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その33 「もう俺の傍から離れるなんて言うなよ?」
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頭の後ろに柔らかい感触。おっ、これは膝枕じゃないだろうかと思いつつ、目を開く。見上げたその顔は、期待した二重の物ではなかった。
「何よ、その不満げな顔は」
七瀬が俺の髪の毛を撫でながら零す。いや、だって睡眠薬を入れた犯人に膝枕されても、なぁ?
俺も七瀬もしっかりと服を着ており、寝室のベッドの上で膝枕をされている状況。あれからそれほど時間が経ってなさそうだ。
「悪かったわよ。でもちゃんと後遺症とか残らないように気を付けたのよ? 何と言っても未来の旦那様ですもの」
「頬を赤らめるな。お前レズビアンなんじゃねぇのかよ」
七瀬が一瞬顔を顰めた後、ゆっくりと口を開く。
曰く、レズビアンだと言ったのはウソである。
曰く、男性経験がないのは本当である。
曰く、初めて会った時から俺の事が好きだったらしい。
ん?
「初めて会った時って、クローゼットで隠れてセックス覗き見してた時か?」
「違うわよっ!」
俺と七瀬が初めて会った時と言えば、早百合に連れられて寝取りプレイした時なんじゃないのか?
いや、擦りガラス越しにお互いの姿を見たとはいえ、厳密にいうとあの時は顔を合わせていないからカウントしないか。
「じゃあ拘束された上で顔射された時?」
「あのね……」
ぐにゅりと頬をつねられた。痛いです……。
「さっきも言ってたけど、薬の影響で覚えてないのかしらね。まぁいいわ。
私が初めてあなたと会ったのは、二重さんが生まれたてのあなたを抱っこしている時なの。その時からあなたの家と私の家とで許嫁の話は決まっていたのよ。
それで……、この子と結婚するんだって思ってたのに二重さんに睨まれてね……」
許嫁だからと赤ん坊の俺に会わされたにも関わらず、すでに俺を自分のモノのように抱っこしている二重が怖かった、と。
子供特有の剥き出しの敵意を向けられて、普段そんな目で見られる事がないお嬢様である七瀬にとっては衝撃的な体験だったらしい。
トラウマってヤツだろうか。そこからどんどん七瀬は歪んで行く事になる。
俺に会いに行くたびに敵視して来る女の子、二重。俺に近付こうとすれば必ず二重が邪魔をして来る。
邪魔をするだけでなく、いずれはあなたと結婚するだろうけど今だけはこの子は私のモノだから、と言われてどうすれば良いか分からなかった、と。
「歳が近いのだから、二重さんともお友達になれると思ってたのよ。でも違った。二重さんは私の事を、いずれ自分からあなたを奪って行く敵に見えたんですって。
さっき謝られたわ。でもね……、今更そんな事を言われても、ね……」
向けられた敵意に対する衝撃から、周りの大人達には何も言えなかったらしい。もしその時点で二重の行動について何かしら伝えておれば、二重は叱責されていただろう。
しかし、最初にその事を言えなかった七瀬は、そのままずるずると言えないまま成長して行き、何とか二重を出し抜く形で俺に近付けないかと考えるようになったらしい。
その上で二重を女として屈服させたいという気持ちが芽生えたと話す七瀬だが、感情が飛び過ぎていて俺にはその気持ちが理解出来ないでいる。
「何で俺に近付かせない二重を女として屈服させたいってなるんだ?」
「だって、快楽を与えるだけの仕返しなら一穂に嫌われる事はないでしょう?
