24 / 41
24
しおりを挟む
冬の匂いが近づいてきた。
このあたりの地域で雪が降ることは少ないけど、とはいえ冬の匂いは感じる。
鼻をつんと刺す冷たい空気に混じって、真っ白な匂い。
お見舞いに行くときも手がかじかむ。
自転車のハンドルを握っているとだんだん手の感覚がなくなってきて、そろそろ手袋を使わないといけなくなりそうだ。
事故に遭って骨折した沙羅の腕。
足に比べるとまだ状態はちょっとだけましで、回復も早い。
最近は自分で布団をかけたりどかしたりとかもできるようになってきて、体温調節のために俺とか穂乃果さんとか、看護師さんを呼ばなくても済むようになっていた。
それに比べて全く動かなくなった沙羅の両足。
ずっと痛みが少なく済む範囲でリハビリは進めていたけど、何せ粉砕骨折してるから回復までにはまだまだ長い時間がかかる。
筋肉がどんどん落ちていかないように、毎日ちょっとだけリハビリをしてる。
活字が苦手になって、学校にも行けなくなって。あれからいろいろあったけど、俺はやっぱり学校に行けなくなった。
この間、担任から電話があった。
「そろそろ、単位も危ないからテストだけでも受けに来い。そうじゃないと進級できないぞ。」
自分でもびっくりするくらい、びっくりしなかった。
「学校、やめようと思ってます。」
何の未練もない。
冷たいかもしれないけど、もうあそこに戻ることはないと思う。
友達とかもいたけどな、別に、今会えなくなったって悲しいとかはない。
多分向こうもそう思ってる。
俺が学校に行かなくなってから誰からも連絡がない。
それはきっと、俺が必要とされてないってことの何よりの証拠だ。
慌ててたのは担任の方だった。
「お、おい、どうしたんだ。何か辛いことがあるなら話聞くから。とりあえず来てみろよ。」
バタンって音を立てて、完全に心が閉じた音がした。
先生が思ってるような「辛いこと」は特になにもない。
ただ、心が冷たくなってるだけで。
ただ、体が文字を受け付けないだけで。
そんなわけで、俺はずっと沙羅の病室に通っている。
もう、お見舞いとかどうでもよかった。
ただ沙羅のいるあのたおやかな空間にいたかった。
「そろそろ、車椅子に乗って外に出る練習をしてみようか。」
沙羅の主治医がそう告げたときも、俺はその場にいた。
仕事を休んだ穂乃果さんはそれを聞いて目に涙をためて、沙羅も顔をパッと明るくさせて、喜んでいた。
俺だけが、喜べなかった。
「よかった。」
俺の頭にあるいろんな感情が混じった、濁った色の声。
ひどく乾いた声だ、と自分でも思った。
沙羅だけが進んでいく。それが嫌だった。
一緒に進むことができないから、沙羅にもここにとどまることを強制してる。
己の醜悪さが心臓に刺さって抜けない。
このあたりの地域で雪が降ることは少ないけど、とはいえ冬の匂いは感じる。
鼻をつんと刺す冷たい空気に混じって、真っ白な匂い。
お見舞いに行くときも手がかじかむ。
自転車のハンドルを握っているとだんだん手の感覚がなくなってきて、そろそろ手袋を使わないといけなくなりそうだ。
事故に遭って骨折した沙羅の腕。
足に比べるとまだ状態はちょっとだけましで、回復も早い。
最近は自分で布団をかけたりどかしたりとかもできるようになってきて、体温調節のために俺とか穂乃果さんとか、看護師さんを呼ばなくても済むようになっていた。
それに比べて全く動かなくなった沙羅の両足。
ずっと痛みが少なく済む範囲でリハビリは進めていたけど、何せ粉砕骨折してるから回復までにはまだまだ長い時間がかかる。
筋肉がどんどん落ちていかないように、毎日ちょっとだけリハビリをしてる。
活字が苦手になって、学校にも行けなくなって。あれからいろいろあったけど、俺はやっぱり学校に行けなくなった。
この間、担任から電話があった。
「そろそろ、単位も危ないからテストだけでも受けに来い。そうじゃないと進級できないぞ。」
