青春なんて要らないのに

紐下 育

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September

63

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明日仕事があるということでさすがに泊まるわけにはいかず、先生は後ろ髪を引かれるように帰っていった。

それを家族全員で見送ったあと。
俺は気が抜けて、今日は早く寝ようと思ったのに。
自分の部屋に戻ろうとしたところで、妹とばったり会った。
でかくなった気がする。中学三年生でまだ身長伸びてるのかな。

「お兄ちゃん、あの先生のことどう思ってんの?」

妹よ。俺がずっと避け続けてきた疑問を素手で触るなよ。
思春期特有の語尾の手触りに、真面目にダメージを受ける。
俺がずっと黙ってるからか、妹はさらに詰めてくる。

「先生の方も先生の方でだいぶお兄ちゃんのこと気に入ってたみたいだけど?」

「…そりゃ、親がいるんだから方便の一つや二つあるだろ。」
「じゃあ親がいない時はどうなの?親がいなかったら対応違うの?」
「そんなことはないけど…。」

先生はそんな、人によって露骨に態度を変えるような人じゃない、妹に向かってそう言ってしまった後で、俺は完全に論破されてることを悟った。
ため息をついた妹は、俺の方をじっと見つめてくる。

「ぶっちゃけるけど。」

やめてくれ、これ以上は俺の心臓が持たない。
そう言いたかったけど、その前に妹は言い切った。

「あの先生、お兄ちゃんのこと好きだと思う。恋愛的な意味で。」
「…。」
「帰るときあの先生が言ったこと、覚えてる?『じゃあね、帰ってきたらまたお話聞かせてね』って。」
「…うん。」

それがどうかしたのか。
先生は割と日常的にそういうことを言うから、特になにも気にしてなかったんだけど。

「お話聞かせてって口実で、『帰ってきてね』っていうメッセージを強めてるの。わかる?」
「…どういうこと?」
「ただ帰ってきてねって言うだけより、帰ってきたらまたお話聞かせてって言う方が説得力っていうか、強制力が増すでしょ。」
「はぁ…。」

なんというか…。妹の知識量、すごい。すごいのレベル越して怖いまである。

「まぁいいんじゃない?大学の先生と生徒が恋愛するのはシステム的にどうなのか私はよくわかんないけどさ。イケメンだし。」

忘れてた。こいつ、面食いだった。

「いくら面食いでも、さすがに兄のこと好きな人を奪ったりはしないから安心して。今は私も女子高でモテてるから、男がいなくても全然気にならないし。」

偏見だけど、うちの妹が女子にモテてるっていうのは納得できる。
俺と一緒で童顔だけど、おしゃれだし、さっぱりしてるし、ツンってしてるのが癖だって人も割と多そうだし。

「お兄ちゃんもわかってるんでしょ?自分の気持ちから逃げないで、ちゃんと向き合った方がいいよ。」

ポンっと俺の背中をたたいて、妹は風呂に向かっていった。

「嵐みたいだったな…。」

後ろ姿を眺めながら、俺は妹の成長に慄いていた。
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