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第五章:スタニスラスの生涯
裏02:スタニスラス、王都にて
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スタニスラスが王都に移ってからの生活は、修行と鍛錬と訓練と修練の日々。つまりは毎日武術であったり魔法であったり、何らかの教えを受けながら生活をしていた。
場所は王城近くの兵士の訓練場で、教師役は日々変わるものの、騎士であったり王宮勤めの魔法使いであったりと、一流と呼ばれる者達から学び、育って行った。
両親は親類の家で執事・メイドとして雇い入れられた為に、スタニスラスも住み込みの両親と同じくその家の世話になっている。その親類はファルゾン男爵家であり、父は男爵の弟の末っ子という間柄。名字を持っているのはその為である。
スタニスラスは朝起きてすぐに訓練場へと行く。最初は両親と一緒にファルゾン男爵家の為に水汲みや掃除など出来る事をしようとしたのだが、男爵より直接その必要はないから訓練に集中しなさいとのお言葉を頂いた為、その言葉に従う事にした。
訓練場に着き、思い思いにストレッチなどをしている兵士達に朝の挨拶をする。王城近くという場所柄、王の近衛兵であったり、王都専属守備隊であったり、俗に言うエリート達の集まる訓練場である。
スタニスラスが通い始めた頃はよく見下されたり馬鹿にされたりしたが、もう6年も経つと誰もスタニスラスの事を馬鹿にするような兵士は見られなくなった。新しく配属された兵士達は、真っ先にスタニスラスの存在を先輩や同僚から口酸っぱく注意される。たかが11歳だと思うな、たかが子供と扱うな、と。
スタニスラスも兵士達に混じってストレッチをして身体をほぐす。いつも訓練所の食堂で食事を摂る為に、朝食までの時間はこうして身体をほぐした後、訓練所外周を軽く走るのが日課である。
十分にストレッチで身体が温まった後、そろそろ軽く走るかと思い立ち上がると、散らばってストレッチをしていた兵士達がスタニスラスの周りに集まる。これはいつもの光景だ。
「さて、今日こそスタニィに勝つぞ」
「今日は何周するつもりだ?」
「朝食が食えなくなるくらいの運動は軽くとは言わんのだぞ」
口ぐちにスタニスラスに話し掛ける兵士達。まるで同僚に対して話すような態度。エリートが集まる訓練場、すなわち貴族の子女達が集まる場所である。何とか当主に選ばれるように、当主に選ばれないまでも自身が士爵位を賜れるようにと日々訓練に勤しむ者達。その者達に混じり、同等の扱いを受けている田舎から出て来た少年。
「皆さん、くれぐれも無理のないようにお願いしますよ?」
言葉遣いは教養担当の女性兵士からこれでもかというほどの矯正を受けた為、貴族子女に混じっても何ら違和感がない。しかしその皮肉めいたセリフと表情までは矯正される事なく、生意気な子供そのものであった。
その場で軽く跳ねた後、ビュンと勢いよく走り出す。訓練所恒例、朝のマラソン大会の始まりだ。
スタニスラスは大自然に育てられ、そして本人は未だ気付いていないが風の精霊の加護も受けている。そこらの兵士相手に負ける訳がないのだ。
スタニスラスを先頭にした集団が全速力で訓練場を走るが、足をもつれさせて転倒したり、スタニスラスに周回遅れにされて諦めたりと、だんだんと数が減って行く。そしてマラソン大会の終わりを告げるのは、食堂のおばちゃんがフライパンをおたまで叩く音だ。
「あんた達、出来たわよ~!」 カンカンカン
このフライパンを叩く音、それがファイナルラップの音。スタニスラスがギアを一段上げて加速する。走り出した地点へと戻り、そのままの勢いで食堂へと入って行った。
「頂きます!」
「その前に手を洗いなさいっていつも行ってるでしょうが!」
朝食を摂った後は少しの休憩を挟み、スタニスラス含む兵士達が再び訓練場へと戻って行く。ただ、毎朝スタニスラスのペースに乱されてヘロヘロになる兵士が多い為、剣や魔法の訓練が予定通り進む事はあまりない。しかし、上官達は基礎体力の向上が見込まれる為にスタニスラス達に対して思う所はないようだ。
そして、スタニスラスが特に特別扱いされる理由の1つとして、彼女の存在も挙げられる。
