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週の真ん中水曜日。
今日は出社してすぐに社長室へ。
俺の所属は昨日から社長室になったのだから当然だ。
うちのような中小企業だと、秘書なんてものはいない。
社長のスケジュールを管理しているのは社員自身だ。
だから社長のスケジュールを把握している者もいない。
営業部にあるカレンダーに『午後から』とか『夕方から』とか、『△』とか『×』とかを社長が自分で記入している。
△は行けたら行くという意味で、×は出社しないという意味だ。
社長、というか役員というものは、会社で働いている訳ではない。
会社を動かして金を増やす立場の人達なので、就労規則には縛られず、従って定時という概念がなければ出社義務もない。
その代わりに、夜中であれ早朝であれ緊急事態が発生すれば対応しなければならないし、銀行に対する保証をしたり、最悪の場合は会社の負債を引き受けなければならない。
そして、会社が傾けば株主から経営責任を問われる。
まぁこれは大企業や上場している会社の場合であって、うちの場合は経営者イコール株主なのでそこまで大ごとにはならないんだけど。
コンコンコンッ
お、先日のように勝手にドアを開けて入って来るのではなく、返事を待っているようだ。
「どうぞ」
「失礼します、おはようございます」
声を掛けるとドアが開き、営業事務のおばちゃんではない方の女性がお茶を持って来てくれた。
営業事務の藤田さん。
年齢は俺の少し上だったはず。
ただし彼氏持ち。
残念、ラブコメに発展しそうにない。
「おはようございます、藤田さん。
あの、お願いがあるんですが……」
「いつも通りに接してほしい、って事かな?」
よくお分かりで。
「来客時はそうはいかないでしょうけど、社内だけなら当分はそうさせてもらうね。
ただ、本当に幸坂君が社長になったら……、少なくとも仕事中は敬語を使うべきだと思うのよね」
話の分かる人で良かった。
プライベートでは普通に接してくれるらしい。
回りから四六時中仰々しい態度を取られれば、俺の息が詰まって仕方ないだろうからな。
「ええ、それでお願いしますよ。
あと、部長が僕について何か言ってたとか、設計課長が何か言ってたとか、教えてもらえれば助かります」
「えー、私にスパイしろって言うの?」
藤田さんが口に手を当ててクスクスと笑う。
そんないつも通りの態度が癒しになる。
彼氏いるけど。
「そんな大それたものじゃないですよ。
ただ同僚として情報を提供してもらえれば嬉しいってだけです。
ほら、ツテとかコネとか繋がりって、例え社内であっても大事だと思うんですよね」
「もう同僚じゃなくて経営者と従業員っていう支配する側される側だからなー、やれって言われれば断れないけどなー」
どうしようかなー、とお盆を胸の前で抱えて俺をからかう茶目っ気のある藤田さん。
うぅ、支配したい……。
いやいやいや。
「頼みますよ、可愛い後輩のお願い聞いて下さいよ」
例え俺が藤田さんの上司になろうが、先輩後輩という関係は変わらない。
営業部の事務として働く藤田さんと経理課で働く俺とは仕事上で多々やり取りを重ねて来た仲だ。
優しく指導を受けた事もあるし、藤田さんがチェックし忘れていた凡ミスをさりげなく指摘した事もあるし、その関係性は上々だったと思う。
「そうね、分かった。
いやー、可愛い後輩が社長になるとはねー」
ふふふっ、と笑いながら社長室を出て行く藤田さん。
今後もこんな軽口が出来ればいいんだけど。
今日は出社してすぐに社長室へ。
俺の所属は昨日から社長室になったのだから当然だ。
うちのような中小企業だと、秘書なんてものはいない。
社長のスケジュールを管理しているのは社員自身だ。
だから社長のスケジュールを把握している者もいない。
営業部にあるカレンダーに『午後から』とか『夕方から』とか、『△』とか『×』とかを社長が自分で記入している。
△は行けたら行くという意味で、×は出社しないという意味だ。
社長、というか役員というものは、会社で働いている訳ではない。
会社を動かして金を増やす立場の人達なので、就労規則には縛られず、従って定時という概念がなければ出社義務もない。
その代わりに、夜中であれ早朝であれ緊急事態が発生すれば対応しなければならないし、銀行に対する保証をしたり、最悪の場合は会社の負債を引き受けなければならない。
そして、会社が傾けば株主から経営責任を問われる。
まぁこれは大企業や上場している会社の場合であって、うちの場合は経営者イコール株主なのでそこまで大ごとにはならないんだけど。
コンコンコンッ
お、先日のように勝手にドアを開けて入って来るのではなく、返事を待っているようだ。
「どうぞ」
「失礼します、おはようございます」
声を掛けるとドアが開き、営業事務のおばちゃんではない方の女性がお茶を持って来てくれた。
営業事務の藤田さん。
年齢は俺の少し上だったはず。
ただし彼氏持ち。
残念、ラブコメに発展しそうにない。
「おはようございます、藤田さん。
あの、お願いがあるんですが……」
「いつも通りに接してほしい、って事かな?」
よくお分かりで。
「来客時はそうはいかないでしょうけど、社内だけなら当分はそうさせてもらうね。
ただ、本当に幸坂君が社長になったら……、少なくとも仕事中は敬語を使うべきだと思うのよね」
話の分かる人で良かった。
プライベートでは普通に接してくれるらしい。
回りから四六時中仰々しい態度を取られれば、俺の息が詰まって仕方ないだろうからな。
「ええ、それでお願いしますよ。
あと、部長が僕について何か言ってたとか、設計課長が何か言ってたとか、教えてもらえれば助かります」
「えー、私にスパイしろって言うの?」
藤田さんが口に手を当ててクスクスと笑う。
そんないつも通りの態度が癒しになる。
彼氏いるけど。
「そんな大それたものじゃないですよ。
ただ同僚として情報を提供してもらえれば嬉しいってだけです。
ほら、ツテとかコネとか繋がりって、例え社内であっても大事だと思うんですよね」
「もう同僚じゃなくて経営者と従業員っていう支配する側される側だからなー、やれって言われれば断れないけどなー」
どうしようかなー、とお盆を胸の前で抱えて俺をからかう茶目っ気のある藤田さん。
うぅ、支配したい……。
いやいやいや。
「頼みますよ、可愛い後輩のお願い聞いて下さいよ」
例え俺が藤田さんの上司になろうが、先輩後輩という関係は変わらない。
営業部の事務として働く藤田さんと経理課で働く俺とは仕事上で多々やり取りを重ねて来た仲だ。
優しく指導を受けた事もあるし、藤田さんがチェックし忘れていた凡ミスをさりげなく指摘した事もあるし、その関係性は上々だったと思う。
「そうね、分かった。
いやー、可愛い後輩が社長になるとはねー」
ふふふっ、と笑いながら社長室を出て行く藤田さん。
今後もこんな軽口が出来ればいいんだけど。
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