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その8.5 「その通りでございます、若様」
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私はこの子のお姉ちゃんになるんだと、末っ子だった私は嬉しかった。
父から抱っこするように言われた赤ちゃん。生まれてそれほど日が経ってない一穂はすやすやと眠っていた。
父の膝の上に座り、父の腕の上から手を添えて2人で抱っこした。父にせがんで腕を放してもらい、その重みを1人で感じた。
一族みんなが私と、私が抱っこしている一穂をにこにことした笑顔で見つめていた。みなが口々に宝物だと言っていた。
宝物。衣笠家の跡取りになるであろう男の子。その子は、私にとってももちろん宝物だ。
その日から毎日のように本家に通った。最初は一穂を見ているだけ。それだけで楽しくかったし、小さな手で私の指を握り返してくれる一穂が本当に愛しくて堪らなかった。
日に日に一穂は大きくなり、おぎゃぁおぎゃぁと泣いてはおっぱい、おしめと一穂のお母様、若奥様は忙しそうにされていた。
父がお邪魔をしてすみませんと謝ると、若奥様は私が一緒にいる時は特に一穂の機嫌が良いから助かっている、と言って下さった。
その日から私に出来る事はないかと考え、積極的に一穂のお世話をするようになった。
一穂が大きくなるにつれ、オムツを替えられるようになり、離乳食をあげられるようになり、お庭で一緒に遊べるようになった。
ふーちゃん、ふーちゃんと私の後を追う一穂。友達と遊ぶよりも、家でテレビを見るよりもその時間が何よりも大好きだった。
時が経ち、私が小学校の5年生になった頃だったか。初潮を迎えた。母に相談し、処理の仕方を教えてもらった。
その日の夜、両親に大事な話を聞かされた。
私はいずれ、一穂付きの使用人として働く事になる。
もしも一穂が望めば、私と一穂は男と女の関係になるかも知れない。
一穂の為、本家の為、そして御室家の為に、今まで以上に一穂のお世話を頑張るように。
小学校5年生にもなれば、そして初潮を迎えていれば、男女の仲とは何を指す言葉なのかはよく知っていた。恐らく、両親がそれとなく理解出来るようにと配慮していたのだと思う。性教育向けのマンガであるとか、生物の辞典であるとか、そのような物が私の部屋に置かれていた。
嬉しかった。幸せだった。もっと幸せになれるんだと思った。
子供とはいえ、私は小さい頃から一穂は特別な子供であると理解していた。その一穂と自分が、男女の仲になってもいいんだと知った。
この可愛い男の子を、私のモノに出来る……。例え妻だと名乗れなくたって、その心が私に向いていればそれで良い。一穂の心の中で、私が一番ならばそれ以外は望まない。
その日から私は、一穂と一緒にお風呂に入るのを止めた。生理が始まればもちろん一緒に入れなくなる訳だけど、それ以上に私の裸を見て当然であるという一穂の認識を変えなければならないと思ったからだ。
目の前で服を脱いで当たり前。下着姿になって当たり前。肌と肌が触れ合って当たり前。
この当たり前を、ふたねぇの裸は特別であるという認識へとシフトさせる為。一緒にお風呂に入りたいと泣いて愚図る一穂を宥めつつ、大人の男と女は一緒にお風呂入らないんだよ? と一穂の自立心を煽った。
年に数回本家の屋敷へと訪れる一穂の許嫁候補の女の子がいた。一穂よりも2つ3つ年上で、私の方がその子と歳が近かった。年下の男の子とどう接すれば良いのか計りかねている様子だった。
さりげなく一穂を誘導して2人の仲を深めないようにした。今思えば、将来の一穂の奥様になるかも知れないお方にとんでもない事をしてしまったと後悔している。
それでも、今だけは私と一穂の仲を裂かないでほしいと願ってしまったのだった。
