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第十三章:三ノ宮伊吹

マチルダ・ローマックス

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「なぁ、うちの脇の臭い嗅いでくれへん?」

「……はぁ?」

 伊吹が事務所で寛いでいると、マチルダがやって来て一言目に発した言葉がこれだった。

 マチルダは恥ずかしそうにしており、伊吹との距離がいつもより遠い。
 事務所に入って、伊吹を見つけるとすぐに抱き着いて来るマチルダにしては珍しい。
 ちなみに今日のマチルダの格好は水色のワンピース姿だ。

「何かあった?」

「その……、今うちにイリヤが泊まってるやろ?
 ちょーっと体臭が気になってさ。ほら、うちって心は大和撫子やけど身体はバリバリアメリカンやん?」

「あー」

 伊吹とマチルダの会話を聞いて、美哉みや橘香きっかが首を傾げている。
 家を意味する『うち』と一人称としての『うち』が混在している為、混乱しているのだ。

「ほら、ママとうちは同系統の白人やんか。せやし体臭も一緒やから、うちではママの体臭が分からん可能性あるし、逆も一緒やろ?」

 マチルダとその母親メアリーの親子とイリヤでは、同じ白人でも顔つきが違うので、北米大陸へ渡った先祖の出身地が違うと思われる。

「せやしイブイブに確認してもらいたいねん。将来の妻の腋が臭かったら嫌やろ?
 もし臭かったら手術でも何でも受けるから!」

 前世日本人であるマチルダにとっては大問題のようで、伊吹にも本当に悩んでいるのが伝わって来る。

「美哉か橘香、どっちか確認してあげてもらっても良い?」

 伊吹が頼むと、二人は無言でそれぞれマチルダの腕を掴み持ち上げて、左右の脇の臭いチェックをする。

「ううう、めっちゃはずい……」

「何で僕に頼んだんだよ」

「寝室に呼ばれるたんびに臭いんちゃうやろかって心配せんなんの、嫌やん?」

「何で僕から呼ばれる前提なんだよ」

 二人がマチルダの脇から顔を離す。

「問題ない」
「無臭」

「ホンマに!?
 イブイブ、セカンドオピニオンして!!」

 マチルダは二人の言葉だけでは信じられない様子で、脇を見せたまま伊吹へ近付いて行く。

「はたから見たら事案ものじゃない?」

 と言いつつ、ちゃんと鼻を近付けてやる伊吹。

「アポクリン汗腺っ!!」

「えっ、えっ!?」

「ウッソー」

「ちょっ、ホンマに、マジで……」

 伊吹の冗談を一瞬真に受け、そして嘘だと言われて安心し、腰を抜かしてしまうマチルダ。

「そんなに気にしてたのか、ごめん。でも本当に大丈夫だから。
 他に気になる事があるなら今度はちゃんと協力するから許して」

 さすがに悪い事をしたと感じた伊吹は、手を合わせて謝った。

「ホンマに? ほな、その……」

 モジモジして立っているマチルダの前にしゃがみ、伊吹がマチルダを見上げる。

「ここも確認してっ!!」

 マチルダがバッとワンピースの裾を捲り上げてパンツを見せる。安藤家の家紋がアナグラム風にプリントされたいつもの女児用パンツだ。

「ごめん、さすがに捕まるわ」

「大丈夫! この世界ではイエスロリータタッチアンドゴーやから!!」

「ねぇよそんな言葉!」

 ウソつき! いやマジで無理だろ! と言い合う二人をどうすべきか考える美哉と橘香。
 そして二人はマチルダの下腹部に顔をくっつけて、大きく息を吸い込む。

「「アポクリンカンセン!!」」

「「……えっ!?」」

 絶望した表情のマチルダと、衝撃を受けた表情の伊吹。

「ごめんなさい、嘘吐いた」
「アポクリンカンセンって何?」

「……うわぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!」

 とうとうマチルダが声を上げて泣き出してしまった。

 伊吹はマチルダを慰める為に、脇の匂いだけでなく身体中の匂いを嗅がされる事になり、さらには今夜は一緒に寝てくれないと立ち直れないなどと言うマチルダを宥めるのに大変苦労したのだった。

 その為、身体が成長してホルモンバランスが変わると、体臭も変わるんじゃないか、という事は今でも言い出せないでいる。
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