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「沙羅ちゃん、久しぶり。建都の父です。」
父さんが、やたらかしこまった態度で沙羅に挨拶している。
相変わらず沙羅は大きい黒目を全く動かさず、父さんの眼をじぃっと見つめる。
目に吸い込まれそうってこういうことを言うのか、と、どうでもいいことを考える。
「けんとの、お父さん。」
そう言った後、沙羅は首を俺の方に向けた。
「けんとより大きい。」
屈託のない沙羅の言葉に、父さんはふっと表情を緩めた。
前から思っていた。
沙羅には、人をひきつける力がある。
「これ、持ってきてみた。」
沙羅にイヤホンを差し出す。
病院までの道中にあるコンビニで買ったやつだから、そんなにいいやつではないんだけどね。
お小遣いで買うにはこれが限界だったから仕方ない。
「イヤホン?」
「うん。」
今度は俺の手の中にあるイヤホンを凝視する。
「今まで聴いてた曲とか、覚えてる?」
俺が問いかけると、沙羅はゆっくり目をつぶった。
三日間病院に通って、俺はここ最近の沙羅のしぐさをだいぶ理解できるようになったと思う。
これは、何かを思い出そうとしてる時のしぐさ。
手も足も動かせない沙羅だけど、眼球の動きとか、口元の動きにはいろんな感情が出る。
その目をつむった状態のままで、沙羅は言った。
「なーんにも、覚えてない。」
俺の視界の端の方で、穂乃果さんの顔色が曇る。
でも、俺にとっては想定内だ。
「俺が沙羅に教わった曲、今度は俺が教えるよ。」
「うん。」
俺のスマホにイヤホンをつないで、沙羅の耳にイヤホンをつける。
人の耳にイヤホンつけるのは意外と難しくて、苦戦してるところを穂乃果さんが助けてくれた。
「苦しくない?」
俺が聞くと、沙羅は真剣な顔でうなずいた。
ちょっと緊張してるかな。
「流すね。」
沙羅がもう一度うなずいたのを確認してから、曲を流した。
沙羅が好きだったアイドルの曲。
歌を完コピするだけじゃなくて、ダンスも覚えてた。
「ちょっと、覚えてる…かも。」
沙羅は、誰に言うでもなくつぶやいた。
ちょっとずつ、表情が和らいでいくのがわかった。
それから沙羅は、次から次へと曲を聴き漁った。
アイドルの曲も、流行りのJ-popも、沙羅は静かに聴いていた。
穂乃果さんが沙羅に聞こえないくらいの声量で、俺にささやく。
「建都君…。本当にありがとう。」
父さんも母さんも、俺の方にほほえんでくれた。
帰るころには、俺のスマホの充電は10%以下だったけど。
病院の面会時間を過ぎて、俺たちは病院の外に出た。
そこで、母さんが言う。
「ねぇ、穂乃果をうちに泊めてもいいかしら。」
「そんな、ご迷惑だからやめておくわよ。」
穂乃果さんはそう言ったけど、俺と父さんの気持ちは一緒だった。
「もちろんです、泊まって行ってください。」
父さんがそう言って、車のドアを開ける。
口には出さなかったけど、穂乃果さんの頬が濡れてるのがわかった。
父さんが運転で、俺は助手席に座る。
後部座席には穂乃果さんと母さん。
穂乃果さんは、ずっと俺に感謝を言っていた。
「毎日お見舞いに来てくれて、私も沙羅も本当に救われたわ。忙しいのに、ありがとうね。」
「そんな、俺にとっては、沙羅はただ一人と言ってもいい友達なので。」
いっぱいいるうちの一人じゃない。
沙羅は、ずっと俺の特別な存在だから。
「沙羅、ずっと友達が多い方だと思ってたんだけど、入院してからお見舞いに来てくれたお友達は建都君だけなの。だから本当にうれしくて…。」
また少し涙ぐむ穂乃果さんの背中を、母さんがさすっている。
初めて聞いた事実だった。
沙羅は友達がいっぱいいたはずなのに、どうして…。
「沙羅は、何もしなくてもみんなから好かれるタイプだった。話しかけやすいオーラがあるものね。でも、最近は一人でいたいことも多かったみたい。外から見たら友達に囲まれてるように見えたかもしれないけど、沙羅が小学校のころからずっと仲良くしてたのは建都君だけなの。」
