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その32 「もう一穂に近付くななんて言わせないわ!!」

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 俺達を見下ろす無表情な瞳。まるでアニメのヒロインが、主人公の浮気現場に遭遇した時のような……、そうだ。ハイライトが消えたような色。

 これはアレだ、ヤンデレだ。


「来たわね二重ふたえさん。いいえ、二重! あなたが仕える主は拘束させてもらったわ。
 一穂いちほに危害を加えられたくなければ、あなたも大人しくする事ね」

 普段の二重を知らない七瀬ななせでは気付けないのかも知れない。明らかにいつもと様子が違う二重。こんな表情の二重を見るのは初めてだ。
 実家で恋人同士のように接していた日々でも、そしてこちらに来て俺が二重を遠ざけた時でさえも、こんな表情を見せた事はなかった。
 ちょっとした表情の移ろいで、二重が何を考えているか俺には分かる。しかし今の無表情の二重の心中を推し計る事が出来ない。

 とてつもない不安感が込み上げる。これはマズイのではないだろうか……。

「七瀬、ちょっといいかな……?」

 ん? 早百合は二重の表情に何かを感じたのだろうか。若干ではあるが声が震えている。

「何よ早百合さゆり、水を差さないでくれるかしら? 早百合は一穂の身体を好きにすればいいじゃない。二重は私のモノよ」

 早百合に対してイラっとしたからか、俺の首に添えている手にグッと力が入った。

「んぐっ……!?」

「七瀬様、その手をお放し下さいませ」

 二重が音もなく俺達の方へと飛び込んで来て、七瀬の手を取って捻り上げる。

「イタイイタイイタイイタイイタイ!!!」

 捻り上げるだけでなく押し倒し、勢いそのままに七瀬の顔がベッドへと沈み込ませる。まるで刑事が強盗を取り押さえるシーンのようだ。

「ふがふごふがふがふがぁっ!!?」

 うつ伏せの状態で抑え込み、七瀬の背中に膝を付く二重。岡崎おかざき家のご令嬢に何て事を……、と思わなくもないがこればっかりは七瀬の自業自得と言えよう。

「さて早百合様、あなたにはこの場で選んで頂きます。


 私と七瀬様、どちらに付きますか?」


 ……、質問が端的過ぎて伝わりにくい!

 つまり選べと。七瀬を解放する為に二重とやり合うか、もしくは二重に服従するか。早百合にどちらか選べと言っているのだろう。

「わっ、私は、これからも一穂とエッチ出来たらいいなって、思ってただけで……」

「つまり、あなたは若様の愛人になりたいという事ですか? と言う事は私の指揮下に入るという事です。

 だったら早百合、今すぐ若様の拘束を解きなさい」

「はっ、はい分かりました!!」

 グワッと目を見開いた二重にビビり、早百合が覚束ない手付きで俺の拘束を外して行く。自由になったはいいが……、俺の知らない二重を前にして、非常に混乱している。
 いつものちょっと変な口調ではなく、平坦な声色で淡々と話す口ぶりが特に恐怖を感じさせる。
 ビビっているのは早百合だけでなく、俺もだ。未だ七瀬はふがふが言っているが。

 と、二重が早百合に対して手を伸ばした。

「若様を拘束していた手錠を寄越しなさい」

 ハイ! と二重の指示に従い、両手で手錠を差し出す早百合。すでに上下関係が出来上がってしまっている。
 そしてまた七瀬は、手足を拘束された状態でベッドへ転がされるのであった。


「さて七瀬様。あなたはこの2人用のディルドで私に女同士の快楽を教えて下さるおつもりだったようですが、私にはそんなものは必要ございません。
 ですので、僭越ながら私が七瀬様へご奉仕させて頂きます」

 背中で両手を拘束され、仰向けにさせられている七瀬。両の太もももそれぞれ拘束されており、強制的にM字開脚の形に。

「思ってた展開と違うっ! 何で私に手を上げるのよ!!
 おかしいでしょ、私は一穂の婚約者よ!?」

「おかしいのはあなたですよ、七瀬様。若様に薬を盛り、その身を拘束された時点であなたは排除対象者です。
 直接私に何かを強いるだけなら甘んじて受け入れたのですが……」

 え、受け入れたの? でもその時は俺が黙ってなかったはずだ。だからこそ七瀬は俺を眠らせて拘束したのだろう。
 早百合がベッドの上で正座して、二重と七瀬のやり取りを見つめている。いつ自分に指示が出されるかと構えているようだ。

