真っ白な君は

紐下 育

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俺とは反対に、沙羅は子ども扱いされることに悩んでるみたいだった。

「沙羅ちゃん?今日は体調どう?」
「うん。」

最近、沙羅と話していてわかったことがある。
沙羅がお医者さんたちとあんまり話をしたがらない理由。
小児科の先生だから仕方ないのかもしれないけど、お医者さんの話す言葉はやさしい。
先生なりの気遣いなんだと、思う。実際、最初は沙羅も言葉が出てこなくて、どもることがよくあった。
でも、最近の沙羅は違う。
読んだり書いたりをまだ覚えてる途中なだけで、語彙は俺と同じくらいにあるし、難しいことを考えてる。
そんな沙羅にとって、先生の話し方はちょっとやりすぎ、というか。

「建都?お話書けた?」
「うん、今書いてるところ。もう少しで書きあがるよ。」

俺がお見舞いに行くたびに、沙羅はそう聞く。

「昼間はずっとここにいるんだから、道具持ってきてここで書いてくれてもいいのに。」

そんなことしたら、俺が吐きそうになりながら書いてるってバレてしまう。
書くのはつらいのに、沙羅から「そんなに大変なら書かなくていいよ」って言われるのもつらい。
相変わらず、矛盾だらけだ。
はは、と乾いた笑いで誤魔化した。

いつものように佐久間先生が迎えに来て、沙羅がリハビリに行く。
一人になった部屋が、いつにも増して淡泊に思えた。
今日はちょっと散歩に出てみようか。
いつも暇してぼんやり外を眺めたり、音楽を聞いたりしてたけど、それだけじゃつまらない。
行けそうなところまで歩いてみるか。
どうせ沙羅は二時間くらい帰ってこないし。
最低限の貴重品だけ持って、病室を出た。

病院の中は、どこにいてもあったかい。
季節なんて関係なくいつでも適温で、時間の流れがせき止められてるような気がする。
杖をついてる人や車椅子に乗ってる人は、ここの時間の流れにふさわしい速度で歩いていく。
整形外科の病棟だから当たり前、なのかもしれないけど。
反対に、看護師さんやお医者さんたちはせかせかと歩く。
時間が歪んでるような感じ。
なんとなく普通に歩くのは気まずくて、俺も看護師さんたちみたいにせかせか歩いた。

大きい病院だと思ってたけど、想像以上だった。
端っこにある沙羅の病室を出ると、おんなじ形の病室がずっと先まで続いている。
もう片方の端を目指して早歩きしてると、疲れてしまう。
エレベーターに乗り込んで一階まで降りると、今度は診察室が並んでいる。
いつもより混んでる気がする。
次々と患者さんが呼ばれて、真っ白いドアの向こうに吸い込まれていく。
時の流れが外と同じだ、と思う。
いつもより、「仕事」が近くにある感じ。
きっと高校の同級生たち―オープンキャンパスでばったり会った下田とかは十年後くらいに、こうやって働いてるのかもしれない。
じゃあ、俺は?
自分から外れたレールのくせに、時々戻りたくなることがある。
目の前で「将来」って書かれたドアがばたんと閉まる音がした。
また一人、患者さんがドアの向こうに入っていった。
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