「スタニィ、今日くらい訓練は休みにしてわらわのお茶のお供をしなさい」
現国王の第二王女、レティシア・ドゥ・メルヴィングその人である。スタニスラスの2つ年上、13歳の彼女は末っ子という事からか、スタニスラスの事を大層気に掛けており、日に何度も訓練場へと顔を出してスタニスラスの気を引こうとしている。
「姫様、私は平民の身でありながらこのように過分な訓練を受けさせて頂いております。その私が訓練を休むなど以ての外。お誘いをお受け出来ないご無礼をどうか、お許し下さいませ」
「その言葉は聞き飽きました。今日という今日は絶対に許しません」
いつもであればここらへんで姫付きの侍女が助けに入って来るのだが、今日は侍女も様子を見守るようにニコニコとしているだけ。いつもとは違う、そうスタニスラスが気付いた時。
「スタニスラスよ、今日くらい付き合ってやってくれんか」
訓練場にいた全兵士が一斉にその場に跪く。国王がこの場に姿を現すのは滅多にない事であるが、スタニスラスは何かに付けて国王と会う機会があった為に、すんなりと挨拶をする事が出来た。
「陛下、ご機嫌麗しゅう存じます」
「うむ。して、レティのお茶に付きおうてやってくれんか?」
「は、有難き幸せ」
スタニスラスの返答を受け、ぱぁ~っと笑顔が咲いたレティシアであったが、すぐにその表情を引き締めてスタニスラスへと突っかかる。
「ふん、最初からそう言うておけば父上を煩わせずとも良かったであろうに」
「は、申し訳ございませぬ」
2人のやり取りを苦笑いで眺めつつ、国王がスタニスラスを促す。
「では参るぞ。我もそなたに用がある。付いて参れ」
「お父様もご一緒なさるのですか!?」
不満げな表情を浮かべるレディシアに、父親としては面白くない国王であったが、順調に女性として成長しているのだと自分に言い聞かせるように咳払いをする。
「レティ、そう邪険にするな。心配せずとも用が終わればすぐに2人きりにしてやる」
「な!? いえ、そう言う意味ではございません!」
スタニスラスは父娘の会話を耳にしつつも、どう反応するのが高貴な方々への対応として正解なのか判断が付かない為に、黙って付いて行くしか出来ないのだった。
「さて、スタニスラスよ。そなたももう11歳。じきに学園への入学試験じゃ。学園を卒業した兵士達に混じって訓練を積んでいるそなたが学園へ入学する。その意味があるのはないのかは別として、これも国民の義務である。励むように」
「は、勿体なきお言葉。肝に銘じます」
用意されたお茶菓子には手を付けず、膝の上に両手を置いて国王の言葉に耳を傾けるスタニスラス。日々受けている女性兵士達からの矯正、もとい素養教育の賜物と言える。
「そしてそなたには、国を背負って働いてもらう事になるかも知れん。そなたには勇者としての素質がある」
「な!?」
レティシアが国王の言葉に衝撃を受け、持っていたフォークを取り落としてしまう。そんなレティシアをちらりと見て、国王が話を続ける。
「魔王国との国境付近に暮らしていたスタニスラスを、わざわざ家族纏めて王都まで呼び出したのだ。それだけの価値がスタニスラスにはあるという事。
10ほども歳の離れた兵士達と混ざっても平然と訓練を受けているこやつを見ておればそれくらい気付くであろう」
ある日、魔王国との国境付近で複数のドラゴンが飛び去る姿が確認された。何事かと調査をした王家は、配下のコンスタンタン家よりそこに住んでいる子供が精霊より加護を受けている可能性があると報告を上げた。その結果、スタニスラスは家族で王都へと呼ばれたのである。
「さらに励み、勇者としての素質を磨け。見事勇者として選定を受けた暁には、このレティシアをそなたにやる。
この意味が分かるか?」
「お、お父様ぁ!?」
「…………?」
スタニスラスは幼少期、あまり歳の近い子供と接する機会が少なかったゆえに、人の機微という物が理解し難いまま育ってしまった。その為、レティシアをやる、という意味がよく分からない。しかし、はっきりと分かりませんと国王相手に言ってはいけないだろうという中途半端な社交術は得ている。
結果、無言で国王が詳しく説明してくれるのを待つ、という事しか出来なかった。
「分からんか、まぁ仕方ない。スタニスラスよ、我が娘と仲良くしてやってくれ」
それだけ言って、国王は席を立ってしまった。
