青春なんて要らないのに

紐下 育

文字の大きさ
上 下
76 / 108
September

先生の独り言(通話編)

しおりを挟む
「お兄さん、急でごめんなさい。今日、帰省してもいいですか?」

妹から連絡が来たのは、窓からの日差しがまぶしい昼頃だった。
僕が講師を務める講演会の打ち合わせをしていて、ちょうど昼休憩になった時。
コンビニで適当に買った総菜を口に運びながら返信する。

「別に大丈夫だけど…両親はいないよ?」
「大丈夫です。今、わけあって日本に帰ってきているのですが、泊まる場所を探すのは面倒で。」

妹は大学在学中に起業し、今は日本を離れて外国でビジネスを経営している。
この時期に日本に帰ってくるの、珍しいな…なんて思いながら、二つ返事で承諾した。僕にとってここが実家なように彼女にとってもここは実家だし、断る理由なんてない。

「りょーかい。いいよ~」

敬語でLINEが来ると、どうしてもゆうを思い出す。
昨日も一昨日も、連絡とらなかったな。今日あたり電話してみようかな。
妹から「18時頃行きます。」っていう連絡が入る。
そうか、僕より先に妹が帰るのか。
誰かがいる家に帰るのなんて久しぶりだ、と思うとちょっとだけ嬉しくなる。
ゆうのおかげで僕は、寂しがり屋になってしまったみたいだ。

「それでは講演は以上になります。この後は20時まで、会食のお時間です。」

司会がそうアナウンスして、肩の力がどっと抜ける。
この後の会食も少しは憂鬱だけれど、講演で多くの大人から品定めされるような視線を一手にあびるよりはましだ。

「疲れた…。」

一度控え室に戻って休憩する。
妹は無事に家に到着したらしい。

控え室の外に一歩でも出ると、騒がしい音が聞こえてくる。
みんなスーツを着ていたり、ドレスを着ていたり。
大人たちがやるパーティーみたいな雰囲気はどうも性に合わない。
とりあえず夕食分くらいの食料を口に取り込んで、早めに帰ることにした。

家に帰ると、妹がリビングでパソコンをいじっていた。
相変わらず集中した顔の気迫が…すごい。
妹は昔から真面目で、勉強、仕事に対しての熱量がいつも高かった。
今もきっとそうなんだろう。

「おかえりなさい。」
「ただいま。」
「ご飯は食べてきたんですか?」
「うん。講演会と会食があったから、そこで食べてきちゃった。」
「実は私、まだ食べてなくて…。台所、借りてもいいですか?」
「あ、うん。もちろん。」

キッチンに行った妹をぼーっと見ていて、僕は気づいた。
もともと妹の部屋だった客間は、今はゆうの部屋になっている。
さすがに、ゆうに何の許可もなく、というか許可を取ったとしても、知らない人に足を踏み入れさせるわけにはいかない。
妹も、急に男子大学生の部屋に入れられるのは嫌だろうし…。

「前君が使ってた部屋、今実はちょっと入れなくなってるんだ…。ちょっと別の客間で眠れるように片付けてくる。」

僕が研究室みたいにして使っている部屋。
論文をいったん全部俺の部屋にうつして、掃除機をかける。
布団を敷いて、一応妹が使えるくらいにはなったはずだ。
逆に僕の部屋の足の踏み場がなくなったけど…。別に今日くらい、ソファーで眠っても大丈夫なはず。

「あの奥の部屋、使えるようにしておいたから眠るときとかはそこ使って。」
「わかりました。ありがとうございます。」

疲れた…癒しが欲しくてゆうにLINEをしたのが間違いだった。
広瀬君とカフェ巡り!?そんなこと、僕ともやったことないのに。
いてもいられなくなって、通話を取り付けてしまった。

やっぱり、ゆうと話している時間は至福だった。
ゆうの方は眠そうだったけれど、不機嫌になるでもなくただとろとろとした声で終始穏やかに相槌を打って、僕の話を聞いてくれた。
この時間だけは間違いなく、ゆうが僕だけのものになる。
ゆうが、僕のためにわざわざ時間を取ってくれている。
その事実にたまらなく安心して、僕はそのままソファーの上で眠りに落ちた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

反抗期真っ只中のヤンキー中学生君が、トイレのない課外授業でお漏らしするよ

こじらせた処女
BL
 3時間目のホームルームが学校外だということを聞いていなかった矢場健。2時間目の数学の延長で休み時間も爆睡をかまし、終わり側担任の斉藤に叩き起こされる形で公園に連れてこられてしまう。トイレに行きたかった(それもかなり)彼は、バックれるフリをして案内板に行き、トイレの場所を探すも、見つからず…?

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

咳が苦しくておしっこが言えなかった同居人

こじらせた処女
BL
 過労が祟った菖(あやめ)は、風邪をひいてしまった。症状の中で咳が最もひどく、夜も寝苦しくて起きてしまうほど。 それなのに、元々がリモートワークだったこともあってか、休むことはせず、ベッドの上でパソコンを叩いていた。それに怒った同居人の楓(かえで)はその日一日有給を取り、菖を監視する。咳が止まらない菖にホットレモンを作ったり、背中をさすったりと献身的な世話のお陰で一度長い眠りにつくことができた。 しかし、1時間ほどで目を覚ましてしまう。それは水分をたくさんとったことによる尿意なのだが、咳のせいでなかなか言うことが出来ず、限界に近づいていき…?

おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話

こじらせた処女
BL
 網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。  ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

処理中です...