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第五章:スタニスラスの生涯

裏03:スタニスラスの学園生活

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 スタニスラスは無事、学園への入学試験を通過した。近年稀に見る成績だと学園関係者及び選定三侯らに印象付けての合格。首席として入学式にて挨拶をする事に決まった。

「ひひひ姫様、あああ挨拶とはななな何をははは話せばよろしいのでしょしょしょうか!!?」

 レティシアは今まで見た事もないほどに動揺しているスタニスラスを見て意外に思う反面、年相応の反応を見て少し安心するのだった。

「スタニィ、大丈夫よ。とりあえず落ち着いてお茶を飲みなさい。挨拶の文面は学園の方で考えて下さるわ」

 レティシアの父親である国王とお茶の同席をして以来、スタニスラスはレティシアのお誘いを受ける事が多くなった。理解出来なかったとはいえ娘と仲良くするようにとの国王からの言葉を聞き、自分なりに考えた上での変化である。

 レティシアはすでに学園に入学して2年。スタニスラスが入学すると同時に3年生へと進級する。王族は総じて魔力保有量が多い為、レティシア自身も入学の際には首席として挨拶をしている。

「じ、自分で考える必要はないのですね!?」

「ええ、事前に打ち合わせをするから、自分が伝えたいなと思う事があれば担当の教員へ相談しなさい」

 年上として、レティシアがスタニスラスの面倒を見ている光景を眺め、姫付きメイド達が笑顔で見守っている。王城内ではすでにスタニスラスはレティシアの婚約者として見られているが、本人達は気付いていなかった。


「私が生まれたのは魔王国領との国境。周りには田畑に森に川と、自然に囲まれた場所でした。
 友人と呼べる者もなく1人、自然の中を駆け回って育ったのです」

 在学生、新入生、保護者、そして教員に王族関係者を前に堂々と挨拶文を読み上げるスタニスラス。本日より晴れて王立マルティノン学園の生徒となった。マルティノンとはメルヴィング王家の成立に深く関わった人物の家名である。

 魔力保有量の多い者が首席として皆の前で挨拶をする。すなわち、新入生としての最有力株としてのお披露目。いくら王城内で末姫の将来の婚約者として見られているとはいえ、正式に婚約した訳でも、国内に御触れが出た訳でもない。

 最有力株を少しでも早く確保しようと有力貴族達がこぞって自らの娘をけしかけ、その結果スタニスラスの周りを常に複数の貴族家の娘達が取り囲む事となる。新入生としての挨拶で自ら述べた通り、スタニスラスは田舎者であり、自分の娘が容易くその心を射止めるであろうと判断している。

 それはわらわのモノである! そう言いたいレティシアであるが、学園では身分を振りかざす行為は愚行であるという校風の為に、なかなか強く出られずにモヤモヤと過ごす日々を送っていた。

 スタニスラス自身としては、何故自分がこうも注目されるのかの理由として、首席で入学試験を合格したからという事実のみを理解し、強い者に人が集まるのは当然であるという認識をしていた。裏で貴族家の娘達の激しい攻防が行われている事にも全く気付いていなかった。
 もちろんレティシアの気持ちにも思い至らず、学園では先輩、王城内では姫君として、どちらも敬意を持って接していた。スタニスラスのその接し方を受けて、さらにレティシアはモヤモヤとするのであったが、年上である事と乙女としての恋心、そして一国の姫であるという立場から、なかなか本心をスタニスラスへぶつける事が出来ないまま、学園生活だけが順調に進んで行ったのである。


 学園へと入学して以来、スタニスラスは朝は今まで通り兵士達に混ざって訓練。そして朝食後に学園へと向かい、生徒達に混ざって授業。授業が終われば日が暮れるまで訓練に明け暮れる毎日。
 12歳の少年は少しずつ顔付きが青年のそれに近付いて行き、可愛い弟分だったスタニィとの距離感が掴めずさらに焦燥感を募らせるレティシア。
 
 そして事件が起こる。


「スタニスラス、あなたは私が誰だかご存知ないのかしら?」

 学園内の広場、その中央にてスタニスラスがいつものように貴族家の娘達に取り囲まれている。しかし雰囲気はいつもよりも険悪。1人の女生徒がスタニスラスへ突っかかるように、腰に手を当てて憤っている。