私が中学に上がり、一緒に通学して当然だと思っていた一穂の認識が変わる。制服を着ている私。ふたねぇは自分よりも大人で、女なんだ。そう一穂が意識をし始めたのが、私には分かった。
通う学校が中学と小学校に分かれても、本家へ毎日通う事は止めなかった。制服を着たまま一穂の部屋へ入り、一穂の宿題を見たり世話を焼いたりした。
制服のブラウスのボタンを1つ2つ外しておき、覗き込めばブラジャーが見えるような角度で身体を倒したり、四つん這いでお尻をふりふりとして床の掃除をしたり、一穂の視線を欲しいままにした。まぁ、それほど女らしい身体付きではなかったけれど。
一穂のその視線には触れず、優しいお姉さんのままでいる私。どんどん意識して行く一穂。やがて性に目覚め、ゴミ箱の中に捨てられた処理に使ったであろうティッシュの塊を見つけて、ヤッタとガッツポーズをしたのを覚えている。
あの可愛かった一穂が、男になった。後はもう結ばれるだけではないか。
それでも、一穂の方から手を出して来る事はなかった。まだ小学校を卒業するかどうかの頃だったと思う。性行為について知っていようが、自分がするとなると何をすればいいのか分からないもので、一穂から私へと手を出すなんてないのは当然だった。
だから私は性の知識を読み漁り、恥を忍んで経験者達に教えを乞うた。全ては一穂の童貞を奪う為に。
その時が来たのは私が高校3年の時だったか。高校を出た後は本家で一穂付きの使用人として働く事が正式に決まった。
若旦那ご夫妻から、一穂付きの使用人イコール初めての女という役割であると念を押された。ご当主様にはもちろん、若旦那様ご夫妻にも本当にいいのか再三に渡って確認された。
私が一穂付きの使用人になるという事は、一穂の妾として生きるという事。一穂の気まぐれで抱かれ、気まぐれで捨てられる可能性まである。
それでも、ご当主様と若旦那ご夫妻にとって、一穂付きの使用人は非常に重要な問題だった。
まだ中学生であった一穂に私をあてがう理由。それは、一穂のお父様である若旦那様が質の悪い女に捕まった経験があるから。それもやっと一穂が若奥様のお腹に宿った頃に、本家のお屋敷に怒鳴り込んで来るほどの質の悪さ。
若奥様は、浮気をした事ではなく後腐れが残り、家人に迷惑を掛けるような遊び方をした事こそに怒られ、一穂にはそのような目に合わせたくないとお考えになられた。
結婚後なかなか身籠る事が出来なかった若奥様にとって、それほどの衝撃的な出来事だったのだと思う。付け加えて述べると、一穂が生まれてしばらく経った頃にその女がまた本家の屋敷へ訪れた。生まれたての女の子を抱えて。
前回その女が本家へ訪れた際に手切れ金を渡して二度と我が家に近付かないようにと念書を交わしていたそうで、時期的にその後に出来た子供である事は明らかだった。念の為にその女の子と若旦那様との親子関係をDNA鑑定で否定した上、再度念書を交わしてやっと、その女は引き下がったと聞いている。
そんな女に引っかからないようにと、幼い一穂の面倒を私に見させ、いずれはあてがいたいという思惑があったと、若奥様はそこまで正直に私に説明をして下さった。
その上でなお、私に本当に良いのかと確認をして下さったのだ。
ただでさえ一穂が生まれた瞬間から、私は一穂に惚れ込んでいたのに。一穂の母上である若奥様からそこまで目を掛けて頂いて、否などある訳がなかった。
不束者ですが、よろしくお願い致します。そう三つ指をついて頭を下げたのだ。
その日以来積極的に、それでもあからさま過ぎぬよう気を付けながら、一穂の欲情を煽った。一穂の目の前では誘い受けをする娼婦のように隙を見せた。一穂が自慰をしているのではないかと思われるタイミングを見ては部屋へ押し掛けた。
一穂が私への好意を伝えてくれるのに、さほど時間は掛からなかった。初めての経験については、2人だけの大切な思い出として留めておきたい。
予想外だったのは、あまりにも一穂が真面目で私の事を大切に想ってくれる事だった。
