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その25 「ウィン・ウィン・ウィン・ウィンだと思うの」

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 俺の許嫁とやらと会う日を伝えられた後も、二重ふたえとの甘い同棲生活を楽しんだ。二重曰く、同棲ではなくただ御曹司が使用人を手籠めにしているだけだそうだ。
 手籠めって無理やり自分のモノにする事だろ? 二重との最初の時、結構積極的に迫られた覚えがあるんだけど。
 そう言うと、ちゃんと覚えてくれているのね、などと可愛い事を言ってくれた。可愛い。幸せ。
 どんな相手と見合いするのかって? 聞いてないよそんなの。だって断るつもりだし。じいさんが何か言ってくるかも知れないが、それはそん時に考えるとする。


 大学で七瀬ななせ早百合さゆりに声を掛けられる事はなかった。すれ違ったり、目が合ったりする事はあったけど、LINEの方にも連絡は来なかった。
 何が目的なのかは分からない。私のモノよ、と言った割には束縛するつもりはないらしい。早百合の口から俺と二重の関係は聞いているだろうし、七瀬としてはもしもの時の保険に俺を使うつもりなんだろうか。

 いや、もしもの保険にしては、処女という押し付けられたモノが重過ぎる。俺からのアクションを待っている? 自分から言い出すよりも俺から言い出した方が事を上手く運びやすいから……? 駆け引きのつもりかも知れない。
 こうして俺があの2人の事を考えているだけで、向こうの思う壷なのではという気がしないでもない。

 まぁそれは置いておいて。今日はその見合いの日。見合いと言っても顔を合わせて食事をするだけだそうで、仲人も来なければうちの両親も、じいさんも来ないらしい。実に好都合だ。
 向こうも恐らく親ではなく執事かそれらしい人に付き添われて来るんだろう。俺は二重を連れて行くつもりはないので、じいさんから二重経由で伝えられた会場へ1人で向かう。
 頼めば車くらい用意してくれたんだろうけど、この歳になって慣れてもいない執事に付き添われるとか無理。必要になったらそん時から慣れればいいと思う。

 奇しくも、指定された会場はつい先日来たばかり。岡崎おかざきグループの系列だと七瀬から教えられたホテルだった。
 七瀬を抱いた、七瀬が処女を散らしたホテル。
 もちろん客室ではなく、別フロアにあるレストランの個室。昼食を共にするように、とのじいさんからのお達し。
 言えばその場で客室を用意するだろう、と余計なひと言付き。それも二重経由。
 止めろよ、俺は婚約するつもりはありませんと伝えに行くだけだ。もしかしたら昼飯すら食わずに解散になるかも知れないっての。

 しかしあれか? お相手は系列にホテルを持っていないグループの家なのか?
 うちの系列ホテルがこの近場にはないってのは知ってる。連結対象にはないけど資本が入っているホテル、となると俺では分からんが、それにしてもここじゃなくても良くね? まぁ俺の事情なんて誰も知らんだろうが。
 前回来た時は地下駐車場から入ったけど、今日は表から堂々とホテルに入る。ロビーにタクシーで乗り入れ、カードで支払って降りる。

 なぁんか嫌な予感がするんだよなぁ、この自動ドアをくぐるだろ? そしたら奴が入り口に立ってたり……、しないわ。良かった。
 立っていたのはこのホテルの総支配人であるというプレートを付けた人物。俺の顔を見るなり早足で寄って来た。

衣笠きぬがさ様、お待ちしておりました。本日はどうぞ、よろしくお願い致します」

 そう言って深々と頭を下げられた。お願いするのはこっちの方なんですけども。周りの客がチラチラと様子を窺っているのが分かる。これ、この雰囲気が嫌なの。何か品定めされているような視線。
 親が、じいさんが、実家が金を持っているだけで、俺自身は何も偉くない。それなのにこうして偉い人に頭を下げられるのは非常に居心地が悪い。

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

 総支配人自らレストランへと案内して下さるそうな。先ほどよりもより多くの視線が集まっているのが分かる。二重に連れられてスーツを新調して良かったわ。
 高かったし見栄えはいいんだろう、多分。サラリーマンの月給どころかボーナスも飛んで行くような高級スーツ。まぁ親から与えられたカードを使った訳だけど。バイトすらした事がない俺が着ていいもんなんかねぇ……。

