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第四章:勇者選定

36:運命(シナリオ)なんて関係ない!

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 学園長室でバタバタとしているのを気にしてか、おじいちゃんの近衛兵がノックをして申し訳なさそうに入室して来た。

「陛下、先ほど魔族からの襲撃があったところでございます故、あまりこの場に留まり続けるのは如何いかがかと存じます……」

 チラチラとコッチを見ないで! 僕が勇者として選ばれたのが聞こえたから? それとも今現在女の子達に抱き着かれて揉みくちゃにされてるから!?

「そうじゃの、ぼちぼち公爵城へと戻るとするかの」

 おじいちゃんの言葉を聞いてか、出て来た時と同じようにポンッ! とロンの姿が消え、同じく精霊シスターズも不可視モードになった。
 僕は両手をアンヌとアンジェルに取られた状態で、公爵城へと帰るのだった。
 あ、マクシムまた明日。


 公爵城へと帰ったはいいが、夕食までまだ時間がある。学園長室でのやり取りがあり自分でも忘れがちだったけど、今日は魔族をバッタバッタと切っては捨てしていたので少なからず返り血を浴びている。とにかく風呂へ入らせてくれとみんなに懇願し、ようやく一人になる事が出来た。

「私が背中をお流し致します」

「え!? え~っと、わ、ワタクシもお流し致しますわよ!」

「ボクも一緒に入ろうかな~」

「一人にならせて下さい……」

 風呂に入る直前まで僕の精神を疲労させる一幕もあり、手足を投げ出してだら~んと湯舟に浸かる。はぁ、いい湯だ。このまま溶けてしまいそう……。

 溶ろけてばかりはいられない。自分の身に起こっている事を整理しないと。



ブクブクアンヌがボガボガ僕の事を、ブハッ! ゲホッゲホッゲホッ好きだって!!!?

 はぁ、はぁ、はぁ……、何て事だ。僕はアンヌを物語の登場人物としてしか見れてなかったんだ。
 こんなに近くにいて、毎日一緒に過ごして、あんなに慕ってくれていて、側仕えから兄になるというタイミングで反対した。その意味を全く理解していなかった。
 僕は自分の思い通りの運命ストーリーに進めようとしていた。アンヌに悲惨な最期を迎えてほしくないからと僕が本来のリュドヴィックとはかけ離れた行動を取っている為に、アンヌのみならず周りの人間の運命を大幅に変えて行ってしまっている。
 僕の母上となったマリー様は今のところ死の運命を2回も回避しているし、そのお陰でアンヌの心の平穏が保たれている。しかしその一方で、マクシムは何故か勇者の条件である精霊の加護を得られていない。
 これらのプラスとマイナスの状況は、僕がケイオスワールドのリュドヴィックという脇役に転生した為と考えるのが妥当だと思う。思うけれど、僕の行動とは全く関係なく動いている人物もいる。
 アンジェルは、ケイオスワールドのシナリオの裏でも、リュドヴィックが生まれたノマール家でメイドとして働いていたのだろうか。いや、今それを考えても仕方がないか。
 アンジェルという一国の姫君を婚約者として迎え入れ、そして悪役令嬢というキャラとして見ていたアンヌまでいずれは婚約者として迎え入れるかも知れないという僕の状況は、一体誰が作ったものなのだろうか……。
 誰が作ったものでもないというのならば、これは最早、ゲームのシナリオなんて関係ない、ただの僕の人生じゃないか…………。

 僕の人生、前世ではほとんど家でも病院でもベッドの上で、友達と遊ぶなんて事もなくいつの間にか終わっていた人生。小説を読み、マンガを読み、アニメを見て、ゲームをプレイする。物語を楽しむのが唯一の趣味だった。
 あ、だからか。ゲームでプレイした事のある世界へと転生したからこそ、そのシナリオにこだわっていたのかも知れない。マクシムが主役のこの世界で、脇役のままでいようと思い込んでいたんだ。