「すまないが存じ上げない。高貴なお方なのであれば、私のような平民を相手にするお時間が勿体ないのでは?」

 学園生活が慣れて来た事、そして同い年の友達を数多く持てた事も相まって、スタニスラスは生来の勝気な性格を少しずつ見せ始めていた。

「なっ……!? パメラ様をご存知ないとおっしゃったかしら!!? あのアングラール侯爵家のご令嬢です事よ!!」

 パメラ・ドゥ・アングラールとその取り巻きがガヤガヤとスタニスラスを責め立てる。しかし学園内では身分の高い低いは関係なく、全ての学生が平等に学ぶ機会が与えられるというのが理念の1つである。
 例え平民の出であっても、優秀な生徒の進路として国防関係に就く可能性もある為、血筋を持ち出して揉め事を起こす生徒は厳重に処罰を受けるのであるが、頭に血が上った女生徒達は納まりが効かなったようだ。

「お父様に言い付ければあなたなんて……!」

「アングラール侯爵閣下なら何度か王城でお会いした事があるが、そう言えば娘をよろしくと仰っていたな。上の娘は優秀だが、そなたと同い年の娘はさっぱりだ、と」

 そう言って最後のダメ押しをし、ニヤリと笑うスタニスラス。
 パメラは大きく目を見開き、スタニスラスへと指を差してワナワナと口を開く。さて、どんな罵詈雑言が聞こえるかとスタニスラスが眺めていると、取り囲む人の輪を押し開くように1人の女生徒が入って来た。

「何を騒いでおいでですか? あら、パメラにスタニィ、スラス。何かございましたか?」

 この場に親しげな呼び名は相応しくないと判断し、レティシアがパメラとスタニスラスへ問い掛ける。スタニスラスはすぐに臣下の礼を取ろうと膝を曲げるが、学園内である為に思い直して直立したままの姿勢でレティシアへと向き直る。

「レティシア会長、何でもございません。同じ学生として親睦を深めていただけでございます」

 そう言って、スタニスラスがレティシアへ向けて軽く頭を下げる。
 生徒会長であるレティシア。揉め事の仲裁に入るのは珍しい事ではない。教員はほぼ貴族家出身の者が大半を占めるとはいえ、争いの当事者である学生の方が身分の高い家の者である事も少なくない為、あまり積極的に生徒間の揉め事に割って入ろうとする教員は多くない。
 理念としては立派な平等という概念であるが、いざ実際に争いが起こると使える物は身分であれ立場であれ、親の力であっても使うのが貴族のやり方である。
 その点、王族であり学園の生徒会長であるレティシアは、本来の意味で平等に仲裁を受け持つ事が可能だ。

「そうなのですか? パメラ」

 レティシアがパメラへと問い掛けると、やっとパメラがレティシアへと向き直り、早口で捲し立てるように訴える。

「こ、この者が私に酷い事を! 私はこの者に学園での後ろ盾になって差し上げると申したのです。
 しかしこの者が私を不要であると! それも私は姉に比べてふ、ふっ、不出来であると!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶパメラ。父親から聞いた、とスタニスラスが口にした内容が、いつの間にかスタニスラス自身が言った言葉へと取り違えられて伝えられる。
 もちろんレティシアは途中から2人のやり取りを聞いていた為に、彼女の言葉をそのまま鵜呑みにするような事はしない。
 しかし、ここでスタニスラスを庇ってしまうとパメラがどのような行動に出るか分かったものではない。
 ここはスタニスラスへ言い含め、場を収める事にしよう。そう思い、レティシアが口を開く。

「スタニスラス、学園は学び舎であると共に社交の場でもあります。和を乱すような発言や行動は慎みなさい。
 例えそれが自分の望まぬお誘いだとしても、相手の気持ちを受け止めた上で上手にお断りをするのです。
 分かりますか?」

 これだけ言えば、スタニスラスは頭を下げて畏まりましたと、そう言うであろうと思っていたレティシアであるが、今回はそうはいかなかった。レティシアの目をじっと見つめるスタニスラス。
 主家、特に王家に仕える者であれば、主であるレティシアの目をじっと見るというような行為はあまり見られない。普段いくら自分が見つめようが、視線を返してくれないスタニスラスと見つめ合っている。
 その雰囲気に呑まれて頬がぽ~っと熱くなるレティシア。見つめ合うスタニスラスとレティシアを見て、パメラがようやく取り戻した落ち着きを再び投げ出して叫ぶ。

