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50:飲みにケーション

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 あーだこーだと従業員目線で好き勝手言う酔っ払いと、それをやんわりと諫める酔っ払いとに分かれて宴は続いた。
 いくら酔っ払っているとはいえ、社長の目の前ではこんな会話は繰り広げられないだろう。
 仮にも役員である俺の前で、会社への不平不満、幹部達への批判、自分達の扱いの改善要求など……。
 そう思わなくもないが、それは俺が役員という肩書になっただけであり、今までの飲み会と変わらず俺と付き合ってくれているという安心感が得られる場であるのは間違いなくて。

 だから、トイレへ行くふりをして飲み代の会計を済ませておいた。
 飲み会なんて一円にもならないのになぜ付き合わなければならないのか、そう訴える人達の気持ちも分からなくもないが、今はとても気分が良い。
 俺は会社の仲間と飲みたいからここにいるんだ、何か文句あるか!

 会計を済ませて何食わぬ顔で戻って来ってみると、みんながムスっとした顔で俺を見つめている。

「えっと、どうしたんスか?」

「スマンな、立て替えてもらって。
 で、いくらだった?」

 あぁ、上條かみじょう課長はお見通しですか。
 正直に言ってカード決済したから金額なんて覚えてない。

「レシート出せレシート!」

 村井むらいさんに言われるまま、レシートを渡してしまった。

「えーと四人で割ると七千円ですね」

 はい、と上條課長・野中のなかさん、須田すだ班長、村井さんから次々にお札を渡される。

「いや、せめて五で割りませんか?」

「遅くなったけど、君の出世祝いだよ。
 まさか部下が自分の上司になる日が来るとは思ってなかったけどね」

 全く嫌味に見えない上條課長の笑顔。
 そしてみんな。

「すみません、これからも皆さんのお力を貸して下さい」

 そっと頭を下げる。
 あれ、飲み過ぎたかな。
 目頭が熱いな……。

「よし、二次会は風俗だ!
 ただし風俗は自腹な、死んだばあちゃんの遺言で風俗だけは人に奢るなって言われてるからな!!」

「野中、藤田ふじたちゃんに告げ口するからな」

「え、須田さん今日は良くないですか?
 後輩の昇進祝いですよ!?」

 わいわい言いながら店の外へ出る。
 上條課長と須田さんと村井さんは既婚者で、野中さんは彼女持ち。
 俺だけ独身貴族か。

 そんな事を考えていると、目の前をホテルで一夜を共にしたお姉さんが通り過ぎた。
 やらしい笑みを浮かべた中年小太りと腕を組んで。
 あー、あの日の俺ははたから見るとあんな風だったのか。
 そう思うと、急に寂しさと虚しさが込み上げて来た。

「……彼女欲しいなぁ」

「おっ、じゃあ次は合コンするか!」

「野中、アウトー」

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