 そうだ、これは僕の人生なんだ。この世界に悪役令嬢アンヌはいない! 勇者マクシムもいなかった。
 可愛い僕の妹、これから婚約者として共に同じ道を歩んで行く女性。目の前のアンヌをしっかりと見よう。そしてアンヌの気持ちを受け止めよう。
 万が一周りが反対しても、今世の両親のように駆け落ちロミジュリすればいいじゃないか! アンジェルだって付いて来てくれるだろう。何ならハーパニエミ神国のカイエンさんを頼ればいい。何故か僕の事を王である自分よりも上位の存在だと捉えておられるみたいだけど、この際それをも利用して自分の人生を優先させよう。

 勇者として選ばれた? 望むところだ。魔王だろうが大魔王だろうが、愛する人達の為に世界を救おう。
 王家に連なる者? ちょっと不安ではあるけれど、気品と教養を学園で身に着け、臣民を導く為政者になろうじゃないか。
 勇者の血筋を残さなければならない? え、いいんですか? ハーレム作っちゃっていいんですか? ちょっと婚約者達と相談させて下さい……。
 

 僕はアンヌの事が、大好きだ。


 浴場から自室へと戻ると、僕の部屋でアンヌ、アンジェル、キトリーの3人がお茶をしていた。ちょうどいい、ぶちかましてやろう。

「あらリュー様、遅かったですわ、ね……!?」

 ソファーに腰掛けるアンヌの隣に座り、その小さな身体を抱き締めた。

「アンヌ、僕は今まで側仕えだから、兄だからとアンヌの気持ちから目を逸らしていた。アンヌの僕への呼び方が戻って、ようやく真っ直ぐとアンヌの気持ちを受け止める事が出来たよ。
 アンヌ、僕は君が好きだ。これからもずっと、一緒にいてくれるか……?」

 抱き締めている為にどんな表情なのかは分からない。分かるのは、その小さな身体が震えている事。そして、僕の頬に触れる涙。

「あ、あたりまえですわ。ワタクシはこれまでも、これからも、ずっとリューさまのおそばをはなれませんわ……」

「ありがとう。よろしくね、アンヌ」

 そっと身体を離し、触れるか触れないかのキスをする。アンヌの唇は鼓動が伝わるかのように熱く、燃えるような熱を持っていた。

「ちょっと~、婚約者と愛人候補の前で見せつけてくれるね、勇者様」

「私は構いません。お2人とも幼い頃から存じ上げておりますから、いずれこうなる事は分かっておりました」

「だってさ、良かったね勇者様」

 キトリー、ちょっかいを掛けてくれるな。僕はまだ結婚すらしてないのに愛人って何だ。そしてアンジェル、ありがとう。


 夕食の場。僕は国王陛下と選定三侯筆頭、アンヌのご両親である公爵夫妻、そして実の両親と兄弟の前で自分の思いの丈をぶつけた。

「僕が勇者として選定された事、自分に課せられた天命として受け止め、その使命を全うすべく精進したいと思います。
 そして、僕はアンヌとアンジェルを妻として迎え入れ、暖かい家庭を築きたいと思っております。どうか、皆様のご理解と祝福を頂きたいと思っております」

「あれ、ボクの事は?」

「うむ。勇者としての使命を果たさんとするその心意気、しかと受け取った。国を挙げてそなたを支援しよう。
 しかしな、リューよ。アンヌを妻に娶る話については、いささか性急じゃな」

