お坊ちゃまはシャウトしたい ～歌声に魔力を乗せて無双する～

お坊ちゃま、三千人の肉食系女子の目の前に晒される

　小休憩していたなだらかな坂を下り、目的地へと到着した。
　事前の打ち合わせで、先の戦と同じように俺が櫓へ登り名乗りを上げる事になった。
　姉上は俺の陣列の後方で待機してもらう。
　これは父上から姉上へ出された指示だ。
　俺がエテピシェ伯爵家の馬鹿息子に立ち向かうと覚悟を決めた以上、最前線は次期当主ではなくアルティスラであるべきだとの事だ。
　もちろん旗色が悪くなればすぐさま前線へ上がり、俺を守ってくれるだろうと思うけど。
　そんな展開にはならないだろう。

　こちらの陣形が全て整った後、悠々とした行軍速度でユニオーヌの軍勢が姿を現す。
　武官の見立てによると、規模的にはうちよりも小さく三千人程度の軍勢。
　エテピシェ伯爵家・ヴォワザン子爵家・その他伯爵家の息が掛かった領主より派兵された寄せ集めの集団だ。
　すでに陣形を組み、待ち構えている俺達を前にしてもゆるゆるとしており、殺気や覇気などの感情が伝わって来ない。
　様々な感情が混ざり合っている。
　侮辱、安心、傲慢、欲情。
　
　……欲情！？
　この感情はどういう意味だ、誰に向けて放たれている感情だ？

「お坊ちゃま、もしも敗戦が濃厚であると私が判断致しましたら速やかに戦線を離脱、アヴェルス様に指揮を委譲して頂きます」

「なぁポーシェ、この鬱陶しく絡み付くような感情は何だと思う？」

　そう尋ねながら、周りの兵の様子を窺う。
　俺はこの世界の魔法に対して、圧倒的な耐性がある。
　その俺が不快感を覚えるほどの魔力。
　すでに少なからず影響を受けている者がいるはずだ。
　周りを見渡して確認する。
　武官だけでなく一般兵達も特に反応を示していないが、打楽器隊の男性兵士達が表情を引き攣らせているようだ。
　自らの身体を抱き締め震えている者まで見られる。
　この魔法の対象者は、男……？

「お坊ちゃまが仰るような感情を私は知覚出来ません。
　恐らく、特定の者にのみ向けられている感情かと」

　それはつまり、敵兵である女性達から俺達男へ向けられた欲望という事か……？
　打ち負かした後は褒美として俺達を好きにして良いと、敵方はそう兵達を焚き付けている可能性に思い当たる。
　一人二人ならいざ知らず、三千人は到底相手に出来る人数じゃないぞ。
　あれか、早い者勝ちか。
　自分の獲物を狩ったらすぐに味見するつもりか、この青空の下で。
　
　俺、貞操の危機。

「お坊ちゃま、打楽器隊へお声を掛けた方がよろしいのでは」

　そうだった、またバカな事を考えていた。
　ヤられなければ、何という事はない。