「やはりレティシア様はスタニスラスの事をお想いなのですね!?」

「な!!? 何を突然そのような事を……!!」

 ワー、キャーと取り巻きが騒ぎ立て、さらに顔を赤くするレティシア。
 対して、スタニスラスは未だレティシアを見つめ続け、そしてやっと口を開く。

「姫様、私は国王陛下より姫様をよろしく頼むとのお言葉を賜っております。
 しかし、こちらのご令嬢は侯爵家の庇護下に入るようにと仰いました。
 これはどういった意味でしょうか? 私が姫様のお近くにいる上で、必要な事なのでしょうか」

 ドクンッとレティシアの胸が音を鳴らす。
 庇護下に入る、すなわちパメラはスタニスラスを侯爵家の従者にしようとしている。いや、それはあくまで口実であり、実際はパメラの結婚相手とする為の布石だ。

 スタニスラスが自分から離れて行く……。

 父親は自分をスタニスラスへと与えると言っていた。結婚させる、と。
 将来を約束された2人の仲を引き裂こうとする者がいる。そんな人物がまさかいるとは想像もしておらず、急速に増大した焦燥感がレティシアの残り僅かだった余裕を消し去って衝動的な行動に移させる。

「なりません! あなたは私のモノです!!」

 叫び、スタニスラスを正面から抱き締める。周囲の目などレティシアの意識になく、ただただぐりぐりとスタニスラスの首筋に頭を擦り付ける。
 一瞬遅れて、黄色い歓声と若干の非難の声が上がり、やっとレティシアは自分が何をしているのかに気付く。スタニスラスから一歩離れ、茹で上がった顔を見られまいと両手で隠す。

「レティシア様! 学園は生まれや立場を離れ、皆平等として学ぶ場所でございますわ!
 スタニスラスが誰を選ぶかは、スタニスラスが決める事ではございませんこと!?」

 自分も侯爵家令嬢としての立場を利用してスタニスラスをモノにしようとしていたのを横に置き、パメラが高らかに主張する。今引いてはならぬと、その乙女心が叫んでいるのだ。

「え、ええ、もちろんですとも。あくまでスタニィが決める事よ……」

 顔を両手で覆ったまま、咄嗟にそう答えてしまうレティシア。王侯貴族の娘達に、自らの意思で将来の夫を決めるような裁量はないに等しい。
 しかし、学園内のみであれば自由に恋愛が出来るという学園の理念を都合良く曲解した者達がこの世の春を謳歌しているというのも事実。
 生徒会長という学園内での立場上、自分だけ特別な待遇ではダメだと理性が訴える。でもでも、だって、そう考えている間に、スタニィという愛称が出た事で嫉妬心を強めたパメラから決定的な提案を告げる。

「全ての女生徒がスタニスラスと交際する権利があると思うのです。ですので、王家の威光も貴族家の威光も関係なく、女生徒はスタニスラスへアプローチを掛けていいという事に致しましょう!!」

 その言葉を受け、周辺で様子を窺っていた女生徒達が色めき立つ。主に貴族家の息女達だ。皆親に言い含まれていたのだろう。しかし自分の家よりも権力を持っている家の息女達が牽制し合う中で、なかなかスタニスラスに近付けなかった者達も数多くいる。
 それを受けての侯爵家ご令嬢の提案。自分にもチャンスはある。絶対にモノにしなくてはとそれぞれ力が入る。

 ダメよ! そう叫ぶのは簡単だ。学園であろうとここは王家直属の機関であり、自分は王族の姫君である。スタニスラスを誰にも渡さないと宣言すれば、皆内心は別としても従うだろう。
 しかし、それをしては勝負から逃げているようなもの。スタニスラスが自分に靡かないから権力と立場と血筋で縛り付ける。そう見られるのは王族たる尊厳が許さない。

「望むところよ」

 ポツリと零れたレティシアの呟きが、この国の歴史の転換点だったと誰が気付いただろうか……。
 ちなみにスタニスラスはレティシアから抱き着かれた事で混乱しており、自分を取り合う恋愛競争が始まった事に一切気付いていなかった。


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