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第五章:スタニスラスの生涯

裏06:魔王城特攻作戦

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「そんなに簡単に魔王国に乗り込めるもんなんでしょうか……?」

 不安そうなスタニスラスの声。スタニスラスの膝の上にはファフニール族の王であるカイエンの娘、アンジェルが足をプラプラさせて座っている。

「ドラゴンが大勢で飛んでいるとなるとさすがに迎撃態勢に入るでしょうが、単騎であれば問題ないかも知れないですな。
 私であれば警戒される前に魔王城付近まで侵入出来る速度が出せます。
 スタニスラス殿は風の精霊様のご加護で風除けの魔法が使えるでしょうから、身体に影響はないかと思います」

「でもそれでは私が付いて行けませんっ!」

 キッ! と父親を睨みつつ、アンジェルが抗議の声を上げる。

「付いて来させる訳がなかろう。例えドラゴンであっても、力ある魔族であれば屠る事が出来るのだ。
 お前はドラゴンの姫である自覚が足りんな。困ったものだ」

 呆れたような表情を浮かべるカイエン。

「嫌です。私はスタニスラス様の妻として常にお側にいたいのです」

「妻になりたいという気持ちは十分に理解しておる。スタニスラス殿が良いと仰れば、いつでもお前を嫁がせよう。だがな、だからといって魔王国に連れて行く事は出来ん。
 もし万が一にもお前が人質に取られてみろ、心お優しいスタニスラス殿は自らの命と引き換えにお前を助けようとなさるであろう。お前のせいでスタニスラス殿が負けるのだ。
 その可能性がある以上、お前を連れて行く事は出来ん。分かるか?」

「分かりますが分かりません!!」

 ハハハ、と乾いた笑い声を上げるスタニスラス。本人の意思を除けての父娘のやり取りは、うんざりするほど見て来ている。
 彼の女性関係は、自ら留める事の出来ぬほど勢いで増えて行っていた。この時すでに両手では数えきれないほどの新たな命が産声を上げていたのだった。

 ハーパニエミ神国と連携を図り、ついに魔王国の中枢、魔王城を攻めようという段階に入った。もちろん複数回に及ぶ国境付近での戦闘を重ねた上である。
 スタニスラスが葬った魔物の数、そして魔族の数はもはや数える事も出来ぬほどになり、何とか王国の勇者パーティーを殲滅せんと日増しに魔王国からの出兵が増えていた。
 そんな中、何故スタニスラスが王国を離れてこのハーパニエミ神国にいるのかと言うと、神国から代わりに複数のドラゴンが王国を守護しに出向いているからである。
 そして……。

「ちちうえっ! ぼくもまおうこくにいきます! きっとちちうえのおやくにたってみせます!!」

「こらスラル、お父様を困らせてはなりませんよ」

 この時すでに大神官グレルとの間に息子、スラルをもうけていたのだ。
 勇者に選定されてからほぼ学園には行っていないスタニスラスであるが、スタニスラス自身気付かぬ間に首席で卒業していた。
 王国と神国の友好の懸け橋として、勇者であるスタニスラスの女性関係は大神官グレルまでをも範囲内とし、息子スラルはもう3歳になっていた。

「スラル、お前には母上を守る任務がある。代わりに頼めるのはお前しかいないんだ」

 スタニスラスは座ったままスラルを抱き上げ、自らの膝に座るアンジェルの膝に向い合せになるように乗せる。

「……、わかりました」

「アンジェル、スラルにグレル様を守る為の戦い方を教えてやってくれないか」

 うっ、と言葉を詰まらせるアンジェル。目の前には自分を見つめるスラルの顔。
 純真無垢なその顔を前にして、お断りしますとはとても言えない。

「分かりました、スラルの面倒は私が見ます。
 ですからスタニスラス様、絶対に帰って来て下さい。そして私をお嫁さんにして下さい」

 膝に座ったままのアンジェルが、スタニスラスを見上げて言う。今度はスタニスラスがお断り出来ない番だった。

「ああ、約束するよ」


 ファフニール族のドラゴンに乗せられ、スタニスラスが王国へと帰国する。すぐに王城へと向かい、国王へと神国で立てた魔王城攻略についての作戦内容を報告する。

「そうか、近々なのだな。我が軍からの派兵は必要か?」

「いえ。恐れながら、此度の作戦は単騎特攻にございます。
 カイエン王と少数のドラゴン、そして私が魔王城へと乗り込み、電光石火で魔王の首のみを刎ねます。
 王国軍については、報復の為に攻めて来るであろう魔王軍、そして魔物から国を守る為に国境付近にて待機をお願いしとうございます」

