青春なんて要らないのに

紐下 育

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October

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大学に着いた頃には、というかその前からすでに、俺はもう疲れ切っていた。
広瀬とひやっとする会話をしていたっていうのもあるし、満員電車も普通に疲れた。
最近やっと汗をかかずに過ごせる季節になったっていうのに、満員電車の中は湿度がすごくて気持ち悪くて…。
はぁぁ、快適な車移動が恋しい…。
広瀬に半分寄りかかるようにしながら講義棟に向かっていると、LINEが届いた。
先生からだ。

「電車お疲れ様。どうだった?」

ちらっと通知を確認したけど、広瀬と話してる途中だったっていうのもあって、おもむろにスマホを取り出すのは憚られた。
そうしてるうちにも、先生からの通知はたまっていく。

「嫌な目にあったりとか、しなかった?」
「疲れなかった?」
「帰りは一緒に帰る?」
「広瀬君とちゃんと行けたのかな?」

バイブレーションモードにしてるから、広瀬に音は届いてないみたいだ。
あああ、くすぐったい。先生なりに線引きをしてるのか、仕事中、つまり俺にとっての授業中に連絡が来ることはないんだけど。
ちょっとごめんね、って広瀬に断って、スマホを確認する。

うーん。既読を付けたはいいものの、なんて返信しようか迷う。
疲れてはいるから、「大丈夫です!元気です!」みたいに返信するのはちょっと違う。
だけど、今日で電車通学をやめて、また車通学をするのはちょっと…なんというか、弱っちく思われそうで嫌だ。よって、べらべら弱音を吐くのも、違う気がする。

「どうした?」
俺の指が迷っているのを見てか、広瀬が不思議そうな顔をしてる。
こういう時、勝手にスマホ覗き込んできたりしないのが広瀬のいいところだ。ちょっとからかってくる時はあるにしても。

「…ちょっと、同居人がね。」

こんな急に嘘をこしらえることもできず、素直に話してみることにした。

「あぁ、満員電車どうだった?って?」
「うん。」
「同居人さんの気持ちもわかるな~。痴漢とかナンパとかも心配だろうし。」
「そうなの…かな。」

広瀬が同居人、すなわち先生の気持ちに共感したのは結構意外だった。
まあ、過保護な先生のことだから、どこまで心配してるのかは俺にもわからない。

「初めての電車だから疲れてないってことはないと思うけど、とりあえず無事到着した旨を伝えておけば安心はしてくれるんじゃない?」

意外とまっとうなアドバイスくれるじゃん。

「ありがとう、そうするわ。」

とりあえず返信をし終わって、適当な席についた。
まだ一回目の授業ってこともあってか、開始10分前なのに教室はいつもより混み合ってる。
みんなやる気があるんだな、初めのうちは。
だんだん、大学生の気持ちのペースというか、感情の波がわかってきた。
それはつまり、相手の行動を予測できるようになったってことで、俺にとってはかなり大きな成果だ。余計なことに巻き込まれるリスクを減らせるし、仲のいい友達の気持ちを汲み取ることもできる。

広瀬が横に座ってくれて、ちょっと安心。
横に誰が来るかわかんない状況だと、気が抜けないんだよな。
話しかけられたら答えなきゃいけないし。
その点、広瀬がいれば広瀬と話してればいいから、気まずさがない。

「初めて大学の成績もらったけど、GPAとか何が平均だかよくわかんないよな。」
「あーわかる。とりあえずSとかAとかもらってれば安心なのかなって思ってはいるけど。」
「え、永瀬Sの科目あったの!?俺一個もない。」
「ははっ、興味ある科目だけね。結構頑張れたかも。」
「すげぇ…平均とかよくわかんないけど、永瀬のGPAは絶対平均より上だ。」
「そんなのわかんないよ。俺だってできなかった科目もあるし。」
「それはみんなそうだよな。ちょっと安心したわ。多分みんなそうだから、後期は頑張ろうって気合い入れて出席してるんだと思う。」
「間違いない。」

広瀬は俺に気を遣ってなのか、あんまり俗っぽい話題を俺に振ってきたりしない。
ゲームの話とか、テレビに出てる芸能人の話とか。
そういうのに俺が詳しくないってことをわかってくれて、あえて成績の話とかを振ってくれてるのかもしれない。
よくできたやつだ。こういうやつこそ、真に女性に必要とされるべき男なんじゃないのか。
話を聞いた限り彼女はいないらしいけど、世の女子たちは何をやってるんだろうか。

そんなことをぼんやり思いながら、授業の開始を待った。
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