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第九章:事業拡大

八岐大蛇

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『私は彼を、倒すべき最大の敵であると認める!』

「何言ってんだコイツ」

 お気持ち動画を投稿した翌日。
伊吹いぶきが事務所で会議をしていた際、息抜きで覗いたYourTunesユアチューンズのトップにハム子の生配信が表示されていた。
 生配信に付けられた題名『安藤家は現世に現れた八岐大蛇やまたのおろち』という謎の文言が気になり、見てみると異様な光景が映し出されていた。

 生配信時の四兄弟のアバターが印刷されたポスターが貼られており、複数設置されているモニターには、安藤家のチャンネルに投稿した動画が再生されている。
 ハム子はそれを背にしてカメラを見つめており、いかに安藤家四兄弟が脅威であるかを説いている。
 ポスターも動画も、当然無許可のものである。

「こいつ、どういうつもりだ?」

「さぁ……。生配信の最後に冷たく突き放したから、こじらせちゃったんじゃない?」

 燈子とうこも呆れた表情で画面を見つめている。

 ハム子と共同生配信をしたものの、配信中に崩れ落ちたハム子のその後について、伊吹は気にもしていなかった。
 それよも大事な事(美哉みや橘香きっかとの初体験)があったからだ。

「昨日投稿した動画見てないのかな?
 弁護士を通じて抗議しようか」

 藍子あいこが尋ねるが、伊吹は首をひねり、どうしたものかと思案する。

「うーん……、一応相談はしておこうか。現状放っておいてもいいけど。
 構えば構うほど余計にこじらせるような気がしなくもない」

「コメント欄はほぼ批判で埋め尽くされてるわ」

 安藤家との共同生配信後、ハム子の登録者数は激減しており、視聴者の心が離れていっているのがよく分かる。

「それで、どうかな? 玲実れみちゃんの今後について」

 藍子が言う玲実ちゃんとは、伊地藤いちふじ玲夢れむの本名だ。生配信で公開全裸土下座してアカウント停止を食らい、引退した元VividColorsヴィヴィッドカラーズ所属Vtunerブイチューナーである。

 一人に出来ないからと、藍子がこのビルの四階の部屋に住まわせて、時間を見つけては甲斐甲斐しく世話をしている。
 玲実から、申し訳ないのでそろそろ出て行くという申し出があり、その事について話していたのだった。

「……玲実に連絡して、ハム子の生配信見せたら何て言うかな?」

 決して意地悪ではなく、単純に同じような立場に陥った人物を見てどう思うのか気になっただけだ。

「この生配信を見てるかは分からないけど、最近のハム子の様子は知ってるみたいだよ」

 玲実は自分自身が知らぬ間に、ハム子、もしくはハム子が所属しているイサオアールによってVividColorsを造反するよう仕向けられた被害者と言える。
 伊吹はさぞ恨めしく思っているだろうと思ったが、藍子の口から出た玲実の言葉は、恨み言ではなかった。

「さっき部屋に行った時、ハム子は何とか自分なりに乗り越えようとしている気がするって言ってた」

「乗り越える?」

「うん、自ら触れに行った神様の祟りを何とか振り払おうとしてるんだって」

「祟り神扱いかよ」

 伊吹としては、ハム子に対して何の行動も取っていない。向こうから勝手に突っ掛かって来たので、合同生配信には応じたがハム子自体は相手にせずに、アバターがすごいという事をただ見せつけただけ。

「玲実は僕の事は何か言ってる?」

「良い人と出会えて良かったねって言ってくれたよ」

 外部の人間に掻き乱されてしまったが、元々は藍子と玲実は仲が良かった。イサオアールの息が掛かった仁多賀にたか絵夢えむ美那須みなす来以夢らいむにある事ない事吹き込まれて、現代の本能寺の変が起きてしまった。

 ちなみに現代の本能寺の変とは、伊地藤玲夢のVividColorsの造反劇に対してネット民が名付けたものである。

「……玲実が本能寺の変を起こさなければ、僕はあーちゃんととこちゃんに出会ってないんだよなぁ」

「伊吹さん……」
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