男を雇ってレイプさせるとか、殴る蹴るの暴行を与えるなんて、一時的に私は二重さんにダメージを与えられるでしょうけど、結果的に私があなたに嫌われるじゃない?」
ん? ん~、んんん……。分かるような分からないような。それにしても回りくどい。同じ大学に通っているのだから、会おうと思えばいつでも会えたはずだ。
それこそ自然に出会ったようなフリをして近付く事なんて簡単だったはずだ。何せここ数年、俺と二重の関係は若様とその専属使用人だったのだから。
回りくどい近付き方を取るほど、二重が七瀬に与えた敵意が大きかったって事なのだろうか。
っとそんな事を考えている場合じゃないな。バッと起き上がって周りを見渡す。二重がいない。
「二重はどうしてるんだ?」
「あぁ、二重さんは今リビングで……」
七瀬の返事を聞き終わるまでにベッドを降り、そしてリビングとの扉に手を掛ける。勢い良く立ち上がったせいで立ちくらみを起こし、扉が開くのと同時にその場にへたり込んでしまった。
「一穂!?」
あぁ、やっぱりあの時の声はふたねぇだったんだな。
改めて二重に膝枕を……、される事はなく、普通のその場で少し休んだ後に七瀬と早百合によって椅子に座らせてもらった。
で、気が付いたら二重がリビングの床に額を擦り付けて土下座している。勘弁してほしい。
「若様、大変申し訳ございませんでした。ただの使用人である私が若様を自分のモノにするなどとんでもなくおこがましい事を思っておりました。
その結果、許嫁である七瀬様を睡眠薬を盛らなければならない状況を作ってしまい、若様を危険な目に遭わせてしまいました。
全ては私の責任です。早百合に一から使用人としての心得を伝えた後、私は若様から……」
「二重」
「……離れ、どこか遠くで謹慎させて頂こうと思います。私のような者が若様のお傍にいるのは相応しくありません。ご当主様へは私から………」
「二重!」
「……事の詳細をお伝えし、全ては私の責任であると……」
「ふたねぇ!!」
椅子から立ち上がって二重を抱き締める。二重は悪くない。二重は何も悪くないんだ。
「いいんだ、俺は何ともない。誰も悪くない。二重は俺を守るようにじぃさんや周りの大人に言われてたんだよな?
だから俺の許嫁とはいえ七瀬にも敵意を見せてしまったんだよな?」
小さな女の子だった二重。本家に待望の跡取りが生まれて周りの大人達はこぞって二重にプレッシャーを与えたのだろう。
二重は悪くない。悪いのはそんな環境を作ってしまった周りの大人だ。古い貴族の側仕えみたいな事、小さな女の子に期待する方が間違っているんだ。
「大丈夫だ、俺が許す。七瀬がやった事も許す。誰も悪くない。
俺はただ早百合を寝取ってくれって言われただけで、その結果二重との仲が元通りになって、ついでに許嫁とも再会したってだけだ」
「ついでってどういう事よ!?」
悪い、今はもうちょっと黙っててくれ。
「だからな? 二重、これからも俺の傍にいてくれよ。七瀬と俺が結婚した後もさ、3人で、いや早百合を入れたら4人か? 仲良くやっていこう。
元々は七瀬も二重と仲良くしたいなって思ってたらしいんだ。今からでもやり直せるんじゃないか?」
俺と本妻と愛人2人とで仲良くやっていく。そんな事が本当に可能なのかどうかは分からない。それこそご都合主義のハーレム小説でだけの話なのかも知れない。
でも、俺は二重と一緒にいたい。俺と七瀬との出会いを聞いた上で、七瀬とももっと話をしてみたいなと思った。もちろん早百合とも。
みんなすでに肌を合わせた仲だ。はいさようなら、なんて俺には出来ない。
「……、若様は許して下さるのですか?」
許す、と口で伝えるのは簡単だ。だから俺は、さらに強く二重の身体を抱き締める事で想いを伝える。
「私はこの部屋に盗聴器を仕掛けていました。この部屋へ越して来てからずっと、若様の部屋の様子を聴いていたのです」
……、は?
「いつ女性を連れ込んで、何度セックスをされたのか、全てノートに記録しておりました」
ひぃっ!? 七瀬が驚きの声を漏らす。
「近付く全ての女性を、探偵を使って調べ上げておりました。もちろん早百合の事も」
早百合が息を呑む。
「早百合の影に七瀬様がおられる事を知り、私の元から若様が離れて行く時間が来たんだと覚悟しておりました。それなのに、若様はまた私を抱いて下さいました。
嬉しかった。また愛していると言って下さった事、本当に幸せだと感じました。
私が、そんな幸せをこれからも感じ続けていても、いいのでしょうか……?」
……、正直思う所は色々とあるが、二重が幸せだと感じてくれたのならそれでいいんじゃないだろうか。
俺は二重を幸せに出来るんだと思うだけで、俺もまたこんなにも幸せなんだから。
「いい、それでも俺の傍にいてほしいんだ。ダメか?」
「……、嬉しいです。
ですが、その前にまずは七瀬様に改めて謝罪をさせて下さい」
それからの二重は憑き物が落ちたような、スッキリとした表情で七瀬と早百合に向き合った。自分がした事に対する謝罪。これからは七瀬とも早百合とも仲良くして行きたいという想いを伝え、何度も頭を下げた。
「まぁ、はいそうですかって訳には行かないけど……、それでも一穂の愛する人だもの。今の時点で私はとやかくいう立場にないわ。
正式に一穂と結婚するまでに信頼関係を築ければ、いいんじゃないかしら……」