ご当主様には複数の妾がおられ、またその間に出来た子供も多くおられる。若旦那様にしても質の悪い女に引っかかるくらいだ。商売女や私が聞かされていない外の女がいても不思議ではない。
その血を引く一穂が、恋人ごっこをしていたとは言え使用人である私に結婚を持ち掛けるとは思ってもみなかったのだ。
抱っこをすれば母乳の匂いが立ち込めたあの赤ん坊が、私と結婚すると言って聞かない。困った、私はただの妾で十分に幸せなのに……。
すぐさま若奥様へ相談すると、心底嬉しそうにして下さった。そこに、確かな愛情があるからと仰っていた。
私には身に余る幸せ。小さい頃より一穂のお世話をさせてもらうだけで、それだけで幸せだと感じていたのに、私を妻にしたいなど……。
かねてより若奥様は若旦那様とご相談の上、ご当主様へと出来るだけ普通の暮らしを一穂にさせて欲しいと掛け合っておられたそうだ。それを受け、一穂は名家の御曹司として暮らすのではなく、可能な限り社交界やお家のしがらみを感じずに育てられていた。
その結果として、私を1人の女として愛する心が育ったのだと実感する事が出来た。そう言って、若奥様は私に頭を下げられた。
私はただただ恐縮するしかなかったが、ただ一穂の傍にいて、一穂の成長を共に見守っていた私を認めて下さっていた。嬉しかった。
若旦那様ご夫妻としては、応援してあげたいけれど……、そう話して下さった。そこまで言って下さっただけで十分でございますと、心から感謝を述べた。
しかし、このままではいけないと思った。私に夢中になってくれるのは嬉しい。けれど、お家の為を思うと私が正妻ではお家の格が下がってしまうのではないか。
所詮、私は妾だ。分家の出の私などではなく、一穂には許嫁となるであろうあの子と結婚すべきだ。
そのように思ってやきもきとした気持ちを抱えているうちに、一穂の大学進学が決まった。
ご当主様より大学進学を機に一人暮らしをする一穂について行くよう命を受けた。引き続き一穂の精処理をするように、とも。
命を受けた数日後、一穂に問い詰められた。ふたねぇは俺の性欲を満たす為だけの存在なのか、と。妻としてではなく、妾として自分の傍にいるつもりか、と。
この機会を逃してはならないと思った。でなければいずれ、私は後悔する。一穂には世間一般でいう常識を元に、名家を背負って立つ大人物になってもらいたいと心から思った。
その為であれば自分の浅ましい独占欲など捨て置ける。これこそが私なりの愛の形だと、その時確信したのだ。
「その通りでございます、若様」
私の返事を受けて、一穂は拗ねられた子犬のような顔を見せた。失望したのだ、一穂の愛に応えぬ私に。
それ以来、私は一度も一穂に抱かれていない。それでもいいと思っている。一使用人として生きて行けばいい。一穂の傍にいられれば、それでいい。
今のところ変な女には引っかかっていない。恋人が出来てもそれほど長続きしていないのは少し気になるが、例え長続きしたとしても一穂には許嫁がいる。いずれは引き裂かれる運命なのだ。
『何っだよ! ダンッ!!』
……、何やらテーブルを叩き付けている様子。モニターまでは用意していないので音でしか判断出来ないが、一穂がこんな朝早くから起きているのも珍しい。
昨日一穂は出先から帰って来たと思えば、玄関のチェーンを掛けて部屋に引き籠もっていた。私が家事をする為に合鍵を使って一穂の部屋に入るのを知っているのにも関わらず、何故かチェーンを掛けていたのだ。
何かあったのだろうか。一穂に限って変な女に引っかかる事はないと思うけれど、それでも一大事になる前に対処するのが私に与えられた役目だ。
私個人としても、一穂に何かあったらと思うといてもたってもいられない。すぐに探偵でも雇って、一穂の周辺を見張ってもらおう。もしも女の影が認められれば、徹底的に調査をするよう指示をせねば。
