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お坊ちゃまと敵指揮官

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 本来このような戦の最前線に立つ事のない男達。
 震えて当然。
 怯えて当然。
 しかしその恐怖を抑えて、俺と共に戦おうとしてくれている。
 その覚悟に俺は、応えなければならない。
 すっと右手を挙げ、そして勢い良く下げる。

タンタン♪ ダンダン! ダンダカダカダカダンダン!!
タンタン♪ ダンダン! ダンダカダカダカダンダン!!

 スネアドラム風の太鼓のリズムに合わせて打楽器隊が行進、その後ろを俺の乗った櫓が進む。
 さらに追従するように辺境伯軍の陣列も前進する。
 向こうの櫓の上、敵将の表情が見える位置まで近付く。
 ポカンとした表情でこちらを眺めているのが分かる。
 打楽器隊に驚いているのか、それともこちらの総大将が男だからか。

ダララララララララ全体~、ダンッ止まれ!! タンイチタン

 上手く決まった。太鼓を叩きながら行進し、太鼓の音に合わせて足を止めるだけの動作、この訓練にかなりの時間を要した。
 今この場で訓練の成果を見せる事が出来て、感無量である。

「若様、口上を」

「おっと……」

 一人で感極まってしまった。
 いかんいかん、俺の感情が漏れた影響で打楽器隊が頷き合って嬉し涙を流してしまっている。
 向こうの指揮官からすれば奇妙な光景だろう。
 ほら、こちらを指差して笑っている。

「やいシュライエンの軟弱息子!
 こんなところまで出て来て何をしに来た? お散歩か?
 可愛い可愛い箱入りのお坊ちゃまが出しゃばって来るようなところじゃないのよ!!」

 表情はよく見えないが、向こうの指揮官が怒鳴っている。
 その感情を乗せた魔法がこちらまで届いているが、さして脅威ではない。

 滅多に男が前線に立つ事がないとはいえ、さすがに向こうも俺がシュライエン家の人間であると察しが付いているようだ。
 ちなみに俺は普段、全寮制の王立学院に通っているので箱入りという言葉は正しくない。
 ちゃんとお外に出ているし、同性・異性問わず友達も多い。
 遠目でよくは見えないが、整った顔の茶髪の女性。
 五百人規模の軍勢を率いている事から、貴族家の人間だろう。
 貴族家の娘、ご令嬢である。
 しかしこの世界では深窓の令嬢や、儚くか弱いお姫様なんてものはごくごく少数派だ。
 多数派なのは、向こうの櫓で俺に向かって指を差し唾を飛ばしているあのような女性だ。
 戦えないお嬢様など、何の価値もない世界なのだ。

「どうした、そこに立っているだけで精一杯なのではないか?
 今ならヴェーニィである私のつま先をしゃぶるだけで許してやらんでもないぞ!」

 ヴェーニィ、第二級魔法使いか。
 本格的な侵攻ではない小規模な部隊であれば十分な使い手ではある。
 こちらが黙っているのをいい事に、ペチャラポチャラと喚いている。
 つま先をしゃぶる、ねぇ。
 人にとっては極上のご褒美になるだろうけれど、あいにく俺にそんな趣味はない。

「辺境伯軍も人材不足のようね、こんな可愛らしいお坊ちゃまを矢面に立たせるだなんて。
 この子をあげるから帰っておくれとでも言う気かい?
 後ろに並んでる兵達も恥ずかしくないのかい!
 男なんかに受け止められるほど、私の魔法はやわじゃないのよ!!」

 そうか?
 さっきからこちらへ向けられている魔法、痛くも痒くもないんだが。
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