そっぽを向きつつ、七瀬が二重に右手を出す。恐る恐る二重が手を伸ばし、軽く握手が交わされた。まぁ、一歩前進したんじゃないかな。
早百合は二重の部下みたいな扱いだってのは変わらないらしい。別にそんなに畏まる必要もないんだがな。
「二重、それに早百合。俺に対して敬語を使う必要はないぞ。俺はただの大学生だしな。少なくとも今は。
出来るかどうかはまだ分からないけど、俺としては4人で仲良くやって行ければいいなってのが素直な気持ちだ。
まぁ、俺は何様なんだって感じだけどな。本妻と愛人に仲良くしろって言うなんて」
資本家の跡取りである俺。
その分家に生まれた二重。
資本家ご令嬢である七瀬。
俺の父親の浮気相手の娘である早百合。ただし俺と父親が違うのでセーフ。
早百合だけ注釈が必要だな。などと考えつつ、4人で酒を飲む。
もう語る語る。二重がいかに俺が可愛かったかを延々と喋りつつ、そんな可愛かった俺から遠ざけてしまって申し訳ないと七瀬に涙しながら謝るというカオスな状況。
ペコペコ頭を下げる二重。怒るでも許すでもなく酒を煽る七瀬。そんな2人を眺めつつ微妙な笑みを浮かべる早百合。
あれ? これって本当にこの先、上手く行くんだろうか……。
七瀬と早百合は帰る事に。別に泊まらせても良かったんだが、明日は大学があるのでどっちにしろ一度準備をしに家に帰らなければならない。着替えの用意もないので、と夜が更ける前に帰宅する事となった。
「じゃあ、明日からよろしくね? 別に大学で婚約者面する気はないけど」
「私も愛人面するつもりないからね」
「分かった分かった、気を付けて帰れよ」
マンションを出て大通りまで送る。タクシーが走り去るのを見送り、二重と2人で部屋へと戻って来た。
玄関を開けてすぐに、二重を抱き締める。目を閉じて、二重の匂いを胸一杯に吸い込む。
「もう俺の傍から離れるなんて言うなよ?」
「若様……」
より一層力を込めて抱き締める。
「違うだろ?」
少しの間を置いて、
「……、一穂」
二重がそう俺の名を呼んだ事に満足し、ゆっくりと目を開く。
玄関の壁に備え付けられている鏡には……、
薄らと冷たい笑みを浮かべたような、二重の顔が映っていた。
「何よ、その不満げな顔は」
七瀬が俺の髪の毛を撫でながら零す。いや、だって睡眠薬を入れた犯人に膝枕されても、なぁ?
俺も七瀬もしっかりと服を着ており、寝室のベッドの上で膝枕をされている状況。あれからそれほど時間が経ってなさそうだ。
「悪かったわよ。でもちゃんと後遺症とか残らないように気を付けたのよ? 何と言っても未来の旦那様ですもの」
「頬を赤らめるな。お前レズビアンなんじゃねぇのかよ」
七瀬が一瞬顔を顰めた後、ゆっくりと口を開く。
曰く、レズビアンだと言ったのはウソである。
曰く、男性経験がないのは本当である。
曰く、初めて会った時から俺の事が好きだったらしい。
ん?
「初めて会った時って、クローゼットで隠れてセックス覗き見してた時か?」
「違うわよっ!」
俺と七瀬が初めて会った時と言えば、早百合に連れられて寝取りプレイした時なんじゃないのか?
いや、擦りガラス越しにお互いの姿を見たとはいえ、厳密にいうとあの時は顔を合わせていないからカウントしないか。
「じゃあ拘束された上で顔射された時?」
「あのね……」
ぐにゅりと頬をつねられた。痛いです……。
「さっきも言ってたけど、薬の影響で覚えてないのかしらね。まぁいいわ。
私が初めてあなたと会ったのは、二重さんが生まれたてのあなたを抱っこしている時なの。その時からあなたの家と私の家とで許嫁の話は決まっていたのよ。
それで……、この子と結婚するんだって思ってたのに二重さんに睨まれてね……」
許嫁だからと赤ん坊の俺に会わされたにも関わらず、すでに俺を自分のモノのように抱っこしている二重が怖かった、と。
子供特有の剥き出しの敵意を向けられて、普段そんな目で見られる事がないお嬢様である七瀬にとっては衝撃的な体験だったらしい。
トラウマってヤツだろうか。そこからどんどん七瀬は歪んで行く事になる。
俺に会いに行くたびに敵視して来る女の子、二重。俺に近付こうとすれば必ず二重が邪魔をして来る。
邪魔をするだけでなく、いずれはあなたと結婚するだろうけど今だけはこの子は私のモノだから、と言われてどうすれば良いか分からなかった、と。
「歳が近いのだから、二重さんともお友達になれると思ってたのよ。でも違った。二重さんは私の事を、いずれ自分からあなたを奪って行く敵に見えたんですって。
さっき謝られたわ。でもね……、今更そんな事を言われても、ね……」
向けられた敵意に対する衝撃から、周りの大人達には何も言えなかったらしい。もしその時点で二重の行動について何かしら伝えておれば、二重は叱責されていただろう。
しかし、最初にその事を言えなかった七瀬は、そのままずるずると言えないまま成長して行き、何とか二重を出し抜く形で俺に近付けないかと考えるようになったらしい。
その上で二重を女として屈服させたいという気持ちが芽生えたと話す七瀬だが、感情が飛び過ぎていて俺にはその気持ちが理解出来ないでいる。
「何で俺に近付かせない二重を女として屈服させたいってなるんだ?」
「だって、快楽を与えるだけの仕返しなら一穂に嫌われる事はないでしょう?