 この金銭感覚も、向けられる視線も、いつかは慣れてしまう日が来るんだろうか。


 総支配人がホテルについて色々と説明して下さるのを聞きながら、後について行く。あの日七瀬と乗ったエレベーターで高層階へ。相変わらず眺めがいい。
 レストランへと入る。クラシックな落ち着いた雰囲気。時間帯のせいか、人が少ない。ランチタイムにこんな所で飯を食う奴なんてそうそういないだろうしな。
 客席の間に広めに取られた通路を歩き、奥へと進む。二重を連れて2人で来たいと思うほどに眺めも雰囲気も良いレストランだが、七瀬に関わりのあるというのが唯一のマイナスポイントだ。残念。

「こちらでございます」

 ノックをしてから総支配人が個室の扉を開く。一番に目に入ったのはこちらに背を向けて椅子に座っている女性の後ろ姿。俺が一歩個室へ踏み入れると同時に立ち上がり、振り向いて俺を迎え入れてくれるその女性は……。

「ご機嫌よう、一穂いちほさん」

 シックな濃紺のワンピースに身を包んだ、岡崎七瀬だった。



「あら、それほど驚いていないようね? 反応を楽しみにしていたのだけれど」

「ん? ん~、帰っていいかな?」

「そう言わないで、ランチくらい付き合いなさいな」

 総支配人が椅子を引いてくれたので、仕方なく座る。ここは岡崎グループのホテル。総支配人の前で七瀬に恥をかかせるのはさすがにマズいだろう。昼食を共にするくらいであれば大丈夫。ちゃちゃっと食べて失礼しよう。

「ちゃんとお部屋も取ってあるから、ゆっくりしましょう?」

 おい、そういう話は2人きりの時にしろよ。帰るに帰れないじゃないか。いや、七瀬が部屋を取った時点で俺はそこへ行かざるを得ないか。
 岡崎家と衣笠家の見合いの際に、岡崎家ご令嬢がお部屋を取ってらしたのに衣笠家のご子息は袖にしてさっさと帰ったらしい。そんな噂が立つと両家の関係が悪化するかも知れない。
 いやでもホテルは信用第一でお客様の秘密は守るって聞いた事あるから大丈夫だろか。いやいやここが岡崎グループのホテルだと考えると、岡崎家の意向次第でわざと衣笠の悪評を流す可能性もある。
 いやいやいや、さすがに岡崎家ご令嬢が振られたとなるとそんな噂を流すとは……。

「一穂さん、とりあえず乾杯しましょうか」

「何に乾杯するんだよ」

「それはもちろん、衣笠と岡崎の繁栄を願って、よ」

 七瀬がテーブルの上で冷やされているシャンパンらしき物を開けて、グラスについでくれる。
 こういうのってソムリエがやってくれるんじゃないのか? いや知らんけど。ただ、シャンパンがシャンパーニュ地方で作られたスパークリングワインであるという事は知っている。ちなみに英語の発音だとシャンペンが正しく、フランス語であればシャンパーニュである。

「ほら、ぼーっとしてないで」

 どうでもいい事を考えて現実逃避していると、七瀬の声によって現実へと引き戻された。これから七瀬がどう話を持って行くのかはある程度想像出来るだけに気が重い。

「あなたはもう、このお見合いから逃げられない。もう私と正式に婚約するしかないのよ?」

 グラスを掲げて不適な笑みを浮かべる七瀬。
 そうだろうな。知らなかった、いや忘れていたとはいえ、俺は小さい頃から何度も会っていた許嫁の処女を貰い受けてしまっている。今更婚約なんてしませんなんて言えないよ絶対。

 ええいままよっ! 俺もグラスを掲げ、七瀬を見つめ返す。

「じゃあ、私達の未来に」

 チンッ、と乾いた音が響いた。

 グラスに口を付け、すぐにテーブルへと戻す。シャンパンの良し悪しなど俺には分からん。あまり酔いたくない気分だ。
 口先だけでこの婚約から逃れる事が出来るならば、俺は何だって言ってやる。実はスカトロ趣味ですって言えば七瀬が気味悪がってなかった事にしてくれないだろうか。

「ふふっ、別に二重さんと別れろだなんて言うつもりはないわ。心配しないでちょうだい」

 総支配人が退室したタイミングで二重の存在を肯定する七瀬。

「……、どういう意味だ?」

「そのままの意味よ。あなたが二重さんにべったりだっていう事は、それこそ10数年前から知っているんですもの。二重さんも私の事を覚えている……、といいのだけど。
 言ったでしょう? 私はレズビアンなのよ。まだバイセクシャルになるかどうかは分からないけれどね」

