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第九章:事業拡大

やりたい事が多過ぎる

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「ちゃんちゃんちゃかちゃかちゃんちゃんちゃかちゃかちゃんちゃんちゃかちゃかずずずずずずちゃん!」

 伊吹いぶきの指示通りにドラムを叩く女性が画面に映っている。現在、音声通話を使ってドラムのリズムを口頭で伝えて再現出来るかどうかの実験が行われている。
 伊吹はドラムとギター、ベースの女性達を映像で確認しているが、向こうには伊吹の声しか届けていない。

「やっぱり直接聞かないと雰囲気が伝わらないな。いい感じだとは思うけど」

『ありがとうございます』

 ドラムの女性、星野凛子ほしのりんこが笑顔を見せる。
 彼女達三人は、ねぇちゃんねるで伊吹の歌ったアカペラを元に楽器で演奏してみたと書き込んだ。それに伊吹が目にして、スカウトに至った。

『すみません、発言よろしいでしょうか?』

 画面の向こうでベースを抱えている花田真子はなだまこが手を挙げる。

「はい、真子さん。改まらないで気楽に発言して下さい」

『ありがとうございます。
 ベースの音は分からないとの事なのですが、主旋律はお分かりですよね?
 一度全部歌ってみてもらえませんか?』

「了解、ちょっと待ってね。マイクを歌用に変えます」

 いつも生配信で歌う時に使用しているマイクへ切り替え、歌い出す。

「ちゃんちゃんちゃかちゃかちゃんちゃんちゃかちゃかちゃんちゃんちゃかちゃかずずずずずずちゃん!
 今から お前の元へと向かうよ
 型に嵌められた 気持ちを捨てて」

 次のフレーズを歌おうとしたところ、カメラに向かって×を作る三人の女性が伊吹の目に入った。

『途切れ途切れで聞き取れないです!』

 ギターの大路おおじアリスがぴょんぴょん飛びながら何度も×を出す。それはまた違うバンドだぞと思いつつ、伊吹が原因を探る。

「生配信の時はちゃんと視聴者さんに届いてるよね?」

 燈子とうこに確認すると、意外な原因が思い当たる。

「あ、通話ソフトが基準を超えた声を消しちゃってるんじゃない?」

 通話ソフトがある一定の音量を越える音を感知すると、自動で判断して相手側へ音を届けないようにする仕組みがある。叫び声や怒鳴り声を聞かされるのは不快だろうという理由だ。

「別のソフトウェアを使う?」

「いや、やっぱり直接会える環境を整えよう。じゃないと本物に近付けられない」

 画面の向こうで三人が口を開けて手を取り合っているが、こちらにはその叫び声は届かない。

「ん? 何で楽器の音は良くて声は消されんの?」

『こちらのパソコンにオーディオインターフェースを経由して繋げてるからでしょうか』

 ギターとベースはエレキで、ドラムの音を拾っているマイクもオーディオインターフェース経由でパソコンへ出力されている。

「いやいや、こっちだってオーディオインターフェースにマイクを刺して歌ってるんだけど。そもそも配信中にも使ってるしね、オーディオインターフェース」

 ソフトウェアとオーディオインターフェースの兼ね合いが、設定方法が、ドライバが、パソコンと機材の相性が、などと色々な原因を探るが、結局原因を特定する事は出来ずに時間だけが過ぎていく。

「ほら、やっぱり直接会わないとダメだ。時間はかかるかも知れないけど、どこかにスタジオ用意して、そこで契約アーティスト集めてみんなで曲作り合宿しよう」


 真子、アリス、凛子との通話を閉じて、伊吹は紫乃しのへ秘書達を集めてもらうよう伝える。
 信頼出来る楽器演奏者、作曲家、作詞家、編曲家、録音技術者などなど、必要な人材を挙げればキリがない。
 まず例のDVDを見せる前に秘密保持契約を交わし、外部に情報が漏れないようにしなければならない。見せてしまった後では遅い。

 大会議室へ移動し、伊吹は集まっていた秘書達に向けて説明をする。

 世界を変える楽曲が手元にある事。
 しかしそれを自分達だけで完成させる事が出来ない事。
 契約書で縛った協力者にその楽曲を聞かせ、発表出来る状態まで仕上げる事。
 レコード会社そのもの、もしくはレーベルを一から立ち上げてVividColorsヴィヴィッドカラーズが関連するアーティストのみを扱う事。
 そのレコード会社所有のレコーディングスタジオに伊吹も直接行って指示を出すつもりである事。
 楽曲が完成するまで関係者を外に出さない事。
 楽曲はDVDに収録されているもの全てを完成させ、同時に発表するつもりである事。
 かなりの同時接続数でも耐えられるサーバにアップロードし、毎月定額を支払えば聴き放題のサービスを開始する事。
 毎月定額のサービスは音楽に限らず映画やドラマなど多岐に渡るコンテンツを提供出来るよう計画を進める事。
 
「ちょっと、お兄さん。飛ばしすぎ!」

「あ、ごめん。やりたい事が多過ぎて……」

 燈子に止められ、とりあえずレコード会社の確保を優先するよう伊吹が指示を出す。
 何か報告する事はあるか尋ねたところ、『あんどうた』担当の秘書が手を上げた。

「宮坂財閥系列所属の研究者が確保出来ましたので、まずは簡単な面談をお願いしたく」

「分かった、会おう」
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