仮想通貨で大儲けしたので勤めている会社を買ってみた

なつのさんち

文字の大きさ
上 下
16 / 52

16:先輩

しおりを挟む
 週の真ん中水曜日。
 今日は出社してすぐに社長室へ。
 俺の所属は昨日から社長室になったのだから当然だ。

 うちのような中小企業だと、秘書なんてものはいない。
 社長のスケジュールを管理しているのは社員自身だ。
 だから社長のスケジュールを把握している者もいない。
 営業部にあるカレンダーに『午後から』とか『夕方から』とか、『△』とか『×』とかを社長が自分で記入している。
 △は行けたら行くという意味で、×は出社しないという意味だ。

 社長、というか役員というものは、会社で働いている訳ではない。
 会社を動かして金を増やす立場の人達なので、就労規則には縛られず、従って定時という概念がなければ出社義務もない。
 その代わりに、夜中であれ早朝であれ緊急事態が発生すれば対応しなければならないし、銀行に対する保証をしたり、最悪の場合は会社の負債を引き受けなければならない。
 そして、会社が傾けば株主から経営責任を問われる。
 まぁこれは大企業や上場している会社の場合であって、うちの場合は経営者イコール株主なのでそこまで大ごとにはならないんだけど。

コンコンコンッ

 お、先日のように勝手にドアを開けて入って来るのではなく、返事を待っているようだ。

「どうぞ」

「失礼します、おはようございます」

 声を掛けるとドアが開き、営業事務のおばちゃんではない方の女性がお茶を持って来てくれた。
 営業事務の藤田ふじたさん。
 年齢は俺の少し上だったはず。
 ただし彼氏持ち。
 残念、ラブコメに発展しそうにない。

「おはようございます、藤田さん。
 あの、お願いがあるんですが……」

「いつも通りに接してほしい、って事かな?」

 よくお分かりで。

「来客時はそうはいかないでしょうけど、社内だけなら当分はそうさせてもらうね。
 ただ、本当に幸坂こうさか君が社長になったら……、少なくとも仕事中は敬語を使うべきだと思うのよね」

 話の分かる人で良かった。
 プライベートでは普通に接してくれるらしい。
 回りから四六時中仰々しい態度を取られれば、俺の息が詰まって仕方ないだろうからな。

「ええ、それでお願いしますよ。
 あと、部長が僕について何か言ってたとか、設計課長が何か言ってたとか、教えてもらえれば助かります」

「えー、私にスパイしろって言うの?」

 藤田さんが口に手を当ててクスクスと笑う。
 そんないつも通りの態度が癒しになる。
 彼氏いるけど。

「そんな大それたものじゃないですよ。
 ただ同僚として情報を提供してもらえれば嬉しいってだけです。
 ほら、ツテとかコネとか繋がりって、例え社内であっても大事だと思うんですよね」

「もう同僚じゃなくて経営者と従業員っていう支配する側される側だからなー、やれって言われれば断れないけどなー」

 どうしようかなー、とお盆を胸の前で抱えて俺をからかう茶目っ気のある藤田さん。
 うぅ、支配したい……。
 いやいやいや。

「頼みますよ、可愛い後輩のお願い聞いて下さいよ」

 例え俺が藤田さんの上司になろうが、先輩後輩という関係は変わらない。
 営業部の事務として働く藤田さんと経理課で働く俺とは仕事上で多々やり取りを重ねて来た仲だ。
 優しく指導を受けた事もあるし、藤田さんがチェックし忘れていた凡ミスをさりげなく指摘した事もあるし、その関係性は上々だったと思う。

「そうね、分かった。
 いやー、可愛い後輩が社長になるとはねー」

 ふふふっ、と笑いながら社長室を出て行く藤田さん。
 今後もこんな軽口が出来ればいいんだけど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨

悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。 会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。 (霊など、ファンタジー要素を含みます) 安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き 相沢 悠斗 心春の幼馴染 上宮 伊織 神社の息子  テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。 最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*) 

処理中です...