残されたのは、やっとお茶に付き合ってもらえたというのに、顔は真っ赤で頭は真っ白のレティシアと、結局何を言われたのか分からないままのスタニスラス。
無言のままお茶会は終わったのだった。
場所は王城近くの兵士の訓練場で、教師役は日々変わるものの、騎士であったり王宮勤めの魔法使いであったりと、一流と呼ばれる者達から学び、育って行った。
両親は親類の家で執事・メイドとして雇い入れられた為に、スタニスラスも住み込みの両親と同じくその家の世話になっている。その親類はファルゾン男爵家であり、父は男爵の弟の末っ子という間柄。名字を持っているのはその為である。
スタニスラスは朝起きてすぐに訓練場へと行く。最初は両親と一緒にファルゾン男爵家の為に水汲みや掃除など出来る事をしようとしたのだが、男爵より直接その必要はないから訓練に集中しなさいとのお言葉を頂いた為、その言葉に従う事にした。
訓練場に着き、思い思いにストレッチなどをしている兵士達に朝の挨拶をする。王城近くという場所柄、王の近衛兵であったり、王都専属守備隊であったり、俗に言うエリート達の集まる訓練場である。
スタニスラスが通い始めた頃はよく見下されたり馬鹿にされたりしたが、もう6年も経つと誰もスタニスラスの事を馬鹿にするような兵士は見られなくなった。新しく配属された兵士達は、真っ先にスタニスラスの存在を先輩や同僚から口酸っぱく注意される。たかが11歳だと思うな、たかが子供と扱うな、と。
スタニスラスも兵士達に混じってストレッチをして身体をほぐす。いつも訓練所の食堂で食事を摂る為に、朝食までの時間はこうして身体をほぐした後、訓練所外周を軽く走るのが日課である。
十分にストレッチで身体が温まった後、そろそろ軽く走るかと思い立ち上がると、散らばってストレッチをしていた兵士達がスタニスラスの周りに集まる。これはいつもの光景だ。
「さて、今日こそスタニィに勝つぞ」
「今日は何周するつもりだ?」
「朝食が食えなくなるくらいの運動は軽くとは言わんのだぞ」
口ぐちにスタニスラスに話し掛ける兵士達。まるで同僚に対して話すような態度。エリートが集まる訓練場、すなわち貴族の子女達が集まる場所である。何とか当主に選ばれるように、当主に選ばれないまでも自身が士爵位を賜れるようにと日々訓練に勤しむ者達。その者達に混じり、同等の扱いを受けている田舎から出て来た少年。
「皆さん、くれぐれも無理のないようにお願いしますよ?」
言葉遣いは教養担当の女性兵士からこれでもかというほどの矯正を受けた為、貴族子女に混じっても何ら違和感がない。しかしその皮肉めいたセリフと表情までは矯正される事なく、生意気な子供そのものであった。
その場で軽く跳ねた後、ビュンと勢いよく走り出す。訓練所恒例、朝のマラソン大会の始まりだ。
スタニスラスは大自然に育てられ、そして本人は未だ気付いていないが風の精霊の加護も受けている。そこらの兵士相手に負ける訳がないのだ。
スタニスラスを先頭にした集団が全速力で訓練場を走るが、足をもつれさせて転倒したり、スタニスラスに周回遅れにされて諦めたりと、だんだんと数が減って行く。そしてマラソン大会の終わりを告げるのは、食堂のおばちゃんがフライパンをおたまで叩く音だ。
「あんた達、出来たわよ~!」 カンカンカン
このフライパンを叩く音、それがファイナルラップの音。スタニスラスがギアを一段上げて加速する。走り出した地点へと戻り、そのままの勢いで食堂へと入って行った。
「頂きます!」
「その前に手を洗いなさいっていつも行ってるでしょうが!」
朝食を摂った後は少しの休憩を挟み、スタニスラス含む兵士達が再び訓練場へと戻って行く。ただ、毎朝スタニスラスのペースに乱されてヘロヘロになる兵士が多い為、剣や魔法の訓練が予定通り進む事はあまりない。しかし、上官達は基礎体力の向上が見込まれる為にスタニスラス達に対して思う所はないようだ。
そして、スタニスラスが特に特別扱いされる理由の1つとして、彼女の存在も挙げられる。
「スタニィ、今日くらい訓練は休みにしてわらわのお茶のお供をしなさい」
現国王の第二王女、レティシア・ドゥ・メルヴィングその人である。スタニスラスの2つ年上、13歳の彼女は末っ子という事からか、スタニスラスの事を大層気に掛けており、日に何度も訓練場へと顔を出してスタニスラスの気を引こうとしている。