自分でもびっくりするくらい、びっくりしなかった。
「学校、やめようと思ってます。」
何の未練もない。
冷たいかもしれないけど、もうあそこに戻ることはないと思う。
友達とかもいたけどな、別に、今会えなくなったって悲しいとかはない。
多分向こうもそう思ってる。
俺が学校に行かなくなってから誰からも連絡がない。
それはきっと、俺が必要とされてないってことの何よりの証拠だ。
慌ててたのは担任の方だった。
「お、おい、どうしたんだ。何か辛いことがあるなら話聞くから。とりあえず来てみろよ。」
バタンって音を立てて、完全に心が閉じた音がした。
先生が思ってるような「辛いこと」は特になにもない。
ただ、心が冷たくなってるだけで。
ただ、体が文字を受け付けないだけで。
そんなわけで、俺はずっと沙羅の病室に通っている。
もう、お見舞いとかどうでもよかった。
ただ沙羅のいるあのたおやかな空間にいたかった。
「そろそろ、車椅子に乗って外に出る練習をしてみようか。」
沙羅の主治医がそう告げたときも、俺はその場にいた。
仕事を休んだ穂乃果さんはそれを聞いて目に涙をためて、沙羅も顔をパッと明るくさせて、喜んでいた。
俺だけが、喜べなかった。
「よかった。」
俺の頭にあるいろんな感情が混じった、濁った色の声。
ひどく乾いた声だ、と自分でも思った。
沙羅だけが進んでいく。それが嫌だった。
一緒に進むことができないから、沙羅にもここにとどまることを強制してる。
己の醜悪さが心臓に刺さって抜けない。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
飛ぶことと見つけたり
ぴよ太郎
青春
学生時代に青春し忘れていた国語教師、押井。
受験前だというのにやる気がみえない生徒たち、奇妙な同僚教師、犬ばかり構う妻。満たされない日々を送っていたある日の帰り道、押井はある二人組と出会う。彼らはオランダの伝統スポーツ、フィーエルヤッペンの選手であり、大会に向けて練習中だった。
押井は青春を取り戻そうとフィーエルヤッペンに夢中になり、やがて大会に臨むことになる。そこで出会ったのは、因縁深きライバル校の社会教師、山下だった。
大人になっても青春ができる、そんなお話です。
ちょっと眺めの3万文字です(笑)
温厚少女は檻の中
杭ねこめ
青春
この国は周りを囲うように塀があります。
塀は外のほかの考えをもつ人々から身を守る塀。
この国の制度がありました。
この国サータの王はサータの中にあるサータ高校の生徒会長とする。
この年の生徒会長は美﨑駆凪(みさきかな)という、明るくて優しくて天才的な頭脳を持つ少女だった。
真夏のサイレン
平木明日香
青春
戦地へ向かう1人の青年は、18歳の歳に空軍に入隊したばかりの若者だった。
彼には「夢」があった。
真夏のグラウンドに鳴いたサイレン。
飛行機雲の彼方に見た、青の群像。
空に飛び立った彼は、靄に沈む世界の岸辺で、1人の少女と出会う。
彼女は彼が出会うべき「運命の人」だった。
水平線の海の向こうに、「霧の世界」と呼ばれる場所がある。
未来と過去を結ぶその時空の揺らぎの彼方に、2人が見たものとは——?
女子高生のワタクシが、母になるまで。
あおみなみ
青春
優しくて、物知りで、頼れるカレシ求む!
「私は河野五月。高3で、好きな男性がいて、もう一押しでいい感じになれそう。
なのに、いいところでちょいちょい担任の桐本先生が絡んでくる。
桐本先生は常識人なので、生徒である私にちょっかいを出すとかじゃなくて、
こっちが勝手に意識しているだけではあるんだけれど…
桐本先生は私のこと、一体どう思っているんだろう?」
などと妄想する、少しいい気になっている女子高生のお話です。
タイトルは映画『6才のボクが、大人になるまで。』のもじり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる