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春が来た。
俺も沙羅も、世間一般に言えば高校三年生、受験期にあたる。
暦がどんどんと進んでいくのを見ないふりしながら、俺らの日常は、病院という箱庭の中で続いていた。
「おはよ。」
「あっ、おはよ。」
病室は春になってより彩りを増した。
沙羅が漢字を覚えたり、算数を覚えたりし始めて、ポスターが増えたから。
つい一昨日も、九九のポスターが貼られた。
腕のリハビリでビーズを扱うようにもなって、ベッドには沙羅が作ったビーズの飾りが並んでいる。
色がたくさんあって、ミッケの世界みたいだ、と思う。
はたから見れば散らかった部屋なのだろう。でも、どこか落ち着く。
沙羅は勉強、俺はパソコンで執筆。
時間になると沙羅はリハビリに行って、昼寝をする。
俺は俺で、時間になったら弁当を食い、ある程度日が暮れないうちに家に帰る。
まだこの病室が秘密基地であることに毎日安心して、その歯車を狂わせないように。
俺はパソコンを立ち上げてタイピングをし続けていた。
今日は、沙羅に見せたいものを持ってきた。
春が来る前に、沙羅に頼まれていた絵本。
丁寧に印刷までしてきた。
俺が書きたいものを、存分に書いてやった。
「おはよ。」
「おはよ~。」
穂乃果さんはもうお仕事に行ったらしい。
病室にはいなかった。
「よく眠れた?」
「うん。なに?お母さんみたいなこと聞いて。」
「え?いや、ただ気になっただけ。」
「変なの。」
「あのさ、あの、」
「ん?」
「沙羅に頼まれてた絵本、できたよ。一か月以上、かかっちゃったけど。」
「え!ほんと!?」
「うん。これ。」
「ありがとう!」
俺の緊張を知らないのか、知っていてわざと知らないふりをしているのか。
真っ白な紙に印刷されたその絵本を、沙羅はやさしく手のひらに乗せた。
いつもならもう執筆を始める時間。
だけど、今日は本当に筆が乗らない。
緊張して、手が思うように動かない。
頭の中で物語を描けない。
ハッとした顔で、沙羅がこちらを見つめてくる。
俺は黙ってうなずいた。
「これ…。」
読み終わったらしい。
「…どう、だった?」
「ありがとう。」
「え?」
「ありがとう。建都。」
呆然とする俺を横目に、沙羅が滔々としゃべり続ける。
「私がもし、この物語の通りになったとしたら、私はきっと、その時にはもう退院する。そうなったら、建都はどうするつもり?」
「わかんないよ。でも、本を書いたり、沙羅と会ったりし続けたい。」
「うん。それは私も一緒だよ。ありがとう。」
俺が書いたのは、沙羅がトラウマを克服して、病院を退院する物語。
この部屋が続くことを願ってばかりで、沙羅の未来を邪魔しちゃいけない。そういう自戒を込めて作った。
沙羅が、退院できますように。
沙羅が、幸せになりますように。
そういう話を作って、そういう現実を願いたい。
最後、沙羅が退院した後の俺の未来が全く描けなくて、結末の付け方に悩んで。
それで、こんなに時間がかかってしまった。
結局、俺と沙羅は切り離して描くべきだという結論に至って、俺の結末は書かなかった。
今となっては、自分の将来から逃げただけな気もする。
「来年の春は、退院できてるかな。」
窓の外に咲き始めた桜のつぼみをみながら、沙羅が小さくつぶやいた。
ありきたりな小説みたいな言葉。
それなのに、沙羅が言うとどうしてこんなに綺麗なんだろう。
俺も沙羅も、世間一般に言えば高校三年生、受験期にあたる。
暦がどんどんと進んでいくのを見ないふりしながら、俺らの日常は、病院という箱庭の中で続いていた。
「おはよ。」
「あっ、おはよ。」
病室は春になってより彩りを増した。
沙羅が漢字を覚えたり、算数を覚えたりし始めて、ポスターが増えたから。
つい一昨日も、九九のポスターが貼られた。
腕のリハビリでビーズを扱うようにもなって、ベッドには沙羅が作ったビーズの飾りが並んでいる。
色がたくさんあって、ミッケの世界みたいだ、と思う。
はたから見れば散らかった部屋なのだろう。でも、どこか落ち着く。
沙羅は勉強、俺はパソコンで執筆。
時間になると沙羅はリハビリに行って、昼寝をする。
俺は俺で、時間になったら弁当を食い、ある程度日が暮れないうちに家に帰る。
まだこの病室が秘密基地であることに毎日安心して、その歯車を狂わせないように。
俺はパソコンを立ち上げてタイピングをし続けていた。
今日は、沙羅に見せたいものを持ってきた。
春が来る前に、沙羅に頼まれていた絵本。
丁寧に印刷までしてきた。
俺が書きたいものを、存分に書いてやった。
「おはよ。」
「おはよ~。」
穂乃果さんはもうお仕事に行ったらしい。
病室にはいなかった。
「よく眠れた?」
「うん。なに?お母さんみたいなこと聞いて。」
「え?いや、ただ気になっただけ。」
「変なの。」
「あのさ、あの、」
「ん?」
「沙羅に頼まれてた絵本、できたよ。一か月以上、かかっちゃったけど。」
「え!ほんと!?」
「うん。これ。」
「ありがとう!」
俺の緊張を知らないのか、知っていてわざと知らないふりをしているのか。
真っ白な紙に印刷されたその絵本を、沙羅はやさしく手のひらに乗せた。
いつもならもう執筆を始める時間。
だけど、今日は本当に筆が乗らない。
緊張して、手が思うように動かない。
頭の中で物語を描けない。
ハッとした顔で、沙羅がこちらを見つめてくる。
俺は黙ってうなずいた。
「これ…。」
読み終わったらしい。
「…どう、だった?」
「ありがとう。」
「え?」
「ありがとう。建都。」
呆然とする俺を横目に、沙羅が滔々としゃべり続ける。
「私がもし、この物語の通りになったとしたら、私はきっと、その時にはもう退院する。そうなったら、建都はどうするつもり?」
「わかんないよ。でも、本を書いたり、沙羅と会ったりし続けたい。」
「うん。それは私も一緒だよ。ありがとう。」
俺が書いたのは、沙羅がトラウマを克服して、病院を退院する物語。
この部屋が続くことを願ってばかりで、沙羅の未来を邪魔しちゃいけない。そういう自戒を込めて作った。
沙羅が、退院できますように。
沙羅が、幸せになりますように。
そういう話を作って、そういう現実を願いたい。
最後、沙羅が退院した後の俺の未来が全く描けなくて、結末の付け方に悩んで。
それで、こんなに時間がかかってしまった。
結局、俺と沙羅は切り離して描くべきだという結論に至って、俺の結末は書かなかった。
今となっては、自分の将来から逃げただけな気もする。
「来年の春は、退院できてるかな。」
窓の外に咲き始めた桜のつぼみをみながら、沙羅が小さくつぶやいた。
ありきたりな小説みたいな言葉。
それなのに、沙羅が言うとどうしてこんなに綺麗なんだろう。
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