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第五章:スタニスラスの生涯
裏05:スタニスラス、勇者選定を受ける
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国王から非公式で各貴族家へお願いという形で御触れが出た。スタニスラス・ファルゾンは王家末姫であるレティシア・ドゥ・メルヴィングと結婚の約束をした、という内容だ。
事実上の婚約という御触れであるが、その前の側室や妾、愛人までは口を挟まないという宣言とも取れる下知がある為、婿としては迎え入れられないまでもその血筋を確保する事は可能である。結局、各貴族家息女達のスタニスラスへの接触は変わらなかった。
学園の授業の一環で王都近郊の森へ入り魔物の討伐訓練へ向かった際、圧倒的戦闘力でバッサバッサと魔物を切り捨てて行くスタニスラスの姿を見て、護衛で付いて来た女性兵士達をも虜にしてしまう始末。
教師陣はさすがに既婚者が多く、スニタスラスに自らがすり寄るような事はしなかったが、まだ学園にも入学していないような幼女を職場見学と称して連れて来る者も見られた。何とかスタニスラスに気に入られるようにと目一杯着飾らされて本人達はキャッキャと嬉しそうにしていたが、それを見てまたもどうしてこうなった、という呟きを漏らすスタニスラスだった。
スタニスラスにとってそんな慣れない日々を過ごしているうちに、生徒会長であるレティシアが卒業を迎えた。卒業後のレティシアは王家の者として、王国内の視察や慰問などで飛び回る事となる。
その際の護衛を兼ねて、学生の身としては例外ではあるが内々の婚約者としてスタニスラスが同行を命じられる事となった。
貴族家からの批判が殺到するかと思われたが、そこは国王の威光、そしてコンスタンタン伯爵家の裏からの圧力で上手く統制し、誰の邪魔も入る事はなかった。
スタニスラスはまだ学生生活半ばではあるが、兵士として訓練を受けている事と、戦力としてすでに申し分ないレベルである事と合わせて、ほとんどの授業が免除される運びとなった。それに合わせるようにレティシアの身の回りの世話をする侍女を、と各貴族家から推挙された息女達も付いて回る事となり、レティシア一行に加わり大人数での視察団が結成された。こちらも貴族達の圧力が加わっており、国王としても無碍に出来ない形となっていたのである。
レティシアの各地の視察、慰問の旅においても、スタニスラスの護衛としての役割を全うし、レティシアにとっての旅の安全は十全であった。しかし、この旅でより仲が育めると思っていたレティシアにとっては面白くない旅でもあった。
常にお付きの者が付いて回り、スタニスラスと2人きりになる機会もなく、レティシアはモヤモヤとした日々を過ごす事となる。しかし、視察の旅をしている婚前の姫と、婚約者とはいえ護衛役を仰せつかっているスタニスラスとの仲が急速に発展するという事自体難しい話であり、こればかりは仕方ないとしか言いようがない。
そのようなレティシアのモヤモヤする日々も、ある地域を訪問する事に決まった際に変化する事になる。
「ハーパニエミ神国ですか? 竜信仰の?」
「ああ、魔族の侵攻が日々着実に本格的になって来ておる。今のうちに彼の国との連携を強め、協力関係を築いておく必要がある。
よって、レティには我がしたためた書状を外交団の団長として大神官グレル殿へ届ける任務を任せたい」
久しぶりの王城、いつもの喫茶室にてレティシアと国王とスタニスラス、そしてドロシーがお茶をしているプライベートなタイミングで、国王がレティシアへと正式な通達を行った。
「竜信仰の国だと思われがちですが、本質的には精霊信仰の我が国と同じです。彼の国は特に風の精霊様を崇拝している、違いはその程度ですわ。
さてスタニスラス君、ドラゴンに会った事はあるかしら?」
「ドラゴンですか……、あぁ、王都へ呼ばれるキッカケになったのはあの日の出来事なのですね」
