青春なんて要らないのに

紐下 育

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May

先生の独り言(学会編)

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木曜日、ゆうから言われた言葉が嬉しすぎて、時々思い出してはにやついてしまう。
学会中の今でさえ。

「あの、俺、先生と一緒に住まわせてもらいたいです」

あぶないあぶない。マスクしていてよかった。

「若狭先生でしょうか?私志島大学で研究しております…」

学会が始まる直前、隣の席の研究者が話しかけてきた。こういうことはよくある。学会の目的は論文の発表より、他の研究者とのコミュニケーションにあるから。こうやって人脈を広げておけば、大規模な研究を企画した時に協力者を募りやすい。さらに、まだ公開されていない研究の結果を聞くことができれば、それは重要な情報源にもなり得る。

今回隣に座った研究者、佐藤さんは、僕と同じく大学で教鞭をとっている研究者だった。

「いやぁ、びっくりしました。こんなお若いのに教授になられるなんて。もっとも、あの論文を拝読して納得しましたが。」
「この年になると、学生との会話もなかなか難しくてですね…。若者の気持ちが年々わからなくなっていくもので。若狭先生はさぞかし人気なんでしょうなぁ。」

研究者は、大学に所属している場合と、企業に所属している場合がある。大学に籍だけを置き、実際は研究所で研究をしているというタイプの先生もいるが、大きく分ければ学会にくる研究者はこの二つのパターンのいずれかだ。そして、このように大学所属の研究者が学会で集まると、研究の話だけでなく学生との関わりについての話もよく交わされる。

「いやいや、私はまだまだ未熟ですから。そんな、人気なんて恐れ多いです。」
「そんな、ご謙遜なさらず。」

実際、僕の大学の教授陣は教育者として優れた人が多い。
建前ではなく、本心だ。
そんな話をしているうちに、大学所属の研究者が集まってきた。

「お、若狭先生、佐藤先生じゃないですか!お久しぶりです」

今来たのは、結城先生。日本トップの大学で准教授を務めている。
このようにして偶然にも、4~5人大学教授が集まった。

「私としてもやる気のある学生をどんどん育成していきたいのですがね…。どうにも、大卒の肩書を目的に入学している学生が多くて、少し寂しいですなぁ。若狭先生のところはどうですか?」

こう聞かれて、真っ先に思い浮かぶのは、やはりゆうのことだ。恋愛感情を抜きにしても、彼の能力と研究に対する姿勢は研究者に勝るとも劣らないと思う。

「そうですね…。僕のところは幸い、素敵な学生がいますね。彼が研究の道を選んだら、この分野はもっと盛り上がりそうだと思うような、そんな学生です。」

「ほぉ…やはり目の寄る所へは玉も寄る、ですね。素晴らしい。若狭先生がそんなにおっしゃるような学生さんでしたら、ぜひお会いしてみたいです」

えー…。
さんざんゆうのことを称えたくせに、ここにきて嫉妬心が芽生えた。
あのゆうが選んでくれたのは、僕のいる大学なんだもん。僕の研究のために、僕に会いに、ゆうは来てくれたのだ。こんな有能な学生で、僕の天使でもあるゆうを、他の人に見せたくない。いや、こんな嫉妬心で彼のキャリアを狭めるわけにはいかないのだけれど。葛藤がある。

ゆうは、学部一年生が学会に行くなんて、としり込みしていたが、学会という場所は、実際は誰でも行くことができる。ゆうのように能力があってかつ意欲的な人材なら、年齢にかかわらずどこへ行っても歓迎されるだろう。

「はは、本人にも伝えておきますね」

乾いた笑いで、その場はなんとか誤魔化した。

…帰宅しても、僕はそれをなかなかゆうに言い出すことができなかった。
僕の土産話に食いつくゆうを見て、嫉妬してしまったから。関心の幅が広いのは、学生にとってはとてもいいことだ。僕は学生時代そういわれてきたし、実際、隣接学問からインスピレーションを得て研究することもある。
でも、ゆうのこのきらきらの眼が他の人の研究に向くと考えると、悲しくなってしまう。よくないことはわかっているのに。

僕ももっと研究を頑張ろう。僕しか目に入らないくらいにしないと。
僕のゆうが、誰かにとられるかもしれない。
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