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第1部 シンデレラボーイは、この『オオカミ少女』を幸せにする義務がある!

第7話 古羊洋子はビクビクしている

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「はぁ!? 生徒会役員になったぁ!?」


 翌日のお昼休み、教室でメロンパンを頬張りながら、昨日の出来事について簡単に元気に説明してやった矢先のリアクションがこれである。

 正直気が滅入っているときに、聞きたい声じゃない。



「声が大きいぞ元気。気をつけてくれよ、『めいちゃんクラブ』の連中に聞かれたら俺はきっと今日の晩あたりコンクリに詰めて瀬戸内海に沈められてしまう」

「お、おぅスマン」



 元気が慌てて声を潜める。

 2人して周りをキョロキョロと見渡すが、幸い誰もこっちの話しには注視していないみたいだ。



「……そりゃまた急な話やな」
「まあ実際急な話だったしな」

「でもよく入部できたなぁ。今年の生徒会も古羊はん目当てで入部希望者がたくさんおったはずやのに……どうやって入部したんや相棒?」

「…………」



 元気の瞳からさっと目を逸らす。

 い、言えない。

 まさか古羊の貧乳を揉みしだいたから入部できたなんて、口が裂けても言えない!

 とりあえずここは適当に言葉を濁しておくか。



「あの貧乳……生徒会長の考えていることは俺ら庶民には分からないもんだよ」

「そうか? まあそうかもな。あの古羊はんのことや、きっと崇高な目的があって相棒の入部を認めたに違いない! 頑張るんやで、相棒!」



 崇高な目的ねぇ……。

 元気の目をチラリと確認する。

 う~ん……ダメだ。信者の目をしてやがる。

 もし今、俺が古羊の邪悪なる性格の真実についてコイツに語ったら、どうなるんだろうか? 

 いや、きっと信じてはもらえないな。

 悔しいが、人望の数はあっちが圧倒的に上なのだ。

 俺のような小市民はいつも時の権力者にいいように扱われるだけ……。

 俺は何も言い返すことなく、元気の言葉に頷いた。



「それで、いつから生徒会の活動に参加するんや?」

「えっと、今日のお昼の……確か12時30分だっけ? まあ大体そんな時間だな。他の役員と顔合わせするために生徒会室に行くから……本格的に活動するのは多分今日の放課後からじゃないか?」

「ほーん。あっ、噂をすればもうすぐ約束の時間やで!」
「おっ、ほんとだ」



 元気に釣られるがまま、教室の壁に備えつけられた丸時計を確認する。約束の時間まで残り10分もない。


「それじゃ行ってくるか」
「行ってら~」


 食べかけのメロンパンを無理やり口の中に放り込み、俺は自分の席から立ち上がった。


 ◇◇


 憂鬱な気分で生徒会室の前に辿りついた俺が、扉をノックする。

 返事はすぐに返ってきた。


「どうぞ、開いてますよ」
「失礼します」


 古羊の声を確認し、扉を開ける。

 すると古羊の他に、妹ちゃんと、見知らぬ生徒が2人、俺の方に向いて目を丸くしていた。

 古羊と妹ちゃん以外、全員「誰だこいつ?」とでも言いたげな雰囲気で俺をジロジロと眺めている。居心地が悪いたらありゃしない。

 思わず顔をしかめたまま、入るのをためらってしまう。



「? 何をしてるんですか? 遠慮せずに入ってきてください。ここはもう大神くんの部屋でもあるんですから」

「……それじゃ、お言葉に甘えて」



 1歩中へと踏み込むと、勝手に扉が閉まってビクンッと体が震えてしまった。

 まるで「もう逃げ場はないぞ!」と言われているみたいだ。

 古羊は呆然と立ちつくす俺の横まで歩いてくると、凛とした声音で他の3人の生徒会役員に声をかけた。



「さっきも説明しましたが、この方が今日から一緒に生徒会活動していくことになる新入部員の大神士狼くんです」

「お、押忍オスッ! 2年A組、大神士狼ですっ! 好きな言葉は『女体盛り』、好きなアニメは『スクラ●ド』、好きな髪型は『ポニーテール』、好きなパンストのデニール数は『60デニール』、好きなVチューバ―は――」