スタニスラスは今の今まで、王家から呼ばれたら従うモノであるという概念から、何故呼ばれた、という疑問を持たなかったが、ドロシーの質問で王都へと呼ばれた理由がやっと理解出来たようだ。
詳細を聞きたがるレティシアに対し、スタニスラスがその日の事を事細かに説明する。魔物に襲われそうになっている少女を助けた事。その後すぐに魔族が2体現れた事。少女を抱えて全力で逃げたところ、ドラゴンが現れて魔族を葬り去った事。
「なるほどね、恐らくその少女が風の精霊様だと思うわ。助けられたから加護を授けた、と言ったところじゃないかしら。
ただ、助けなくても風の精霊様が襲われる事はなかったでしょうね。ドラゴンが控えていた事から考えると、魔族をおびき出そうとしていたところに、たまたま遭遇したんじゃないかな?」
まさか自分が信仰の対象である精霊と出会っており、ましてやお姫様抱っこをして走って逃げるという事までしていたとは思ってもおらず、スタニスラスは頭が追い付いていないようだ。
「もしかしたら神国で会えるかも知れないわね。それで、陛下?」
ドロシーに促され、国王が改めて口を開く。
「近々王都の兵士達や学園関係者を集め、勇者選定の儀を執り行う。恐らくスタニスラスが宝具によって勇者として選ばれるであろう。心しておくように」
それだけ伝え、国王は部屋を出て行ってしまった。
未だ頭が追い付いていないスタニスラスと、スタニスラスが勇者選定を受けた後の事を思い浮かべてニヤニヤしているレティシア、そして悠々とお茶を飲んでいるドロシーの3人。
この中で唯一全ての事情を把握しているドロシーは、お茶を飲みつつ2人の様子を観察しているのだった。
王都における神事を司る貴族家、コンスタンタン伯爵家。その当主たる勇者選定の巫女、ドロシーが王城内にある大聖堂の中央にて精霊への祈りを捧げている。
素肌に純白のローブのみを身に纏い、手には大地の精霊より賜ったと言い伝えられている地母の水晶を掲げ、静まり返る聖堂内で彼女のみが祈りの文言を口にする。
聖堂内には男、女問わず学生や兵士が所狭しと立ち並んでおり、皆一様に緊張した様子でドロシーを見守っている。一段高い場所に国王、そして王妃、王太子と続き、末席に末姫のレティシアが椅子に掛けての臨席。そのやや後ろに、姫様の護衛として床へと跪いた状態のスタニスラスの姿があった。
レティシア及びスタニスラスの表情は、その他大勢の人々と同じ。しかし皆が「もしやもすれば自分が選ばれるのではないか」という緊張、興奮から来るものであれば、こちらの2人に関しては「本当にスタニスラスが(自分が)選ばれるのだろうか」という半信半疑、そしてある種の覚悟から来るモノ。
「おおっ!!!!!」
ドロシーの掲げる水晶が明滅する。やや青みがかった光が聖堂内に氾濫し、その眩さから目を瞑る者、光の先を目で追う者、選ばれたと勘違いしてその場で飛び上がる者、それぞれの反応を見せつつ、ある種の興奮がその場を支配して行く。
忙しなく形を変えていた光が急に消えたかと思うと、パッと一方向を差した。その先に照らし出される人物とは……? その光を浴びる人物を皆が一斉に見やる。
「「「す、末姫様っ……!!?」」」
座り位置の関係で、光の照準がそのままスタニスラスへと行かずに手前にいたレティシアの膝当たりに当たっている。
「末姫様のお膝が勇者、だとっ……!?」
ドロシーがレティシアへ少しずれるように目で合図を送るが、光源元がドロシーの頭に掲げた水晶の為に、レティシアには全く伝わらない。ドロシーは仕方なくゆっくりと一歩、もう一歩と横へ移動して行き、レティシアに隠れるように跪いているスタニスラスの顔にやっと照準が合った。
「あっ! 数年前の学園入学で代表の挨拶をした奴じゃないか!?」
「本当だ、スタニスラスだ!!」
「お膝が勇者という訳ではなかっ、何をするっ!?」
静寂に包まれていた大聖堂は一瞬にして勇者選定に沸き、この日新たな勇者が誕生した。
スタニスラス・ファルゾン。後世まで語り継がれる、彼の英雄譚はこの日から始まるのだった。