男を雇ってレイプさせるとか、殴る蹴るの暴行を与えるなんて、一時的に私は二重さんにダメージを与えられるでしょうけど、結果的に私があなたに嫌われるじゃない?」
ん? ん~、んんん……。分かるような分からないような。それにしても回りくどい。同じ大学に通っているのだから、会おうと思えばいつでも会えたはずだ。
それこそ自然に出会ったようなフリをして近付く事なんて簡単だったはずだ。何せここ数年、俺と二重の関係は若様とその専属使用人だったのだから。
回りくどい近付き方を取るほど、二重が七瀬に与えた敵意が大きかったって事なのだろうか。
っとそんな事を考えている場合じゃないな。バッと起き上がって周りを見渡す。二重がいない。
「二重はどうしてるんだ?」
「あぁ、二重さんは今リビングで……」
七瀬の返事を聞き終わるまでにベッドを降り、そしてリビングとの扉に手を掛ける。勢い良く立ち上がったせいで立ちくらみを起こし、扉が開くのと同時にその場にへたり込んでしまった。
「一穂!?」
あぁ、やっぱりあの時の声はふたねぇだったんだな。
改めて二重に膝枕を……、される事はなく、普通のその場で少し休んだ後に七瀬と早百合によって椅子に座らせてもらった。
で、気が付いたら二重がリビングの床に額を擦り付けて土下座している。勘弁してほしい。
「若様、大変申し訳ございませんでした。ただの使用人である私が若様を自分のモノにするなどとんでもなくおこがましい事を思っておりました。
その結果、許嫁である七瀬様を睡眠薬を盛らなければならない状況を作ってしまい、若様を危険な目に遭わせてしまいました。
全ては私の責任です。早百合に一から使用人としての心得を伝えた後、私は若様から……」
「二重」
「……離れ、どこか遠くで謹慎させて頂こうと思います。私のような者が若様のお傍にいるのは相応しくありません。ご当主様へは私から………」
「二重!」
「……事の詳細をお伝えし、全ては私の責任であると……」
「ふたねぇ!!」
椅子から立ち上がって二重を抱き締める。二重は悪くない。二重は何も悪くないんだ。
「いいんだ、俺は何ともない。誰も悪くない。二重は俺を守るようにじぃさんや周りの大人に言われてたんだよな?
だから俺の許嫁とはいえ七瀬にも敵意を見せてしまったんだよな?」
小さな女の子だった二重。本家に待望の跡取りが生まれて周りの大人達はこぞって二重にプレッシャーを与えたのだろう。
二重は悪くない。悪いのはそんな環境を作ってしまった周りの大人だ。古い貴族の側仕えみたいな事、小さな女の子に期待する方が間違っているんだ。
「大丈夫だ、俺が許す。七瀬がやった事も許す。誰も悪くない。
俺はただ早百合を寝取ってくれって言われただけで、その結果二重との仲が元通りになって、ついでに許嫁とも再会したってだけだ」
「ついでってどういう事よ!?」
悪い、今はもうちょっと黙っててくれ。
「だからな? 二重、これからも俺の傍にいてくれよ。七瀬と俺が結婚した後もさ、3人で、いや早百合を入れたら4人か? 仲良くやっていこう。
元々は七瀬も二重と仲良くしたいなって思ってたらしいんだ。今からでもやり直せるんじゃないか?」
俺と本妻と愛人2人とで仲良くやっていく。そんな事が本当に可能なのかどうかは分からない。それこそご都合主義のハーレム小説でだけの話なのかも知れない。
でも、俺は二重と一緒にいたい。俺と七瀬との出会いを聞いた上で、七瀬とももっと話をしてみたいなと思った。もちろん早百合とも。
みんなすでに肌を合わせた仲だ。はいさようなら、なんて俺には出来ない。
「……、若様は許して下さるのですか?」
許す、と口で伝えるのは簡単だ。だから俺は、さらに強く二重の身体を抱き締める事で想いを伝える。
「私はこの部屋に盗聴器を仕掛けていました。この部屋へ越して来てからずっと、若様の部屋の様子を聴いていたのです」
……、は?