 もしかして、こいつは俺に早百合の存在を認めさせる為に早百合を寝取らせ、そして自分の処女を押し付けたのか……?
 俺と結婚した後も恋人である早百合と堂々と会える。両家の間に溝を作る事なく、自分の性的嗜好を隠さずに済む。

「ずいぶんと手の込んだ事をしたな。それに、早百合もよくその話に乗ったもんだ」

「あら、それは勘違いよ。二重さんから何も聞いてないのね」

 そう言えば、二重が早百合に関する情報を教えると言った時、俺は聞きたくないと突っぱねたんだったな。
 いや、違うな。二重は早百合に関連する全ての情報と言ったんだ。つまり、早百合の恋人である七瀬の事も、二重は知っているのかも知れない。
 二重は、俺の許嫁が七瀬である事を知っているだろう。そして、七瀬が早百合の恋人だという事も含めて、調べたか何かで全て分かっていたんだろう……。

 ちゃんと二重の話を聞いておけば良かった。けれど、俺が聞こうが聞くまいがあの時点ではどうしようもなかったか。俺はすでに早百合を抱いていて、その場面を七瀬にばっちり見られている。

「早百合ったら隠し事が下手なのよ。急に近付いて来たと思ったら、やたらと一穂の事を聞いてくるんだもの。早百合が私と一穂の関係を知っているなんておかしいじゃない?
 明らかに調べているなって分かったから、部屋に呼んでいじめてあげたの。まぁその時にディルドで処女膜破っちゃったんだけどね」

 何言ってんだこいつ……。

「そしたら早百合の狙いが、一穂から私を寝取る事だったのよ。笑っちゃうでしょう?
 寝取るどころか、私は一穂から忘れられている存在だって言うのに」

「いやいやちょっと待て、早百合が俺から許嫁である七瀬を寝取るのが目的だったっていうのは分かった。分かったんだけど、何で早百合はそんな事をしようと思ったんだ?
 俺だって早百合の事なんて知らなかったんだぞ?」

「早百合はね、あなたのお父上の不倫相手が産んだ子供なんですって」

 さぁーっと血の気が引いて行くのを感じた。早百合が、俺の親父の、子供……? それってつまり、俺の妹って事じゃ……。

「大丈夫よ、あなたのお父上と早百合の母親との関係が解消した後の子供らしいわ。DNA鑑定で親子関係が否定されているそうよ」

 びっっっくりした~~~!! 妹に思いっ切り中出しかましたのかと思ったわ。
 となると、えーっと、早百合が俺から七瀬を寝取ろうと思う理由ってのは?

「早百合の母親が衣笠家に不利益を与えようと画策したんですって。早百合を使って私達の仲を引き裂けば、両家の関係にヒビを入れる事が出来るとでも思ったんでしょうね」

 あっ! 思い出した、お袋が言ってた低俗な女か!! 妾として囲いなさいとはとても言えないような低俗な女に引っかかったっていう親父の浮気話。
 その浮気相手が早百合の母親だって事か。親父との関係を解消させられた後に早百合を産んだって訳か。で、逆恨みしたまま早百合を育てたと。確かに厄介な女みたいだな……。

「早百合の母親からしたら想定外だったでしょうね。早百合は一穂を寝取る方が遙かに簡単だったのよ、本来であれば。
 でも、早百合はレズビアンだった。恐らく母親が早百合の小さい頃から男なんて最低だとか何とか吹き込んでたんじゃないかしら。その結果、早百合が寝取ろうとしたのは一穂ではなく私だった。
 そしてまた想定外の出来事があった」

 七瀬もまた、レズビアンだった。そして七瀬と早百合の百合カップルが出来上がった、という訳か……。

 ってか今の状況複雑過ぎないか!?

「何にしても、誰も不幸にはならないんじゃないかしら。私はあなたと結婚すれば、旦那様公認で早百合と愛し合える。あなたは私公認で二重さんと愛し合える。それだけでなく、早百合も好きに出来るわ。二重さんも私に気兼ねなくあなたと愛し合える。早百合もあなたとのセックスを気に入っているようだし、ね。
 ウィン・ウィン・ウィン・ウィンだと思うの。4人で幸せな未来を歩めると思わない?」

 ヴィン・ヴィン・ヴィン・ヴィン……、そういえば七瀬は拘束されたままローターで責められ、黒い布越しに俺からの顔射を受けて失禁したんだったな。
 おもらししたくせに堂々と俺の目の前に座っている七瀬を見ると、もう少しゆっくり話を聞いてやってもいいかも知れないと思えて来た。

「何となく不快な目付きで見られている気がするのだけど」

「気のせいだ、とりあえずランチを頂こう」

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