ちなみにレティシアの膝が勇者だと口にした男は、コンスタンタン家の影の者達に連れ出され、大層お叱りを受けたのだが、この件については後世に語り継がれる事はなかった。
事実上の婚約という御触れであるが、その前の側室や妾、愛人までは口を挟まないという宣言とも取れる下知がある為、婿としては迎え入れられないまでもその血筋を確保する事は可能である。結局、各貴族家息女達のスタニスラスへの接触は変わらなかった。
学園の授業の一環で王都近郊の森へ入り魔物の討伐訓練へ向かった際、圧倒的戦闘力でバッサバッサと魔物を切り捨てて行くスタニスラスの姿を見て、護衛で付いて来た女性兵士達をも虜にしてしまう始末。
教師陣はさすがに既婚者が多く、スニタスラスに自らがすり寄るような事はしなかったが、まだ学園にも入学していないような幼女を職場見学と称して連れて来る者も見られた。何とかスタニスラスに気に入られるようにと目一杯着飾らされて本人達はキャッキャと嬉しそうにしていたが、それを見てまたもどうしてこうなった、という呟きを漏らすスタニスラスだった。
スタニスラスにとってそんな慣れない日々を過ごしているうちに、生徒会長であるレティシアが卒業を迎えた。卒業後のレティシアは王家の者として、王国内の視察や慰問などで飛び回る事となる。
その際の護衛を兼ねて、学生の身としては例外ではあるが内々の婚約者としてスタニスラスが同行を命じられる事となった。
貴族家からの批判が殺到するかと思われたが、そこは国王の威光、そしてコンスタンタン伯爵家の裏からの圧力で上手く統制し、誰の邪魔も入る事はなかった。
スタニスラスはまだ学生生活半ばではあるが、兵士として訓練を受けている事と、戦力としてすでに申し分ないレベルである事と合わせて、ほとんどの授業が免除される運びとなった。それに合わせるようにレティシアの身の回りの世話をする侍女を、と各貴族家から推挙された息女達も付いて回る事となり、レティシア一行に加わり大人数での視察団が結成された。こちらも貴族達の圧力が加わっており、国王としても無碍に出来ない形となっていたのである。
レティシアの各地の視察、慰問の旅においても、スタニスラスの護衛としての役割を全うし、レティシアにとっての旅の安全は十全であった。しかし、この旅でより仲が育めると思っていたレティシアにとっては面白くない旅でもあった。
常にお付きの者が付いて回り、スタニスラスと2人きりになる機会もなく、レティシアはモヤモヤとした日々を過ごす事となる。しかし、視察の旅をしている婚前の姫と、婚約者とはいえ護衛役を仰せつかっているスタニスラスとの仲が急速に発展するという事自体難しい話であり、こればかりは仕方ないとしか言いようがない。
そのようなレティシアのモヤモヤする日々も、ある地域を訪問する事に決まった際に変化する事になる。
「ハーパニエミ神国ですか? 竜信仰の?」
「ああ、魔族の侵攻が日々着実に本格的になって来ておる。今のうちに彼の国との連携を強め、協力関係を築いておく必要がある。
よって、レティには我がしたためた書状を外交団の団長として大神官グレル殿へ届ける任務を任せたい」
久しぶりの王城、いつもの喫茶室にてレティシアと国王とスタニスラス、そしてドロシーがお茶をしているプライベートなタイミングで、国王がレティシアへと正式な通達を行った。
「竜信仰の国だと思われがちですが、本質的には精霊信仰の我が国と同じです。彼の国は特に風の精霊様を崇拝している、違いはその程度ですわ。
さてスタニスラス君、ドラゴンに会った事はあるかしら?」
「ドラゴンですか……、あぁ、王都へ呼ばれるキッカケになったのはあの日の出来事なのですね」
スタニスラスは今の今まで、王家から呼ばれたら従うモノであるという概念から、何故呼ばれた、という疑問を持たなかったが、ドロシーの質問で王都へと呼ばれた理由がやっと理解出来たようだ。