いつかまた一穂に抱かれたい。愛を囁いてほしい。私はそう願ってしまう浅ましい女だと思う。それでも今はただ、一穂の為に出来る事をするだけ。
それだけで、私は幸せなのだから……。
父から抱っこするように言われた赤ちゃん。生まれてそれほど日が経ってない一穂はすやすやと眠っていた。
父の膝の上に座り、父の腕の上から手を添えて2人で抱っこした。父にせがんで腕を放してもらい、その重みを1人で感じた。
一族みんなが私と、私が抱っこしている一穂をにこにことした笑顔で見つめていた。みなが口々に宝物だと言っていた。
宝物。衣笠家の跡取りになるであろう男の子。その子は、私にとってももちろん宝物だ。
その日から毎日のように本家に通った。最初は一穂を見ているだけ。それだけで楽しくかったし、小さな手で私の指を握り返してくれる一穂が本当に愛しくて堪らなかった。
日に日に一穂は大きくなり、おぎゃぁおぎゃぁと泣いてはおっぱい、おしめと一穂のお母様、若奥様は忙しそうにされていた。
父がお邪魔をしてすみませんと謝ると、若奥様は私が一緒にいる時は特に一穂の機嫌が良いから助かっている、と言って下さった。
その日から私に出来る事はないかと考え、積極的に一穂のお世話をするようになった。
一穂が大きくなるにつれ、オムツを替えられるようになり、離乳食をあげられるようになり、お庭で一緒に遊べるようになった。
ふーちゃん、ふーちゃんと私の後を追う一穂。友達と遊ぶよりも、家でテレビを見るよりもその時間が何よりも大好きだった。
時が経ち、私が小学校の5年生になった頃だったか。初潮を迎えた。母に相談し、処理の仕方を教えてもらった。
その日の夜、両親に大事な話を聞かされた。
私はいずれ、一穂付きの使用人として働く事になる。
もしも一穂が望めば、私と一穂は男と女の関係になるかも知れない。
一穂の為、本家の為、そして御室家の為に、今まで以上に一穂のお世話を頑張るように。
小学校5年生にもなれば、そして初潮を迎えていれば、男女の仲とは何を指す言葉なのかはよく知っていた。恐らく、両親がそれとなく理解出来るようにと配慮していたのだと思う。性教育向けのマンガであるとか、生物の辞典であるとか、そのような物が私の部屋に置かれていた。
嬉しかった。幸せだった。もっと幸せになれるんだと思った。
子供とはいえ、私は小さい頃から一穂は特別な子供であると理解していた。その一穂と自分が、男女の仲になってもいいんだと知った。
この可愛い男の子を、私のモノに出来る……。例え妻だと名乗れなくたって、その心が私に向いていればそれで良い。一穂の心の中で、私が一番ならばそれ以外は望まない。
その日から私は、一穂と一緒にお風呂に入るのを止めた。生理が始まればもちろん一緒に入れなくなる訳だけど、それ以上に私の裸を見て当然であるという一穂の認識を変えなければならないと思ったからだ。
目の前で服を脱いで当たり前。下着姿になって当たり前。肌と肌が触れ合って当たり前。
この当たり前を、ふたねぇの裸は特別であるという認識へとシフトさせる為。一緒にお風呂に入りたいと泣いて愚図る一穂を宥めつつ、大人の男と女は一緒にお風呂入らないんだよ? と一穂の自立心を煽った。
年に数回本家の屋敷へと訪れる一穂の許嫁候補の女の子がいた。一穂よりも2つ3つ年上で、私の方がその子と歳が近かった。年下の男の子とどう接すれば良いのか計りかねている様子だった。
さりげなく一穂を誘導して2人の仲を深めないようにした。今思えば、将来の一穂の奥様になるかも知れないお方にとんでもない事をしてしまったと後悔している。
それでも、今だけは私と一穂の仲を裂かないでほしいと願ってしまったのだった。
私が中学に上がり、一緒に通学して当然だと思っていた一穂の認識が変わる。制服を着ている私。ふたねぇは自分よりも大人で、女なんだ。そう一穂が意識をし始めたのが、私には分かった。
