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第十三章:三ノ宮伊吹
恐れ
しおりを挟む大会議室へ残ったのは、伊吹とVividColors社長と取締役、そして婚約者でもある藍子と燈子。
伊吹の侍女であり幼馴染の美哉と橘香。
伊吹の執事である智枝。
VividColorsの経営企画室所属の秘書である紫乃と翠と琥珀。
全員が伊吹の女とも言ってよい関係の近しい者のみが残り、伊吹の異変について確認する。
美哉によってドット絵のお面を外された伊吹は、顔は真っ青にさせて、全身から汗が噴き出している。
「伊吹様……」
「落ち着いて……」
二人から声を掛けられ、伊吹は深呼吸を繰り返す。冷静でいようと努めるが、心の奥底から噴き出してくる不安感や無力感などのせいで落ち着いていられない。
伊吹は貧乏ゆすりを止められず、せわになく椅子に座る態勢を変える。ぶつぶつとどうしよう、どうすれば、と繰り返している。
美哉も橘香も、こんなに狼狽えている伊吹を見た事がなく、一人称を俺と話すのも聞いた事がなかった。伊吹を抱き締め、背中を撫でながら何とか落ち着かせようとする。
「伊吹、どうして急にそんなに不安になったの?
まだ九百億円投資するって決めた訳じゃないよね?」
藍子が意を決して、伊吹へと尋ねる。本来はそっとしておきたい。今話し掛けると、伊吹を追い詰める事になるかも知れない。
が、伊吹が一人で考え込み、不安になっているのを黙って見てはいられなかった。
話を聞き、少しでも伊吹が溜め込んでいるものを吐き出させ、この場にいる者達で負担し合えたらと思ったのだ。
「藍子……、いや、あーちゃん。俺はそんな大層な人間じゃないってようやく気付いたんだ。
前世ではただの会社員で、どこかの頭の良い奴が開発した商品やサービスを売るのが仕事だった。自分で生み出した事なんて一つもない。
今だって前世の世界で上手く行っていた技術やサービスを、この世界の頭の良い奴に再現してもらってるだけだ。俺は何もしてない。
それなのに、偉そうに世界中から頭の良い奴に集まれって呼び掛けて、目の前で開発費の九百億円を出せって言われて怖気づいた。
そんなしょうもない男なんだ。経営者なんて務まらないし、俺が指示して動き出した事業が、万が一失敗したら、関わった人間が路頭に迷うとしたら、そう考えただけで手が震えて震えて……」
伊吹の話に、皆が黙って耳を傾ける。否定も肯定もせず、ただただ伊吹の心の内を聞き、受け入れていく。
「人工知能開発に手を出さなければ良いって話なんだけど、これから先、科学技術が発展すればいずれ必ず人工知能開発を先行している企業が勝つ。
どんな分野であれ、人工知能を押さえている企業が世界を牽引する。そこから逆転するのはとても難しいと思う」
今まで伊吹は、自分がある程度仕組みを理解出来ている物事に対して投資を進めて来た。
アバターやバイノーラルマイクを使ったASMR、VOCALOIDやVOICEROIDなどにはある程度馴染みがあり、絶対に成功するはずだという確信があった。
何より投資の原資は自分が出演するYourTunesのチャンネルの収益で賄える範囲だった。失敗したとしてもそう痛くない。
投資に失敗して損失が出たとしても、自分の稼ぎで補填が出来るので、路頭に迷う人間もいない。
事業が上手く行かず、YourTunesからの収益がなくなったとしても、田舎の実家に引き返せば良い。男性保護費の五千万円があれば苦労する事はないと思っていたのだ。
「だから、今のVividColorsにはイリヤと、人工知能開発事業が必要だ。
けど、俺は失敗する可能性を考えて、怖くて震えてる」
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