上 下
45 / 382
第3章 国際連合は活躍する

2【ライス 3年前の邂逅】

しおりを挟む
<<ターバの街代官ライス視点>>
俺は、ターバ伯爵領にあるカレー子爵家の次男であるライス・カレーという。
親父の勧めで、王立アカデミーに入学したものの、何を専攻するわけでも無く2年が過ぎた。
領地無し貴族の次男なんて、穀潰しと言われてもしょうがない。
官僚の席は兄貴が継ぐし、俺が入る隙などないだろう。
さりとて、庶民に混じって商売をするのは、家柄が許さない。
せいぜい、領主様の鞄持ちが良いところだろう。

でも、まだ俺なんて良い方だと思うよ。
男爵や騎士爵の次男以下なんて本当に大変だと思う。

そんなだから、見栄でアカデミーに入学させてもらっても、やる気が起こらない。

そんな俺にも、最終学年の3年になった時、ひとつの転機があった。
同郷のシルビア・クーペ男爵令嬢の誘いで、新設される研究会の説明会に参加したのだ。

研究会の名は「次世代の農村を考える会」。
なんか変わった名前だなぁと思った。

やたらと先生方が集まっていて、真ん中に小柄な少女がいる。

あっ、彼女は確か、今年の新入生代表の……

「リザベート・ナーラ様よ。アカデミー歴代最高と言われているユーリスタ・ナーラ公爵夫人の養子。実の親は、赤いイナズマのライアン男爵様とマリアン・ナーラ様よ。」

そうだ、今巷で話題になってるナーラ公爵のご令嬢だ。

でも、なんで先生方がこんなに集まっているんだ?

「まだ正式に公表されて無いから詳しくは言えないらしいんだけど、今ナーラ領で試験的に農村改革が行われているんだって。

ほら、わたしの兄さんが王都で財務処理をしているでしょ。
ナーラ領から上がってくる数字が目に見えて増えてきてるって驚いてた。

1人の先生が、リザベート様との話しの中で、それに気づいたみたい。

リザベート様って入学前から、ナーラ領の改革に携わっているらしいの。
実際に農村に住み込みで、現地の農民達と汗まみれでがんばっていたみたいよ。

アカデミーの先生方は、いろいろな研究をされているんだけど、その発表の場が机上ばかりなのよね。
皆んな研究成果を実際に試してみたいけど、実現する場がなかなか無い。

ところがナーラ領では、領主様自ら率先して新しい試みを推進している。
そのタイミングで渦中のリザベート様が入学されたのよ。

先生方は自らの研究成果をなんとか実現したいから、リザベート様に近づきたいわけ。
そしたら、フリット校長が研究会をつくちゃえば。って事になったってわけ。

ただ、改革についてはナーラ領からは公には公表されていないから、生徒は知らないのね。
だから先生方ばっかりなの。」

「シルビア、おまえ詳しすぎ。
何でそんなことで知ってるんだ?」

「領地無し男爵家の娘よ。
このくらいの情報網を持っておかないと、生きていけないじゃない。

どうライス、この研究会に参加してみない。」

こうして俺達は「次世代の農村を考える会」に参加することになった。

参加して思ったけど、無茶苦茶面白い。

うちは領地無し貴族だし、親父は寡黙だから、俺が知ってる範囲は王都の俺の交友関係で知り得る情報だけ。
貴族なんて、親同士の付き合いでも無いと、交友関係も希薄だ。

だからアカデミーに入学して、領地経営とか勉強しても全く他人事だ。

当然身が入らなかった。
だけど、ナーラ領の話しは違う。
今まさに実施されている改革作業に対してその結果が出ている。
今迄の改革の過程とその成果、農民の生活の変化など、リザベート様から語られる物語に夢中になってしまった。

そして収穫祭の季節。アカデミーは長期休暇に入る。

「次世代の農村を考える会」は、ナーラ領ハーバラ村に見学に行くことになった。
領地持ちの学生は地元に帰らなくちゃいけないが、もちろん俺とシルビアは暇だ。当然参加する。
結局リザベート様と先生10人、俺とシルビアで行くことになった。

先生方は、「これまでの研究成果をハーバラ村で披露して驚かせてやる」と息巻いている。

馬車で数日かけて、ハーバラ村に着いた。
リザベート様が、トランシーバーとか言う魔道具で、俺達が来ることを伝えてくれているので、村人の熱烈な歓迎を受けた。
ちょうど昼時だったので、食事が振る舞われた。
無茶苦茶美味い。

食べているものが何かわからないが、とにかく美味い。
シルビアを見ると、やっぱり食事に夢中になってた。

農民達は、いつもこんなのを食っているのか?
もしそうなら、俺は農民になる。

リザベート様に聞くと、「たしかに美味しいけど、そんなに豪華な食材じゃないんです。
米は、試験的に栽培を始めたもので、ここにしかないものですが、肉はオドラビットですよ。
今日はたまたまが沢山取れたみたい。
米も豊作みたいで良かったわ。
この村では、いろいろな食材を美味しく食べられるようにする研究も進められているんです。
だから、オドラビットみたいに、不味くて捨ててしまうものでも充分食材になるんです。
米も麦との2期作として作り始めたところなので今ところ村で食べる分しか量が無いのですが。」と少し自慢げだった。
いや、充分自慢して良いと思う。
改革って凄い。

シルビアは相変わらず一生懸命に食べている。
美味しいもの。
もう少し欲しいなぁって思っていたらリザベート様が男の人を連れて来た。

「先輩、この方がこの村の改革を指導・推進されているマサルさんです。
マサルさん、ライス先輩とシルビア先輩です。
アカデミーではお世話になってるんですよ。」

「初めまして、マサルです。
リズが大変お世話になっているそうでありがとうございます。

今回は、こんな田舎までお越し頂きありがとうございます。
歓迎します。農村改革にご興味が有ると先生方からもお伺いしています。
是非見ていって下さい。
そして、ご自分の領地で活用して頂き、是非王国全体の発展に貢献して下さいね。」

うん? リザベート様をリズって愛称で?