詳細を聞きたがるレティシアに対し、スタニスラスがその日の事を事細かに説明する。魔物に襲われそうになっている少女を助けた事。その後すぐに魔族が2体現れた事。少女を抱えて全力で逃げたところ、ドラゴンが現れて魔族を葬り去った事。
「なるほどね、恐らくその少女が風の精霊様だと思うわ。助けられたから加護を授けた、と言ったところじゃないかしら。
ただ、助けなくても風の精霊様が襲われる事はなかったでしょうね。ドラゴンが控えていた事から考えると、魔族をおびき出そうとしていたところに、たまたま遭遇したんじゃないかな?」
まさか自分が信仰の対象である精霊と出会っており、ましてやお姫様抱っこをして走って逃げるという事までしていたとは思ってもおらず、スタニスラスは頭が追い付いていないようだ。
「もしかしたら神国で会えるかも知れないわね。それで、陛下?」
ドロシーに促され、国王が改めて口を開く。
「近々王都の兵士達や学園関係者を集め、勇者選定の儀を執り行う。恐らくスタニスラスが宝具によって勇者として選ばれるであろう。心しておくように」
それだけ伝え、国王は部屋を出て行ってしまった。
未だ頭が追い付いていないスタニスラスと、スタニスラスが勇者選定を受けた後の事を思い浮かべてニヤニヤしているレティシア、そして悠々とお茶を飲んでいるドロシーの3人。
この中で唯一全ての事情を把握しているドロシーは、お茶を飲みつつ2人の様子を観察しているのだった。
王都における神事を司る貴族家、コンスタンタン伯爵家。その当主たる勇者選定の巫女、ドロシーが王城内にある大聖堂の中央にて精霊への祈りを捧げている。
素肌に純白のローブのみを身に纏い、手には大地の精霊より賜ったと言い伝えられている地母の水晶を掲げ、静まり返る聖堂内で彼女のみが祈りの文言を口にする。
聖堂内には男、女問わず学生や兵士が所狭しと立ち並んでおり、皆一様に緊張した様子でドロシーを見守っている。一段高い場所に国王、そして王妃、王太子と続き、末席に末姫のレティシアが椅子に掛けての臨席。そのやや後ろに、姫様の護衛として床へと跪いた状態のスタニスラスの姿があった。
レティシア及びスタニスラスの表情は、その他大勢の人々と同じ。しかし皆が「もしやもすれば自分が選ばれるのではないか」という緊張、興奮から来るものであれば、こちらの2人に関しては「本当にスタニスラスが(自分が)選ばれるのだろうか」という半信半疑、そしてある種の覚悟から来るモノ。
「おおっ!!!!!」
ドロシーの掲げる水晶が明滅する。やや青みがかった光が聖堂内に氾濫し、その眩さから目を瞑る者、光の先を目で追う者、選ばれたと勘違いしてその場で飛び上がる者、それぞれの反応を見せつつ、ある種の興奮がその場を支配して行く。
忙しなく形を変えていた光が急に消えたかと思うと、パッと一方向を差した。その先に照らし出される人物とは……? その光を浴びる人物を皆が一斉に見やる。
「「「す、末姫様っ……!!?」」」
座り位置の関係で、光の照準がそのままスタニスラスへと行かずに手前にいたレティシアの膝当たりに当たっている。
「末姫様のお膝が勇者、だとっ……!?」
ドロシーがレティシアへ少しずれるように目で合図を送るが、光源元がドロシーの頭に掲げた水晶の為に、レティシアには全く伝わらない。ドロシーは仕方なくゆっくりと一歩、もう一歩と横へ移動して行き、レティシアに隠れるように跪いているスタニスラスの顔にやっと照準が合った。
「あっ! 数年前の学園入学で代表の挨拶をした奴じゃないか!?」
「本当だ、スタニスラスだ!!」
「お膝が勇者という訳ではなかっ、何をするっ!?」
静寂に包まれていた大聖堂は一瞬にして勇者選定に沸き、この日新たな勇者が誕生した。
スタニスラス・ファルゾン。後世まで語り継がれる、彼の英雄譚はこの日から始まるのだった。
ちなみにレティシアの膝が勇者だと口にした男は、コンスタンタン家の影の者達に連れ出され、大層お叱りを受けたのだが、この件については後世に語り継がれる事はなかった。
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