「姫様、私は平民の身でありながらこのように過分な訓練を受けさせて頂いております。その私が訓練を休むなど以ての外。お誘いをお受け出来ないご無礼をどうか、お許し下さいませ」
「その言葉は聞き飽きました。今日という今日は絶対に許しません」
いつもであればここらへんで姫付きの侍女が助けに入って来るのだが、今日は侍女も様子を見守るようにニコニコとしているだけ。いつもとは違う、そうスタニスラスが気付いた時。
「スタニスラスよ、今日くらい付き合ってやってくれんか」
訓練場にいた全兵士が一斉にその場に跪く。国王がこの場に姿を現すのは滅多にない事であるが、スタニスラスは何かに付けて国王と会う機会があった為に、すんなりと挨拶をする事が出来た。
「陛下、ご機嫌麗しゅう存じます」
「うむ。して、レティのお茶に付きおうてやってくれんか?」
「は、有難き幸せ」
スタニスラスの返答を受け、ぱぁ~っと笑顔が咲いたレティシアであったが、すぐにその表情を引き締めてスタニスラスへと突っかかる。
「ふん、最初からそう言うておけば父上を煩わせずとも良かったであろうに」
「は、申し訳ございませぬ」
2人のやり取りを苦笑いで眺めつつ、国王がスタニスラスを促す。
「では参るぞ。我もそなたに用がある。付いて参れ」
「お父様もご一緒なさるのですか!?」
不満げな表情を浮かべるレディシアに、父親としては面白くない国王であったが、順調に女性として成長しているのだと自分に言い聞かせるように咳払いをする。
「レティ、そう邪険にするな。心配せずとも用が終わればすぐに2人きりにしてやる」
「な!? いえ、そう言う意味ではございません!」
スタニスラスは父娘の会話を耳にしつつも、どう反応するのが高貴な方々への対応として正解なのか判断が付かない為に、黙って付いて行くしか出来ないのだった。
「さて、スタニスラスよ。そなたももう11歳。じきに学園への入学試験じゃ。学園を卒業した兵士達に混じって訓練を積んでいるそなたが学園へ入学する。その意味があるのはないのかは別として、これも国民の義務である。励むように」
「は、勿体なきお言葉。肝に銘じます」
用意されたお茶菓子には手を付けず、膝の上に両手を置いて国王の言葉に耳を傾けるスタニスラス。日々受けている女性兵士達からの矯正、もとい素養教育の賜物と言える。
「そしてそなたには、国を背負って働いてもらう事になるかも知れん。そなたには勇者としての素質がある」
「な!?」
レティシアが国王の言葉に衝撃を受け、持っていたフォークを取り落としてしまう。そんなレティシアをちらりと見て、国王が話を続ける。
「魔王国との国境付近に暮らしていたスタニスラスを、わざわざ家族纏めて王都まで呼び出したのだ。それだけの価値がスタニスラスにはあるという事。
10ほども歳の離れた兵士達と混ざっても平然と訓練を受けているこやつを見ておればそれくらい気付くであろう」
ある日、魔王国との国境付近で複数のドラゴンが飛び去る姿が確認された。何事かと調査をした王家は、配下のコンスタンタン家よりそこに住んでいる子供が精霊より加護を受けている可能性があると報告を上げた。その結果、スタニスラスは家族で王都へと呼ばれたのである。
「さらに励み、勇者としての素質を磨け。見事勇者として選定を受けた暁には、このレティシアをそなたにやる。
この意味が分かるか?」
「お、お父様ぁ!?」
「…………?」
スタニスラスは幼少期、あまり歳の近い子供と接する機会が少なかったゆえに、人の機微という物が理解し難いまま育ってしまった。その為、レティシアをやる、という意味がよく分からない。しかし、はっきりと分かりませんと国王相手に言ってはいけないだろうという中途半端な社交術は得ている。
結果、無言で国王が詳しく説明してくれるのを待つ、という事しか出来なかった。
「分からんか、まぁ仕方ない。スタニスラスよ、我が娘と仲良くしてやってくれ」
それだけ言って、国王は席を立ってしまった。
残されたのは、やっとお茶に付き合ってもらえたというのに、顔は真っ赤で頭は真っ白のレティシアと、結局何を言われたのか分からないままのスタニスラス。
無言のままお茶会は終わったのだった。
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