マサル…様?

でもこの改革を指導・推進しているってことは、凄い人なんだろう。

「ラ、ライス・カレーです。あ、あのぉ お、お世話になります。
わたしに、あのぉ、そのぉ、どこまで出来るかわかりませんが、いっ、一生懸命頑張りますので、いろいろ勉強させてくっ、下さいっ。」

「ふふっ、失礼しました。わたしは、シルビア・クーペと申します。
ライスとは幼馴染です。
本日は、こんな素晴らしい食事、いっ、いえ農村改革の最前線に越させて頂きありがとうございます。
マサル様のお噂は、王都の令嬢方の間でもちらほら聞かれます。
お会い出来ることを楽しみにしておりました。
よろしくお願い致します。

ところで、さっきのお肉ですが、大変美味しく頂きました。
オドラビットの肉とお伺いしましたが、この辺りの名物ですか?」

「いえ、そんなことはないです。
どこにでもいる害獣です。
死ぬとすぐに肉が臭くなってしまうので、これまで、どこでも食べられてなかったみたいです。」

「えっ、でも凄く美味しかったです。何故ですか?」

おっおい、シルビア、貴族言葉が崩壊しているぞ。

「捕らえ方から、調理方法まで工夫しました。
まず、罠に掛けて殺さずに捕まえます。
次に首と太ももを同時に切断し、血を素早く抜いてしまいます。
血が肉に混ざると臭くなるんです。
その後、スジの少ない部分を切り取って塩とペッパーを擦り込んでから焼きます。」

「塩って凄く高級なものですよね?
他国からの輸入でしか手に入らないって聞いているのですが。
こんな田舎で、… 失礼しました。」
「これは本当に内密にお願いしますね。もし漏れたら大変なことになりますので。
塩は、この村で取れます。
塩は、海水を精製して作るのが一般的ですが、実は山でも取れることがあります。
これがそうです。」

マサル様が、シルビアに少し透明がかった石を渡す。

「ちょっと舐めてみて下さい。」
シルビアは、恐る恐る舐めてみる。

「辛っ!! でも、旨みもある。これが山で取れる塩ですか?」

俺も、シルビアからそれを奪い取り舐めてみた。以前塩を盗み舐めしてみたが、その時は舌先にピリッとする指すような刺激が不快だった。
でもこの石にはそれがない。むしろ甘味すら感じる。美味い。

「これは、岩塩って言います。信じられないかも知れませんが、この辺りも大昔は海だったのです。
海が長い年月をかけて次第に隆起し山となりましたが、海に含まれる塩分は岩に残りゆっくりと自然精製される中で、このように固まったのです。
たまたま、山を歩いていて見つけました。他の土地にもあるかも知れません。多分あるでしょう。
これで、輸入に頼ることなく塩の生産ができます。」

「塩と一緒に仰っていたペッパーでしたっけ。それは何ですか?」
俺の質問にマサル様はキチンと答えて下さいました。
「これもまだ極秘事項ですが、ペッパーは山で採れる木の実です。あまり生えていないのと、加工しないと辛くて食べれないので放置されています。
これを採取・加工したものがこれです。」

マサル様は、俺とシルビアに丸い粒と細かい粒を手渡した。

丸い粒は固く、無理にかみ砕くと口の中が焼けるように辛かった。
小さい粒は、舌先にピリッとし、丸い粒よりはましだが、このまま食べるものではないと思う。

「この小さい粒は、丸い粒を乾燥させつぶして砕いたものです。このまま食べるものでは無いですが、塩と一緒に肉に擦り込むと、肉の臭みを抜き美味しくしてくれます。」

素晴らしい。村内だけで採れる食材で、全然お金がかかっていないのに、王都の食事よりも何倍も美味しいなんて。
改革っていうのは、工夫する事なんだ。

ここで俺の改革に対する認識は、「大掛かりにお金をかけないとできないもの」から、「工夫すればお金を掛けなくても充分改革になる。」に大きく変わった。

よし、アカデミー生活もあと少しだけど、これから残りの学生生活を勉強に費やして、俺もターバ領に戻ったら何らかの形で領民に貢献できるようになろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

一般人に生まれ変わったはずなのに・・・!

モンド
ファンタジー
第一章「学園編」が終了し第二章「成人貴族編」に突入しました。 突然の事故で命を落とした主人公。 すると異世界の神から転生のチャンスをもらえることに。  それならばとチートな能力をもらって無双・・・いやいや程々の生活がしたいので。 「チートはいりません健康な体と少しばかりの幸運を頂きたい」と、希望し転生した。  転生して成長するほどに人と何か違うことに不信を抱くが気にすることなく異世界に馴染んでいく。 しかしちょっと不便を改善、危険は排除としているうちに何故かえらいことに。 そんな平々凡々を求める男の勘違い英雄譚。 ※誤字脱字に乱丁など読みづらいと思いますが、申し訳ありませんがこう言うスタイルなので。

前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。 神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。 どうやら、食料事情がよくないらしい。 俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと! そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。 これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。 しかし、それが意味するところは……。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

処理中です...