「はい、もう結構ですよぉ~」



 お腹いっぱいでぇ~す♪ と、我が森実高校の絶対の女帝である生徒会長こと古羊芽衣さまが、猫を被りながら俺の自己紹介を中断してくる。

 い、いかんな。知的でクールな俺らしくもなく、ちょっと緊張しているらしい。


「このように、ちょっと愉快な男の子なので、皆さんも仲良くしてあげてくださいね? はい、拍手ぅ~♪」


 パチ、パチ、パチ……、と男子生徒1人を除いて、まばらな拍手が生徒会室に響き渡る。

 はい、あきらかに歓迎されていませんね。ありがとうございます。

 あぁ、帰りたい……。

 もうお家に帰りたい……。

 早くもホームシックになりかけていた俺の思考をぶった切るように、古羊が朗らかな笑みを浮かべて口を開いた。



「それじゃ、さっそく我が生徒会役員を紹介していきますね。まずあそこの天然パーマの男子生徒は3年生の狛井廉太郎先輩です」

「3年C組の狛井こまい廉太郎れんたろうだよ! 役職は会計、好きな食べ物は女子高生だよ!」

「おっとぉ? いきなりキャラの濃い人が現れたぞ?」



 ウェルカムッ! と言わんばかりに俺を出迎でむかえてくれたのは、明らかに人の良さそうな男の先輩だった。

 狛井先輩は人懐っこい笑みを浮かべると、俺の両手をガシッと握りしめブンブンと上下に激しく振りたくった。



「いやぁ、この生徒会、男の子が僕1人だったからさ! 大神くんが来てくれて本当に嬉しいよ! あっ、シロちゃんって呼んでもいい? ボクのことは気軽に廉太郎とでも呼んでね!」

「そ、それじゃ……廉太郎先輩で」
「先輩だよ?」
「ごほんっ。次の方にいってもいいですか?」
「ああっ、わりぃ。続けてくれ」



 古羊の言葉に気持ちを切り替え、廉太郎先輩の隣にいる女子生徒に視線を向ける。

 今度は廉太郎先輩とはタイプが違い、寡黙かもくそうなおさげでメガネな女子生徒だ。


「この黒縁くろぶちメガネの彼女は、狛井先輩と同じく3年生の――」
「……羽賀音子はがねこ


 ぽつり、とそれだけつぶやくと、羽賀先輩はさっさと自分の机に戻り、書類に目を落とし始めた。


「えっ? おしまい!?」
「……なに?」


 文句でもある? と黒縁メガネの奥から不機嫌そうな瞳が俺を射抜く。

 どうして俺の周りに居る女は、ロクでもない奴ばかりなのだろう?



「あ~、気にしないでください大神くん。羽賀先輩は不機嫌がデフォルトと言いますが、これがいつも通りの状態ですので」

「これが通常運営なのか……」



 近寄れば斬る! と言わんばかりの表情で、書類をめつける先輩。

 この人、友達はいるのだろうか?


「まあ多少性格に難はあるけど、仕事は優ですよ。ちなみに役職は副会長」
「……ジロジロ見ないで」
「す、すみません」


 フンッ、と鼻を鳴らす羽賀先輩。まるで猫が威嚇しているみたいだ。

 犬っぽい先輩と、猫っぱい先輩。

 とりあえず2人のことはこういう感じで覚えておこう。


「それで、最後の役員が」
「に、2年C組、古羊洋子、です……。その……よろしくお願いします……」
「あぁ、これはどうもご丁寧に。大神士狼です」


 そう言って双子姫の妹ちゃんこと、古羊洋子ちゃんは、どこか不安そうな表情のまま、ペコリと頭を下げてきた。

 途端に、彼女の水風船のように膨らんだパッツパツの胸元が、俺の視界に飛び込んでくる。

 それにしても、この……凄いな?

 目を惹くほどムチムチ……なクセに、ウェストはキュッ! と絞られて奇跡のダイナマイトボディを実現していた。

 ほ、本当に同い年か、コイツ?


「大神くん? いつまで洋子のお胸を見ているつもりですか?」
「ひぃぃぃっ!?」
「み、見てねぇよっ! ……ちょっとしか」


 短めのスカートの裾をぎゅっ! と握りしめ、小動物のような瞳で遠巻きに俺を眺める妹ちゃんさん。

 おいおい、そんなにスカート握りしめたらパンツが見えちゃいますよ? 

 誘ってるんですが? 発情期ですか? 手伝いましょうか?


「こらこらよっちゃん、そんなにスカートの裾を握りしめたら、白のヒラヒラパンツが見えちゃうよ? 発情期なの? 手伝おうか?」
「ふぇっ!?」
「……黙れブサイク」
「うふふ、狛井先輩? 黙らないと、そのお口縫い合わせちゃいますよ?」
「ご、ごめんなさい」


 羽賀先輩と古羊の圧倒的プレッシャーを前に、借りてきた猫のように大人しくなる廉太郎変態……あっ、間違えた、先輩。

 廉太郎先輩……俺、先輩のそういうところ……嫌いじゃないぜ?