通う学校が中学と小学校に分かれても、本家へ毎日通う事は止めなかった。制服を着たまま一穂の部屋へ入り、一穂の宿題を見たり世話を焼いたりした。
制服のブラウスのボタンを1つ2つ外しておき、覗き込めばブラジャーが見えるような角度で身体を倒したり、四つん這いでお尻をふりふりとして床の掃除をしたり、一穂の視線を欲しいままにした。まぁ、それほど女らしい身体付きではなかったけれど。
一穂のその視線には触れず、優しいお姉さんのままでいる私。どんどん意識して行く一穂。やがて性に目覚め、ゴミ箱の中に捨てられた処理に使ったであろうティッシュの塊を見つけて、ヤッタとガッツポーズをしたのを覚えている。
あの可愛かった一穂が、男になった。後はもう結ばれるだけではないか。
それでも、一穂の方から手を出して来る事はなかった。まだ小学校を卒業するかどうかの頃だったと思う。性行為について知っていようが、自分がするとなると何をすればいいのか分からないもので、一穂から私へと手を出すなんてないのは当然だった。
だから私は性の知識を読み漁り、恥を忍んで経験者達に教えを乞うた。全ては一穂の童貞を奪う為に。
その時が来たのは私が高校3年の時だったか。高校を出た後は本家で一穂付きの使用人として働く事が正式に決まった。
若旦那ご夫妻から、一穂付きの使用人イコール初めての女という役割であると念を押された。ご当主様にはもちろん、若旦那様ご夫妻にも本当にいいのか再三に渡って確認された。
私が一穂付きの使用人になるという事は、一穂の妾として生きるという事。一穂の気まぐれで抱かれ、気まぐれで捨てられる可能性まである。
それでも、ご当主様と若旦那ご夫妻にとって、一穂付きの使用人は非常に重要な問題だった。
まだ中学生であった一穂に私をあてがう理由。それは、一穂のお父様である若旦那様が質の悪い女に捕まった経験があるから。それもやっと一穂が若奥様のお腹に宿った頃に、本家のお屋敷に怒鳴り込んで来るほどの質の悪さ。
若奥様は、浮気をした事ではなく後腐れが残り、家人に迷惑を掛けるような遊び方をした事こそに怒られ、一穂にはそのような目に合わせたくないとお考えになられた。
結婚後なかなか身籠る事が出来なかった若奥様にとって、それほどの衝撃的な出来事だったのだと思う。付け加えて述べると、一穂が生まれてしばらく経った頃にその女がまた本家の屋敷へ訪れた。生まれたての女の子を抱えて。
前回その女が本家へ訪れた際に手切れ金を渡して二度と我が家に近付かないようにと念書を交わしていたそうで、時期的にその後に出来た子供である事は明らかだった。念の為にその女の子と若旦那様との親子関係をDNA鑑定で否定した上、再度念書を交わしてやっと、その女は引き下がったと聞いている。
そんな女に引っかからないようにと、幼い一穂の面倒を私に見させ、いずれはあてがいたいという思惑があったと、若奥様はそこまで正直に私に説明をして下さった。
その上でなお、私に本当に良いのかと確認をして下さったのだ。
ただでさえ一穂が生まれた瞬間から、私は一穂に惚れ込んでいたのに。一穂の母上である若奥様からそこまで目を掛けて頂いて、否などある訳がなかった。
不束者ですが、よろしくお願い致します。そう三つ指をついて頭を下げたのだ。
その日以来積極的に、それでもあからさま過ぎぬよう気を付けながら、一穂の欲情を煽った。一穂の目の前では誘い受けをする娼婦のように隙を見せた。一穂が自慰をしているのではないかと思われるタイミングを見ては部屋へ押し掛けた。
一穂が私への好意を伝えてくれるのに、さほど時間は掛からなかった。初めての経験については、2人だけの大切な思い出として留めておきたい。
予想外だったのは、あまりにも一穂が真面目で私の事を大切に想ってくれる事だった。
ご当主様には複数の妾がおられ、またその間に出来た子供も多くおられる。若旦那様にしても質の悪い女に引っかかるくらいだ。商売女や私が聞かされていない外の女がいても不思議ではない。