「いつ女性を連れ込んで、何度セックスをされたのか、全てノートに記録しておりました」
ひぃっ!? 七瀬が驚きの声を漏らす。
「近付く全ての女性を、探偵を使って調べ上げておりました。もちろん早百合の事も」
早百合が息を呑む。
「早百合の影に七瀬様がおられる事を知り、私の元から若様が離れて行く時間が来たんだと覚悟しておりました。それなのに、若様はまた私を抱いて下さいました。
嬉しかった。また愛していると言って下さった事、本当に幸せだと感じました。
私が、そんな幸せをこれからも感じ続けていても、いいのでしょうか……?」
……、正直思う所は色々とあるが、二重が幸せだと感じてくれたのならそれでいいんじゃないだろうか。
俺は二重を幸せに出来るんだと思うだけで、俺もまたこんなにも幸せなんだから。
「いい、それでも俺の傍にいてほしいんだ。ダメか?」
「……、嬉しいです。
ですが、その前にまずは七瀬様に改めて謝罪をさせて下さい」
それからの二重は憑き物が落ちたような、スッキリとした表情で七瀬と早百合に向き合った。自分がした事に対する謝罪。これからは七瀬とも早百合とも仲良くして行きたいという想いを伝え、何度も頭を下げた。
「まぁ、はいそうですかって訳には行かないけど……、それでも一穂の愛する人だもの。今の時点で私はとやかくいう立場にないわ。
正式に一穂と結婚するまでに信頼関係を築ければ、いいんじゃないかしら……」
そっぽを向きつつ、七瀬が二重に右手を出す。恐る恐る二重が手を伸ばし、軽く握手が交わされた。まぁ、一歩前進したんじゃないかな。
早百合は二重の部下みたいな扱いだってのは変わらないらしい。別にそんなに畏まる必要もないんだがな。
「二重、それに早百合。俺に対して敬語を使う必要はないぞ。俺はただの大学生だしな。少なくとも今は。
出来るかどうかはまだ分からないけど、俺としては4人で仲良くやって行ければいいなってのが素直な気持ちだ。
まぁ、俺は何様なんだって感じだけどな。本妻と愛人に仲良くしろって言うなんて」
資本家の跡取りである俺。
その分家に生まれた二重。
資本家ご令嬢である七瀬。
俺の父親の浮気相手の娘である早百合。ただし俺と父親が違うのでセーフ。
早百合だけ注釈が必要だな。などと考えつつ、4人で酒を飲む。
もう語る語る。二重がいかに俺が可愛かったかを延々と喋りつつ、そんな可愛かった俺から遠ざけてしまって申し訳ないと七瀬に涙しながら謝るというカオスな状況。
ペコペコ頭を下げる二重。怒るでも許すでもなく酒を煽る七瀬。そんな2人を眺めつつ微妙な笑みを浮かべる早百合。
あれ? これって本当にこの先、上手く行くんだろうか……。
七瀬と早百合は帰る事に。別に泊まらせても良かったんだが、明日は大学があるのでどっちにしろ一度準備をしに家に帰らなければならない。着替えの用意もないので、と夜が更ける前に帰宅する事となった。
「じゃあ、明日からよろしくね? 別に大学で婚約者面する気はないけど」
「私も愛人面するつもりないからね」
「分かった分かった、気を付けて帰れよ」
マンションを出て大通りまで送る。タクシーが走り去るのを見送り、二重と2人で部屋へと戻って来た。
玄関を開けてすぐに、二重を抱き締める。目を閉じて、二重の匂いを胸一杯に吸い込む。
「もう俺の傍から離れるなんて言うなよ?」
「若様……」
より一層力を込めて抱き締める。
「違うだろ?」
少しの間を置いて、
「……、一穂」
二重がそう俺の名を呼んだ事に満足し、ゆっくりと目を開く。
玄関の壁に備え付けられている鏡には……、
薄らと冷たい笑みを浮かべたような、二重の顔が映っていた。
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