「おじいちゃん!?」

「おい、俺達の弟が勇者だとよ」

「止めろよ兄貴、うすうす分かってた事だろ……?」

「あなた、私こんな時どんな顔をすればいいか分からないわ」

「腹を痛めて産んだ子が勇者だったんだ、笑えばいいと思うぞ」

「息子と娘が結婚するですって、どうしたらいいのかしら……」

「それについては兄貴、いや王太子殿下を交えて話をするしかないだろうな」

 みんなが口々に話し出し、場が混乱する。
 想定していなかった状況にアンヌは叫び、僕は何とか今の状況を把握しようとみんなを見回し、アンジェルはキトリーをなだめている。
 結局混乱が収まらぬまま食事は終わり、今日のところはこのへんで、という酷い棚上げ状態で解散となってしまった。
 混乱の夕食を含め、今日1日で分かった事を纏めると次のような内容になる。

 シャルパンティエ侯爵ことお爺様が勇者選定の儀を取り仕切る選定三侯の筆頭であるという裏設定が発覚。

 勇者選定で用いられる宝具一式は、遥か昔に光の精霊、大地の精霊、風の精霊が作成したものだという裏設定が発覚。

 勇者選定の儀は実は単なる儀式に過ぎず、コンスタンタン家が行っている諜報活動で精霊から加護を受けているであろう人物を探し出し、選定の巫女が代々加護を受けているというえにしの精霊の力で見極めるのが本来の勇者選定であるという裏設定が発覚。
 ちなみに勇者選定を儀式化する理由としては、魔王国への抑止の為、そして王家の威光を示す為というおまけの裏設定付き。

 僕は国王陛下、選定三侯筆頭、選定の巫女の3名の立ち会い及び合意の元、勇者として選定された。
 ちなみにマクシムは精霊の加護を全く受けていなかった。

 勇者として選ばれたものの、僕が学園を卒業するまでこの事実は公表されない。学園に正式に入学する前に勇者として選定されたとなれば、国中の学園の存在意義が問われるからという理由の為である。しかし僕は秘密裏に勇者としての活動をしなければならない。
 僕が学園を卒業した後に、改めて儀式としての勇者選定の儀をする運びとなる。

 勇者が選ばれたのでアンヌはその勇者と婚約を交わす流れになるのだが、僕が勇者であるという事実が公表されない為、もちろんアンヌとの婚約も延期。
 ちなみに、勇者として選ばれた僕は元々王家に連なる者である為に、アンヌと婚約する必要があるのかと口にしたおじいちゃんが、アンヌに泣き叫ばれてオロオロしていた。

 そして学園に入学するまでの期間に、度重なる魔王国からの侵攻に対する報復を行う事が決定された、と。まぁそれは言われてみれば当然の事であり、前回襲撃を受けた際はその後のファフニール王訪問でバタバタしていたから魔族に対して報復するなんて事は頭になかったんだよな。
 いや違うな、報復が必要だという考えが全くなかった。平和な国で育った元日本人だからかね?

 何にしても、魔王国に対してこちらから襲撃を掛けるぞ、という僕の勇者としての初めてのお仕事が決まった訳である。


「で、ボクの側仕えの話はどうなるの?」

「キトリー、勇者の血を受け継ぐ人物なら僕以外にもいるんだけど。しかも婿養子可能だと思うよ?」

「うちの家は当主が女って決まってるからね、婿養子はいらないんだ。それに、勇者の血を受け継ぐ者よりも勇者本人の方がいいに決まってるじゃないか」

「でもキトリーは次期当主って決まってるんだろ? 側仕えなんかになったら当主になれないんじゃないの?」

「うちの家は言わば裏王家みたいなもんだからね。王家が陽でコンスタンタン家は陰なんだ。そこらへんは大目に見てよ。リューちゃんはただ僕に手を出すだけでいいんだ」

「でもさ、もし生まれた子が男の子だったらどうするんだ?」

「うちの家系の男子は諜報要員になるんだよ。そして、女の子が生まれるまでボクと君の愛の営みを続けるのさ」

「でもさ……」

「でもでもばっかりだね、君は。……、ボクでは不満かい?」

 僕はアンヌとアンジェルを見て、そしてキトリーに答える。

「うちの妻達に相談しないと決められないよ」

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