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第四章:勇者選定

30:変わる関係、変わらない関係

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 僕は前世の記憶を持っていて、この世界をケイオスワールドというゲームで何度もプレイしている。この先の運命シナリオを知っている。
 どのようにマクシムが勇者として選ばれて、どんなパーティーメンバーと旅立って、どのように魔王を倒すのか。全て物語として把握している。
 把握しているつもりだけど、僕という転生者イレギュラーが運命に介入したせいで、今後のストーリー展開が変わる可能性もある。
 本来であれば魔族による学園都市襲撃でアンヌの母親であるマリー様が亡くなっているはずだった。そして、その事が原因としてアンヌは少しずつ心に闇を抱えるようになって行ったのだと思う。ゲームの中で詳しく語られる事はなかったけれど、多分そうなんだろう。
 そして今回、学園都市襲撃は僕とアンジェルが未然に防いだ。マリー様が亡くなるという出来事イベントは回避された。
 しかし、運命に強制力があったとしたら……。別なイベントが発生して、マリー様を亡き者にしようという見えない力が働く可能性がある。万が一マリー様がシナリオによって殺されてしまう事になったとしたら、それは僕にも適用されるかも知れない。

 リュドヴィック・ノマールはマクシム率いる勇者パーティーが魔王討伐へと向かう前に編成された討伐軍で、討ち死にするシナリオだった。僕は学園を卒業した後すぐに死ぬ運命なのだ。
 でも今現在の僕はリュドヴィック・ノマールではなく、そしてリュドヴィック・ドゥ・ノマールでもなく、リュドヴィック・ドゥ・トルアゲデスだ。名前が変わっただけでシナリオの強制力から逃げられるかどうかは分からない。けれど、もしシナリオに強制力があるのであれば、僕の名前が変わる事も、次期公爵として指名される事もなかったはずだ。

 ゲーム開始時点のリュドヴィック・ノマールが持つ裏設定として、ファフニールの王女と主従契約を、光と大地の大精霊と同位間契約を結んでいた可能性はある。けれど、名前なんてものは裏設定でも何でもなく、普通に初期設定の範疇のはずで、その名前が変わっている時点でシナリオに強制力なんてものはないと言えるんじゃないだろうかと、僕は淡い期待を持っている。
 ただ、ゲーム開始時点である学園入学、つまり今から半年以内に何かがあり、リュドヴィック・ドゥ・トルアゲデスがリュドヴィック・ノマールに戻る可能性が……、ないよな。普通はないよ。貴族社会のこの国においてそんな事があるとは思えない。
 名前が変わっただけで僕が死ぬシナリオが変更されるかどうかは、その時を迎えてみないと分からない。マリー様だってある日突然シナリオの強制力で、心臓発作が起きて倒れてしまう事だってあるかも知れないんだから……。
 そう思って、ここ最近はマリー様から目が離せないでいる。

「リュドヴィック、いきなり私が母親になったから接し方が分からないのかしら?」

 一日中付いて回っていた為か、マリー様に僕がマリー様との距離感が分からず戸惑っているのだと勘違いさせてしまった。

「母親だと言っても、あなたを生んだのはジュリエッタであるという事実は変わらないわ。そしてジュリエッタがあなたの母親でなくなった訳でもないの。ジュリエッタの事は、今まで通りお母様と呼んであげてね?
 私の事はマリー様ではおかしいから、ママって呼んでくれればいいわ」

「それもどうかと思いますので、母上と呼ばせて頂きます」

「そう? そんなに改まらなくてもいいのよ?」

 喜んで母上と呼ばせて頂きます。

 こんなやり取りをしつつも、母上も僕もシナリオの強制力によって殺されてしまうかも知れない。ある日突然何かが起こる可能性がある。
 そんな僕なのにも関わらず、婚約者を持ってしまった訳だ。

 11歳にして婚約者が出来てしまった。前世の感覚からしても当然早いという印象だが、この国の貴族子女としても若干早い方みたいだ。
 相手が一種族の、というよりも一国の王女と捉えても差し支えないものだから、学園都市のみならずメルヴィング王国全体で噂になっているとか何とか。
 僕としては生まれた頃から世話になっている相手が突然婚約者となった訳で、戸惑いでいっぱいだ。

「リュー様、私に対する接し方をお変えになる必要はございません。私も今まで通り、リュー様のお世話をさせて頂きますので」

 アンジェルはそう言うが、そういう訳にもいかないんじゃないだろうか。対外的にもアンジェルはドラゴンであるという事がバレてしまった。そしてそのドラゴンが王女であり、僕の婚約者なのだ。

 婚約者への接し方というものが、僕には分からない。今まで通りでいいと言われてもなぁ。婚約者に身の回りの事をしてもらうなんて、男としてどうなんだろうか。
 いや、僕達的には今まで通りの関係とは言え、外聞が悪いんじゃないだろうか。

