真っ白な君は

紐下 育

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冬の匂いが近づいてきた。
このあたりの地域で雪が降ることは少ないけど、とはいえ冬の匂いは感じる。
鼻をつんと刺す冷たい空気に混じって、真っ白な匂い。
お見舞いに行くときも手がかじかむ。
自転車のハンドルを握っているとだんだん手の感覚がなくなってきて、そろそろ手袋を使わないといけなくなりそうだ。

事故に遭って骨折した沙羅の腕。
足に比べるとまだ状態はちょっとだけましで、回復も早い。
最近は自分で布団をかけたりどかしたりとかもできるようになってきて、体温調節のために俺とか穂乃果さんとか、看護師さんを呼ばなくても済むようになっていた。

それに比べて全く動かなくなった沙羅の両足。
ずっと痛みが少なく済む範囲でリハビリは進めていたけど、何せ粉砕骨折してるから回復までにはまだまだ長い時間がかかる。
筋肉がどんどん落ちていかないように、毎日ちょっとだけリハビリをしてる。

活字が苦手になって、学校にも行けなくなって。あれからいろいろあったけど、俺はやっぱり学校に行けなくなった。

この間、担任から電話があった。

「そろそろ、単位も危ないからテストだけでも受けに来い。そうじゃないと進級できないぞ。」

自分でもびっくりするくらい、びっくりしなかった。

「学校、やめようと思ってます。」

何の未練もない。
冷たいかもしれないけど、もうあそこに戻ることはないと思う。
友達とかもいたけどな、別に、今会えなくなったって悲しいとかはない。
多分向こうもそう思ってる。
俺が学校に行かなくなってから誰からも連絡がない。
それはきっと、俺が必要とされてないってことの何よりの証拠だ。

慌ててたのは担任の方だった。

「お、おい、どうしたんだ。何か辛いことがあるなら話聞くから。とりあえず来てみろよ。」

バタンって音を立てて、完全に心が閉じた音がした。
先生が思ってるような「辛いこと」は特になにもない。

ただ、心が冷たくなってるだけで。
ただ、体が文字を受け付けないだけで。

そんなわけで、俺はずっと沙羅の病室に通っている。
もう、お見舞いとかどうでもよかった。
ただ沙羅のいるあのたおやかな空間にいたかった。

「そろそろ、車椅子に乗って外に出る練習をしてみようか。」

沙羅の主治医がそう告げたときも、俺はその場にいた。
仕事を休んだ穂乃果さんはそれを聞いて目に涙をためて、沙羅も顔をパッと明るくさせて、喜んでいた。
俺だけが、喜べなかった。

「よかった。」

俺の頭にあるいろんな感情が混じった、濁った色の声。
ひどく乾いた声だ、と自分でも思った。

沙羅だけが進んでいく。それが嫌だった。
一緒に進むことができないから、沙羅にもここにとどまることを強制してる。

己の醜悪さが心臓に刺さって抜けない。
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