「ちょっと脱線しましたが、彼女は2年C組の古羊こひつじ洋子ようこさん。わたしの双子の妹で、去年から一緒に生徒会役員をしている女の子です。ほら洋子、挨拶は?」

「こ、こここっ!? 古羊洋子でしゅっ! や、役職は庶務っ! よ、よろしゅくお願いしめふっ!」



 ガチガチに緊張しているのか、口が回っていない妹ちゃん。

 う~ん、そんな彼女も可愛い♪


「大神くんの役職は、洋子と同じ庶務ということで、お願いしますね」
「それは別に構わねぇけど……庶務ってなによ? 俺は何をすればいいワケ?」
「う~ん、それはあとで洋子にでも聞いてください」


 おいおい、今一瞬「説明するのめんどくさっ!?」って顔してたぞ?

 もうちょっとしっかり猫を被ってください!



「これで全員の紹介が終わりましたね。それでは時間もないのでさっそく、放課後の予定を報告します」

「あっ、もういきなり始めるんだな」



 小さく口を挟むと、ジロリッ! と羽賀先輩の鋭い視線が真っ直ぐ飛んできた。

 あぁ、「口を挟むな」と目が語っていらっしゃる。

 俺は小さく息を飲み、その場の空気に溶け込むように黙って古羊の言葉に耳を傾けた。


「わたしと羽賀先輩は月一の部長会議に出席、狛井先輩は各部の予算の見積もりをお願いします」
「……はい」
「了解だよ!」


 そして、と俺と古羊に視線を向ける古羊。



「洋子には大神くんの教育係をお願いしますね。同じ庶務として、彼に生徒会役員としてのイロハを叩きこんであげてください」

「……ふぇっ? えええぇぇぇぇぇぇぇ―――ッッ!?」



 風船が爆発したかのような悲鳴が鼓膜をつんざいた。

 もちろん声の主は妹ちゃんである。

 妹ちゃんは生まれたての小鹿よろしく、両膝がプルプルとエイトビートを刻んでいた。


「む、むむむむむ、無理だよメイちゃんっ!? お、おおおおっ、男の子と一緒に行動するなんて出来るわけないよっ! そ、それに教育係なんて……ボクには荷が重いよぉ~」


 考え直して!? とばかりに姉に詰め寄る妹。

 よく分からんが、どうやら俺は彼女にかなり嫌われているらしい。

 おいおい? もしここに人が居なければ、今ごろ膝を抱えて泣いているところだぞ?

 古羊はうるうると瞳に涙の膜が出来ている妹ちゃんの頭に、その白魚のようにスラッとした手を置いた。


「確かに今の洋子には、大神くんの教育係は荷が重いかもしれません」
「な、なら!」
「でも、わたしが1番信用しているのは洋子です。洋子なら、必ずわたしの期待に応えてくれる――と」
「メイちゃん……」


 泣きじゃくる子どもをあやすように、何度も古羊の頭を優しく撫でる。

 本当に同い年とは思えないくらい凛としている。

 これで性格がブサイクじゃなければなぁ、と心の中で小さく付け加えておいた。

 妹ちゃんは鼻をふぐふぐと鳴らし、ぎゅっ、と古羊に抱き着く。



「洋子? わたしたちは変わるために、この学校に入ったのでしょう?」
「……うん」

「いつまでも男の子が苦手なままじゃ、この先苦労するから、頑張って克服したいって、1年生のときに言っていたのを覚えてる?」

「……覚えてる」
「だったら、そろそろ頑張って、男の子を克服してみない?」
「…………」



 話についていけないが、どうやら双子姫の妹様は、男が苦手みたいらしい。

 あれれ?

 もしかして俺は今、あの女によって、妹ちゃんの練習台にさせられそうになっているんじゃないのか?


「……分かった。メイちゃん、ボク、教育係やってみるよ!」
「それでこそ、わたしの妹です。大変だと思いますが、頑張りましょうね?」
「うんっ!」


 ふんすっ! と鼻息を荒くする妹ちゃん。

 身体中から気力が満ち満ちているのが簡単に見て取れた。

 いやまあ、やる気になってくれたのなら別にいいんだけどさ。

 1つだけ解せないことがあるんだけど……。



「あの、俺の意見は?」

「それでは森実高校生徒会、お昼の連絡事項を終わります。放課後は各自、割り振られた仕事をまっとうするように」

「「「はいっ」」」

「いや『はいっ』じゃなくて、俺の意見――」

「午後からの授業も生徒会役員としての誇りをもって、だらけることなくしっかりと取り組みましょう。それでは解散!」



 古羊の号令1つでみな部屋から退出していく。

 言いたいことも言えないこんな世の中じゃ……。


「? なにしてるんですか大神くん? はやく教室に戻りますよ?」
「……了解」


 もはや何も言うまい。

 俺は全てを諦めて、生徒会室を後にした。
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