いつも、沙羅は俺の悩みを聞いてくれるばっかりだった。
沙羅の悩みなんて、聞いたことなかった。
話、聞いてあげればよかったな。
今になって、後悔が募る。
「建都君と話す時の沙羅は、ずっと子どもの頃のまんまみたいに明るかった。いつも、建都君とはずっとつながったままでいたいって言ってたわ。」
さっきまで穂乃果さんを慰めていた俺の母さんも涙ぐみはじめた。
「俺も、沙羅とはずっとつながっていたいんです。俺にできることはなんでもやりたいし、これからも沙羅と話してたいです。」
リップサービスじゃなくて、本心からそう思う。
「そうだわ、建都。」
「ん?」
「沙羅ちゃんのリハビリ、手伝わせてもらったら?」
「え?」
「沙羅ちゃん、文字の読み書きを忘れちゃったって話したじゃない?これから、そのリハビリを進めることになったの。最初は負担がかからないように、ちょっとずつ。建都はせっかく勉強が得意なんだから、ちょっとでも沙羅ちゃんの役に立てるんじゃないかしら。」
「いや、でも…多分、そういうのってリハビリの先生がやるやつじゃないの?そんな素人の俺がやっていいのかな。」
「うーん、どうなのかしら。」
見切り発車で話していたらしく、母さんがどもる。
しばらくの静寂のあと、穂乃果さんが口を開いた。
「もし建都君が良いなら、明日お医者さんに聞いてみるわ。」
「じゃあ、聞いてもらってもいいですか…?さっきも言ったけど、本当に沙羅の役に立てることならなんでもしたいんです。」
自分の小説の題材にして、そのキャラクターを記憶喪失にさせてしまったから。
ちょっと罪悪感みたいなものがあるのかもしれない。
その罪悪感を沙羅の手伝いをすることによって埋めようとするのは、俺のエゴだ。
それはわかっているけど。
でも、沙羅のそばにいたいし、手伝わせてほしい。
わがままばっかりの幼馴染でごめんね、沙羅。
父さんが、やたらかしこまった態度で沙羅に挨拶している。
相変わらず沙羅は大きい黒目を全く動かさず、父さんの眼をじぃっと見つめる。
目に吸い込まれそうってこういうことを言うのか、と、どうでもいいことを考える。
「けんとの、お父さん。」
そう言った後、沙羅は首を俺の方に向けた。
「けんとより大きい。」
屈託のない沙羅の言葉に、父さんはふっと表情を緩めた。
前から思っていた。
沙羅には、人をひきつける力がある。
「これ、持ってきてみた。」
沙羅にイヤホンを差し出す。
病院までの道中にあるコンビニで買ったやつだから、そんなにいいやつではないんだけどね。
お小遣いで買うにはこれが限界だったから仕方ない。
「イヤホン?」
「うん。」
今度は俺の手の中にあるイヤホンを凝視する。
「今まで聴いてた曲とか、覚えてる?」
俺が問いかけると、沙羅はゆっくり目をつぶった。
三日間病院に通って、俺はここ最近の沙羅のしぐさをだいぶ理解できるようになったと思う。
これは、何かを思い出そうとしてる時のしぐさ。
手も足も動かせない沙羅だけど、眼球の動きとか、口元の動きにはいろんな感情が出る。
その目をつむった状態のままで、沙羅は言った。
「なーんにも、覚えてない。」
俺の視界の端の方で、穂乃果さんの顔色が曇る。
でも、俺にとっては想定内だ。
「俺が沙羅に教わった曲、今度は俺が教えるよ。」
「うん。」
俺のスマホにイヤホンをつないで、沙羅の耳にイヤホンをつける。
人の耳にイヤホンつけるのは意外と難しくて、苦戦してるところを穂乃果さんが助けてくれた。
「苦しくない?」
俺が聞くと、沙羅は真剣な顔でうなずいた。
ちょっと緊張してるかな。
「流すね。」
沙羅がもう一度うなずいたのを確認してから、曲を流した。
沙羅が好きだったアイドルの曲。
歌を完コピするだけじゃなくて、ダンスも覚えてた。
「ちょっと、覚えてる…かも。」
沙羅は、誰に言うでもなくつぶやいた。