「ふむ、万が一仕留め損ねた際は、すぐにカイエン殿と魔王城から離脱するのだぞ。
 例え相打ちの後仕留められたとしても、そなたが無事に帰らねば意味がない。分かるな?」

「ハッ、勿体なきお言葉。必ずや魔王を仕留め、自らご報告に上がりますゆえ」

 はぁ、と国王が小さくため息を付く。

「分かっとらんようだな、無事に帰ってレティシアとの式を挙げるのだぞと言うておるのだ」

「……、ハッ」

「何故そこで間を空けるのだ……。
 まぁ良い、すぐに神国へ戻るのであろう。その前にレティと会ってやってくれ。毎日そなたの心配しかせず過ごしておる。
 レティにも無事帰ると言ってやってくれ」

「ハッ!」



「スタニィ!!」

 スタニスラスがレティシアの自室に入ってすぐに胸へと飛びつくレティシア。愛しの勇者様はドラゴンの背に乗り様々な地へと飛び回っている為、以前のように毎日顔を合わせる事が出来なくなっている。
 レティシアは不安と寂しさで押し潰されそうな日々を送っている。

「ただいま、レティ」

「何ですぐに私の部屋へ来ないのですか!? こんなにも私は不安で寂しくて辛い日々を送っているというのに……!!」

 レティシアにとってスタニスラスは、勇者である前に幼き頃から焦がれていた1人の男性である。
 想いが通じた今も、お互いの立場がある為に思うように心を通わせない日々が続いている。その為に、2人きりの時は立場や都合、事情など関係なくぶつけ合おうと決めているのだ。

「すまない、寂しい思いをさせてしまって。でも、もうすぐこの日々も終わりだ。
 もうすぐ魔王討伐の為に魔王城を攻める事が決まった。魔王を倒せば、レティと私の挙式だと国王陛下が仰っていた。
 もうすぐだ、もうすぐなんだよレティ……」

 スタニスラスがレティシアを抱き締め返す。その力強くも暖かい温もりに包まれている時だけが、レティシアが幸せを感じる時間となっていた。

「でも……、危険なんでしょう?」

「もちろん気を抜く事は出来ない。カイエン王とファフニールの精鋭達、少数で魔王城を攻めて魔王の首のみを狙う。
 首さえ刎ねればこちらのものだ。魔王軍は統率を失い、その後は大人しくなるだろう」

「そうだといいのですけれどね」

 いつの間にか部屋に入っていたドロシーに驚く2人。ちょこんとレティシアのベッドに腰を掛けている。

「どういう事? お姉様のお考えを詳しく教えてほしいですわ」

 割とドロシーに邪魔される事に慣れている2人。驚きはするもののすぐにいつもの事だ、と思い直し、ドロシーへと問い掛ける。

「魔王の後ろにいる存在、魔王へと力を与える存在がいると我が家では言い伝えられています。
 にわかには信じられない事ですが、本当の平和とはその魔王へくみする存在を葬る事であるだろうと思うのです。
 そういう意味で、魔王を倒してもその次の魔王が現れる。今まで通りの繰り返しになるでしょうね」

「ドロシー、何が言いたい?」

 スタニスラスはすでにドロシーとベッドを共にしている。逆に、式を挙げていないレティシアとはベッドを共にはしていない。
 王族との婚姻というのは何事も手順を踏む必要がある為だ。しかしスタニスラスは勇者であり、その血を広く王国内で受け継がれる事を求められる為に、王国内でスタニスラスが抱けない女性はレティシアのみとなっている。
 その事が余計レティシアへ嫉妬や不安、寂しさを感じさせる訳であるが、王族に生まれたからこそスタニスラスと結ばれるのだという事実を受け止めるしかないのだ。

「つまり、本当に王国の末永い平和を望むのであれば、魔王の背後に立つ真の魔王、大魔王と呼ぶべき存在をこそ倒さなければならないと考えます。
 つきましては、此度の魔王城攻めへ私の手の者を数人お連れ頂きたい。すでに国境へ向けて進軍しております。一度国境にて降りて頂き、ドラゴンの背に乗せてやって下さいまし」


 このようなやり取りの結果、スタニスラスは魔王を倒すだけでなく魔王を倒した後に起こる何かについての調査も引き受ける事となった。
 つまり、絶対に生きて帰って来なければならない任務。半分は本当に必要な調査であるが、実際はドロシーなりのスタニスラスへの愛であった。

 国の為に死ぬ、ではなく国の為に生きて帰る。

「スタニィ、必ず無事で帰って来ると信じているわ。私は2人の式の準備をしておきますから……」

「あぁ、手伝いが出来なくてすまない。必ず生きて帰って来ると約束するよ」


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