真っ白な君は

紐下 育

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それから毎日、俺は沙羅の病室に通った。

偽善でもいいって言われて、自分の醜さをちょっとだけ受け入れて。
いや、受け入れたのかは自分でもわからない。開き直ってるだけなのかもしれない。
それでも、沙羅の病室は家にいるより居心地がよかった。

昔二人だけで遊んでた時の公園みたいに、この場所は秘密基地になっていた。
この場所が永遠に続くわけはない。それはわかっている。
沙羅が早く元気になって退院すれば、この病室は誰か別の人の空間になって、沙羅の色がなくなる。
それを願うべきだと、わかっている。

だけど、この居場所がなくなったら俺はどこにいけばいいのか。
就職するのか大学に行くのかもわからない。
この時期にこんなぼーっとしてたら、大学は受からないかもしれない。
そうしたら就職するのかな。
活字も読めないのに?日本で働けるのかな。

不安でいっぱいの俺は、この場所があの公園みたいに壊されるのは嫌だと思ってしまった。
ずっと続いてほしいと、心の中で静かに願った。



「ねぇ、建都。私、音楽が聴きたい。」

窓から入り込んでくる日差しが我が物顔で病室に侵入してきて沙羅を照らす、そんな
昼。沙羅が唐突に言った。

イヤホンを沙羅の耳に持っていくと、沙羅は目を細めて音楽を感じている。

「この曲がいい」って言われた通りに、俺がスマホを操作する。

最初はポップな曲にはまってた沙羅だけど、最近はどんどん間口が広くなってきている。
洋楽からJ₋popまで、バラードからロックまで、幅広い音楽で頭を満たす。

ふと、沙羅の頭の中を覗いてみたくなる。
言葉はわかるのに、文字があんまり読めない。
それっていったいどんな感覚なんだろう。

俺も子どもの時はそうだったのかな。
自分が子どものころ何を考えていたかなんて覚えてない。
それに、あの頃考えていたことは今の沙羅が考えていることよりも簡単なことだったと思う。

音楽を聞いて、沙羅の頭の中に浮かぶのはどういうものなんだろう。

「次はこの曲がいい。」

沙羅の目線である程度のことは理解できるようになったけど、沙羅についてのことは何もわからない。
理屈がわからないまま割り算の筆算をさせられている時みたいだ、と思う。
自分の見えている世界が本当なのかわからなくて、なんだか世界に置いてかれてる感覚。
でもきっと、沙羅もそうなんだろう。
この病室にいるとき、俺たちは平等に孤独だ。
二人とも孤独だから、孤独じゃない。
そんな時間がゆっくり流れるのを、ずっと眺めていたいと思った。
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