に映っていた羽賀先輩が、ビクッ! と震えたような気がした。

 廉太郎先輩は「そう?」と、とぼけた調子で小首をかしげる。


「あの先輩? そのお弁当は母親に作って貰ったんすか?」
「うん? このお弁当はね、ネコ――」
「ううんっ! ううんっ!」


 まるで廉太郎先輩の言葉を遮るように、羽賀先輩の方から大きな咳き込む音が聞こえてきた。


「わっ!? ね、ねこセンパイ、大丈夫ですか? おにぎり、ノドに詰まらせちゃいましたか?」
「羽賀先輩、わたしのお水でよければどうぞ」
「……ありがとう」


 コクコクと小さく喉を鳴らす先輩。

 そんなに急いで食べてたのだろうか?

 もしかして、羽賀先輩は結構な食いしん坊な人なのか?



「どうしたんすかね、羽賀先輩? ……って、あれ? どったんすか廉太郎先輩? そんな満面の笑みなんか浮かべちゃって?」

「えっ? ううん、なんでもないよ? ただ、お弁当美味しいなぁと思って!」



 全員に聞こえるようにワザとらしく声を張り上げる先輩。

 その途端、また羽賀先輩がブハッ!? と口に含んでいた水を吹き出した。


「ねこセンパイ!?」
「は、羽賀先輩!? だ、大丈夫ですか!?」


 普段クールな先輩の突然の奇行に驚きを隠せない双子姫。

 そんな3人を尻目に、廉太郎先輩は至極楽しそうにお弁当を咀嚼そしゃくしていた。

 ……なんだろう?

 俺の知りえないところで、何かが進行している気がする。

 俺は妙なモヤモヤを抱えながら、廉太郎先輩の隣でメロンパンをかじった。

 そしてこの日の放課後、俺は予期せずして2人の先輩の秘密を知ってしまうことになる。


◇◇


「――それでは本日の生徒会活動はここまでということで。みなさん、お疲れさまでした」


 猫を被った古羊の言葉を皮切りに、みな口々に「お疲れ様でした」と口にしていく。

 はぁ~、今日も疲れたぁ~。

 なんで学校周りのゴミまで、庶務が拾いに行かにゃならんのじゃ?

 と、心の中で愚痴を溢していると、いつの間にか帰宅準備が整った妹ちゃんが、モジモジしながら俺のもとまでやってきていた。

 どうした? トイレか? と俺が訊ねるよりも先に、よこたんが口をもにょもにょさせながら。



「お、お疲れ様、ししょー」
「おう、おとぅかれ~」

「ふふっ、変な声。……じゃなくて! そ、その……ししょー今日このあとヒマ、かな? ヒマだったら、これからメイちゃんと一緒に、駅前のパン屋さんに行くんだけど……一緒に行かない?」



 おずおずと言った様子で、上目使いで尋ねてくる古羊。

 正直に言えば条件反射で「オフコース!」と頷いてしまいそうになったが、ありったけの理性を総動員させて縦に振ろうとしていた首を寸前で止める。


「わりぃ、よこたん。このあとちょっと、予定が入ってるんだよ」


 そう、このあと俺は、元気と一緒に今日発売のジュニアアイドルのDVD『戦国おっぱい武将~敵は煩悩寺ぼんのうじにアリ~』を買いに行くことになっているのだ。


 女の子2人とのお出かけも魅力的だが、こっちは半年前からずっと楽しみに待っていた一品。

 思い入れが違うのだよ、思い入れが!

 この日のために、昼飯をメロンパン1個にして食費を抑えていたのだ。

 何が何でも今日は絶対に買いに行く!

 ……それにしてもジュニアアイドルの脱いでもいないのにあのエロさ。

 ほんと製作陣の悪意と日本の闇の深さをヒシヒシと感じるよねっ!


「そ、そっかぁ。よ、用事があるなら仕方がないよね」
「ほんとわりぃな。また違う日にでも誘ってくれや」
「う、うん! ま、また違う日にね!」


 ほんの少しだけしゅんっ、と凹んでいた古羊の表情がパァッ! と華やいだ。俺はそれを確認した後、はやる鼓動を抑え、帰宅準備をし、役員全員に適当に挨拶をしながら生徒会室を後にした。

 昇降口まで早足で歩き、さっそく元気に連絡を取ろうと、ポケットの中に忍ばせていたスマホに手を伸ばし……戦慄する。


「あ、あれ!? 俺のスマホがない!? ……あっ」


 一通り慌てて気がつく、そういえば生徒会室の机の上に置きっぱにしたままだったわ。

 はぁ~、マジかぁ~。また生徒会室まで取りに戻らなきゃならんのかぁ~。



「あれ? ししょー?」
「どうしましたか、大神くん?」
「よこたん、それに古羊も。ちょうどよかった、まだ生徒会室は開いてるよな?」

「生徒会室ですか? そうですね、確かまだやることがあるって言って、羽賀先輩と狛井先輩が残っているはずですよ。……もしかして、忘れ物ですか?」



 古羊が少しだけ呆れた様子で声を漏らす。俺はバツが悪い顔で「おう……」とぶっきらぼうに答え、短く「教えてくれてサンキュ」と返事を返して、駆け足で生徒会室まで引き返した。




「さっさと元気に連絡しねえと……って、うん?」

 

 生徒会室の前まで戻り、いざドアノブを回そうとした矢先、何やら中の雰囲気がおかしいことに気が付いた。


「お弁当美味しかったよ、さすがネコちゃんが作っただけはあるね!」
「……そう」
「ところでなんで窓の方なんか向いてるの?」
「……別に、何でもない」
「えぇ~、せっかく2人きりなんだし、こっち向いてほしいなぁ」
「……嫌、ダメ」
「ううん、ダメじゃない♪」
「……あっ、ダメ」

 
 うっすら扉越しから聞こえる声は、確かに廉太郎先輩と羽賀先輩の声なのだが、いつもの2人の騒がしい声ではなく、どことなくしっとりとした声音に違和感を覚えてしまう。
 
 そういえば俺、先輩たちが2人だけで話している姿を見たことが無いや。

 一体2人は俺たちが居ないとき、どんな会話をしているんだろうか?
 
 急に好奇心がムクムクとうずいてしまった俺は、2人にバレないようにこっそりと少しだけ扉のドアを開いて、中を覗き見た。

 



 ――そこには羽賀先輩に向かって壁ドンをしている廉太郎先輩の姿があった。
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