ちょっとずつ、表情が和らいでいくのがわかった。
それから沙羅は、次から次へと曲を聴き漁った。
アイドルの曲も、流行りのJ-popも、沙羅は静かに聴いていた。
穂乃果さんが沙羅に聞こえないくらいの声量で、俺にささやく。
「建都君…。本当にありがとう。」
父さんも母さんも、俺の方にほほえんでくれた。
帰るころには、俺のスマホの充電は10%以下だったけど。
病院の面会時間を過ぎて、俺たちは病院の外に出た。
そこで、母さんが言う。
「ねぇ、穂乃果をうちに泊めてもいいかしら。」
「そんな、ご迷惑だからやめておくわよ。」
穂乃果さんはそう言ったけど、俺と父さんの気持ちは一緒だった。
「もちろんです、泊まって行ってください。」
父さんがそう言って、車のドアを開ける。
口には出さなかったけど、穂乃果さんの頬が濡れてるのがわかった。
父さんが運転で、俺は助手席に座る。
後部座席には穂乃果さんと母さん。
穂乃果さんは、ずっと俺に感謝を言っていた。
「毎日お見舞いに来てくれて、私も沙羅も本当に救われたわ。忙しいのに、ありがとうね。」
「そんな、俺にとっては、沙羅はただ一人と言ってもいい友達なので。」
いっぱいいるうちの一人じゃない。
沙羅は、ずっと俺の特別な存在だから。
「沙羅、ずっと友達が多い方だと思ってたんだけど、入院してからお見舞いに来てくれたお友達は建都君だけなの。だから本当にうれしくて…。」
また少し涙ぐむ穂乃果さんの背中を、母さんがさすっている。
初めて聞いた事実だった。
沙羅は友達がいっぱいいたはずなのに、どうして…。
「沙羅は、何もしなくてもみんなから好かれるタイプだった。話しかけやすいオーラがあるものね。でも、最近は一人でいたいことも多かったみたい。外から見たら友達に囲まれてるように見えたかもしれないけど、沙羅が小学校のころからずっと仲良くしてたのは建都君だけなの。」
いつも、沙羅は俺の悩みを聞いてくれるばっかりだった。
沙羅の悩みなんて、聞いたことなかった。
話、聞いてあげればよかったな。
今になって、後悔が募る。
「建都君と話す時の沙羅は、ずっと子どもの頃のまんまみたいに明るかった。いつも、建都君とはずっとつながったままでいたいって言ってたわ。」
さっきまで穂乃果さんを慰めていた俺の母さんも涙ぐみはじめた。
「俺も、沙羅とはずっとつながっていたいんです。俺にできることはなんでもやりたいし、これからも沙羅と話してたいです。」
リップサービスじゃなくて、本心からそう思う。
「そうだわ、建都。」
「ん?」
「沙羅ちゃんのリハビリ、手伝わせてもらったら?」
「え?」
「沙羅ちゃん、文字の読み書きを忘れちゃったって話したじゃない?これから、そのリハビリを進めることになったの。最初は負担がかからないように、ちょっとずつ。建都はせっかく勉強が得意なんだから、ちょっとでも沙羅ちゃんの役に立てるんじゃないかしら。」
「いや、でも…多分、そういうのってリハビリの先生がやるやつじゃないの?そんな素人の俺がやっていいのかな。」
「うーん、どうなのかしら。」
見切り発車で話していたらしく、母さんがどもる。
しばらくの静寂のあと、穂乃果さんが口を開いた。
「もし建都君が良いなら、明日お医者さんに聞いてみるわ。」
「じゃあ、聞いてもらってもいいですか…?さっきも言ったけど、本当に沙羅の役に立てることならなんでもしたいんです。」
自分の小説の題材にして、そのキャラクターを記憶喪失にさせてしまったから。
ちょっと罪悪感みたいなものがあるのかもしれない。
その罪悪感を沙羅の手伝いをすることによって埋めようとするのは、俺のエゴだ。
それはわかっているけど。
でも、沙羅のそばにいたいし、手伝わせてほしい。
わがままばっかりの幼馴染でごめんね、沙羅。
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