「アンジェルさん王女様だったんスね! しかもドラゴン!? マジやべぇっス!!」

 マクシム、お前は黙ってろ。

 婚約者ってどうやって接すればいいんだろうか。恋人のように? 家族のように?
 元々アンジェルは僕の家族も同然だ。何か命令して世話をさせる訳ではなく、むしろ何かをお願いする前に先回りしてやってくれるような感じだったから、メイドというよりもおかあs

「リュー様……?」

 お姉さん的な、感じだよねウン。こんなに可愛いお姉さん的存在が婚約者なんて、僕は幸せだなぁ。


 婚約者に対しては全てを話すべきなのだろうか。いや、話して信じてくれるかどうかが不安なんじゃなくて、話してしまった後の僕自身の心境の変化がないと言い切る自信がないというか。
 少なくとも、僕が17歳頃に死んでしまう可能性があると、そうやんわりと伝えるべきだろうか。いや、じゃあ何でそんな事を知っているのかと聞かれるだろう。そうなると説明が出来ない。

 実は僕は、転生者なんだ!
 しかもこの世界は前世でプレイしたゲーム、ケイオスワールドの世界なんだ!!

 こんな話、誰が信じるだろうか。お前は物語の中の登場人物なんだ、なんて言われて納得する人がいるとは思えない。馬鹿にしているのかと怒られるだろう。

「お兄様、最近行動が不審ですわよ。次期当主なのですからもっとどっしりと構えて頂きたいものですわ」

 アンヌにツッコまれた。兄とは認めない発言から一転、次期当主としてしっかりしろとのツッコミ。どんな心境の変化があったのやら。

 僕はアンヌの側仕えから一転、公爵家の嫡男となり逆に側仕えが必要な立場になってしまった。そこで僕の側仕えの候補に挙がったのがベル兄で、アンヌの側仕え候補はアル兄である。
 自分の実の兄が側仕えなど、周りが何と言おうと嫌だ。どうやって断ろうかと思っていると、当の兄2人から「この2人に側仕えって必要ですか? 僕達よりも強いんですよ?」の一言により、側仕えは不要という事で落ち着いた。
 最近のアンヌは本当に魔力の基礎訓練から体術まで全般的に頑張っていて、兄達が言う通り2人よりも強くなっている。


「もうすぐ学園入学にあたっての入学試験があるのでしょう? アルフレッド様とベルナール様は首席だというお話ですから、当然お兄様も首席で入学されて、新入生代表としてご挨拶されるのでしょうね。
 今から楽しみにしておりますわ」

 新入生代表、ねぇ。ゲームでは誰が代表で挨拶したのか明確になっていない。だから僕が代表で挨拶したとしても、シナリオ上の大きな変更点とは言えないだろう。試験の内容も分からないけれど、多分魔力量を図る魔道具か何かが用意されるんじゃないだろうか。適当に力を抜いて受けてみようかな。上手く行けばマクシムが首席になるかも。

「アンヌ、すでにリュドヴィックが新入生代表として挨拶する事が決まっている。私も楽しみだよ」

 はっ!? 決まってるってどういう事!!?

「父上、私はまだ試験を受けてないのですが……」

 シル伯父様、改め父上に詰め寄る。父上は何を勘違いしたのか、手を広げて待ち構えていたが、僕もアンヌもその胸に飛び込む事はなかった。
 少しだけムッとした表情になった父上から、詳しい説明を受ける。

「あのなリュドヴィック、街のみんなはお前が空に向かって光の大砲レーザーキャノンを放った事を知っているんだぞ? そんな魔法の使い手に、改めて試験を受けろだなんて言うと思うか?
 この国にお前よりも魔力保有量が多い子供がいると言うのなら、連れて来てほしいものだ」

 あ、そういう事ですか……。

「魔族の動きが活発になって来ているという報告が入っている。我が国としてもその動きを捉えた以上、じっとしている訳にはいかん。勇者選定の儀を行うべきか、陛下が検討されているそうだ。
 もし勇者選定の儀が行われれば、スタニスラス様の時以来となるから300年ぶりとなる。長く続いた平和な日々が終わるかも知れん。学園の生徒達には国の為に多くの事を学んでもらわねばならんな」

 父上の言葉を受けて、アンヌが確認するように問い掛ける。

「お父様、ワタクシは勇者として選ばれたお方と結婚する事が決まっているのですわね?」

「あぁ、誰になるかも分からん相手と結婚しろと言われれば戸惑うだろうが、これも王家に連なる者の運命だ。
 すまぬが、分かってくれ」

 父上がアンヌの肩にそっと手を置く。アンヌはその手に自分の手を重ねて頷く。

「それが定めなのでしたら、ワタクシは受け入れますわ。例えそれが、誰であったとしても」

 そう言って僕の方を振り返り、アンヌがニコリと笑った。

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