その血を引く一穂が、恋人ごっこをしていたとは言え使用人である私に結婚を持ち掛けるとは思ってもみなかったのだ。
抱っこをすれば母乳の匂いが立ち込めたあの赤ん坊が、私と結婚すると言って聞かない。困った、私はただの妾で十分に幸せなのに……。
すぐさま若奥様へ相談すると、心底嬉しそうにして下さった。そこに、確かな愛情があるからと仰っていた。
私には身に余る幸せ。小さい頃より一穂のお世話をさせてもらうだけで、それだけで幸せだと感じていたのに、私を妻にしたいなど……。
かねてより若奥様は若旦那様とご相談の上、ご当主様へと出来るだけ普通の暮らしを一穂にさせて欲しいと掛け合っておられたそうだ。それを受け、一穂は名家の御曹司として暮らすのではなく、可能な限り社交界やお家のしがらみを感じずに育てられていた。
その結果として、私を1人の女として愛する心が育ったのだと実感する事が出来た。そう言って、若奥様は私に頭を下げられた。
私はただただ恐縮するしかなかったが、ただ一穂の傍にいて、一穂の成長を共に見守っていた私を認めて下さっていた。嬉しかった。
若旦那様ご夫妻としては、応援してあげたいけれど……、そう話して下さった。そこまで言って下さっただけで十分でございますと、心から感謝を述べた。
しかし、このままではいけないと思った。私に夢中になってくれるのは嬉しい。けれど、お家の為を思うと私が正妻ではお家の格が下がってしまうのではないか。
所詮、私は妾だ。分家の出の私などではなく、一穂には許嫁となるであろうあの子と結婚すべきだ。
そのように思ってやきもきとした気持ちを抱えているうちに、一穂の大学進学が決まった。
ご当主様より大学進学を機に一人暮らしをする一穂について行くよう命を受けた。引き続き一穂の精処理をするように、とも。
命を受けた数日後、一穂に問い詰められた。ふたねぇは俺の性欲を満たす為だけの存在なのか、と。妻としてではなく、妾として自分の傍にいるつもりか、と。
この機会を逃してはならないと思った。でなければいずれ、私は後悔する。一穂には世間一般でいう常識を元に、名家を背負って立つ大人物になってもらいたいと心から思った。
その為であれば自分の浅ましい独占欲など捨て置ける。これこそが私なりの愛の形だと、その時確信したのだ。
「その通りでございます、若様」
私の返事を受けて、一穂は拗ねられた子犬のような顔を見せた。失望したのだ、一穂の愛に応えぬ私に。
それ以来、私は一度も一穂に抱かれていない。それでもいいと思っている。一使用人として生きて行けばいい。一穂の傍にいられれば、それでいい。
今のところ変な女には引っかかっていない。恋人が出来てもそれほど長続きしていないのは少し気になるが、例え長続きしたとしても一穂には許嫁がいる。いずれは引き裂かれる運命なのだ。
『何っだよ! ダンッ!!』
……、何やらテーブルを叩き付けている様子。モニターまでは用意していないので音でしか判断出来ないが、一穂がこんな朝早くから起きているのも珍しい。
昨日一穂は出先から帰って来たと思えば、玄関のチェーンを掛けて部屋に引き籠もっていた。私が家事をする為に合鍵を使って一穂の部屋に入るのを知っているのにも関わらず、何故かチェーンを掛けていたのだ。
何かあったのだろうか。一穂に限って変な女に引っかかる事はないと思うけれど、それでも一大事になる前に対処するのが私に与えられた役目だ。
私個人としても、一穂に何かあったらと思うといてもたってもいられない。すぐに探偵でも雇って、一穂の周辺を見張ってもらおう。もしも女の影が認められれば、徹底的に調査をするよう指示をせねば。
いつかまた一穂に抱かれたい。愛を囁いてほしい。私はそう願ってしまう浅ましい女だと思う。それでも今はただ、一穂の為に出来る事をするだけ。
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