「早百合」

「はいっ!」

 二重の呼びかけに即応する早百合。二重のご機嫌を損ねないよう必死のようだ。

「ソレを」

「どうぞっ!」

 手を出した二重に双頭ディルドを渡す早百合。ソレ、でよく分かったな……。

「さて七瀬様。これでご奉仕させて頂きますね。あいにく私は女相手に濡れる質ではないので、手で挿入します」
 
 二重の口調がいつもの変な敬語に戻り、無表情から眉間に皺を寄せて不快そうな顔に変わる。

「コレ、とてもゴム臭いですね。新品です? 事前に洗っておいた方が良かったのではないです?」

 二重がクンクンと真っ黒な双頭ディルドの臭いを嗅ぐ。持ち方がばっちいモノを触る時の手付きだ。

「っ、何もこのままする事ないでしょう!? 外しなさいよ!
 私は一穂の妻になるのよ、つまりあなたの主になるの。もう一穂に近付くななんて言わせないわ!!」

 ん? 俺に近付くなって? すでにセックスまでした仲になっているんだが。近付くなも何も今さらな話だと思うが……。

「あら、10年以上前のお話をまだ引きずってらっしゃるのです?
 んふっ、でもすでにあなたと若様は肌を重ねた仲。私がとやかく言うような事ではないです」

 10年以上前の話……? 何だ、何があった……?

「会う度に一穂に近付くな、離れろ、一穂はまだ私のモノだと口うるさく言っていたクセに! あれだけ言われれば頭から離れなくて当然でしょう!!」

 まだ、私のモノだ……? とても当時のふたねぇが言うとは思えないセリフ。あまり覚えていないが、七瀬が実家に遊びに来た時は3人で遊んでいたはず。はっきりとは覚えていないけど。

「会う度に一穂は私の事をよく覚えていないし、両親からは許嫁なんだからもっと仲良くしなさいとお小言を言われるしで散々だったわ!
 今考えると、あなたが一穂に何か吹き込んでいたんでしょう!?」

 はっ!? 何だ今の話!!?

「最初に会った頃からおかしいと思っていたわ、あなたが大広間の真ん中で生まれて間もない一穂を抱いている時から……。
 私が両親に促されて一穂に近付いて行くと、鋭い目つきで睨みつけて来たわよね! これは私のモノだって言っているようだったわ。
 少しずつ大きくなって行く一穂を、私は一度も抱っこさせてもらえなかった!! いっつもふーちゃん、ふたねぇってあなたに縋り付いて……」

「ええ、一穂は私のモノですもの。当然でしょう? ですが、一穂はすっかり大きくなりました。
 見て下さい、この立派なお顔を。今や私のモノではなく、私が若様のモノ。全てを捧げる覚悟はとうの昔に済んでおります。
 若様が七瀬様と結婚される事は若様が生まれた当時から決まっていた事。私はただただ若様を支えるだけ。そう思っておりました。
 ですが……」

 嬉々として懐かしそうに昔話をしていた二重の顔が、すぅっと無表情に戻りその瞳からまたハイライトが消える。

「若様に危害を加える女など、私が認めません」

 二重がディルドの先端で七瀬の秘裂をチョンとあてがう。ビクッ! と七瀬の身体が反応した。

「っぁあ!? ちょっと! そのまま挿れたらっ……」

 そんな七瀬の口とは裏腹に、下の口はずぶずぶっとディルドの片側をスムーズに飲み込んで行く。

「あらあら、私を屈服させる妄想だけでこんなに濡れるなんて……、ずいぶんとウブなんです?」

 無表情から嘲笑うかのような冷たい笑みへ変化する二重の顔。コロコロとその表情が変わって行くのを俺はただただ眺めている事しか出来ない。
 ゴム臭い新品のディルドを挿れられて、見る見る顔を紅潮させて行く七瀬。二重の手は止まらずに、ディルドを使って七瀬の膣内をぬぷぬぷと責め上げる。

「あっぁぁっ!」

 何が本当で、何が嘘で、何を信じればいいのか……。分からなくなって来た。

 言いようのない不安感が込み上げて来る。息がしにくい。どうしよう、目の前がチカチカして来たぞ……。
 突然右手に暖かな何かを感じた。目線だけで確認すると、早百合が俺の手を握ってくれていた。

「大丈夫? 私が言えた義理じゃないけど……、顔色が悪いよ。ちょっと横になる?」

 早百合の言葉に頷き、ゆっくりと仰向けになる。胸を大きく動かし、ゆっくりと肺の中身を入れ替える。早過ぎると逆にしんどくなる。
 あぁ……、天井がぐるぐると回り出した。もしかしたら、盛られた薬の効果がまだ残っていたのかも知れない。二重と七瀬のやり取りはもう聞こえない。感じるのは早百合の手の温もりだけ。

「一穂!?」

 その声は、誰の物だっただろうか……。

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