上 下
35 / 37

三十五話 秘密の話

しおりを挟む
その日の夕方、バルハルトが帰宅するとちょうどハンスが館から出ていくところだった。

「クルトに何もしてないよな?」

「するわけないだろ!!」

それを聞くとバルハルトはやや安心したような顔をした。
その彼の表情を見てハンスは心を決めると、自分の横を通り過ぎようとするバルハルトの腕を掴んだ。

「なんだ?」

「今時間あるか?」

「あるが一体何の用だ?」

バルハルトにそう聞かれたハンスはごくりと唾を飲み込むと、やや震える声で話した。

「ここでは話せない。どこか別のところでなら話せる。できれば周りに聞かれないようなところで」

ハンスの言葉にバルハルトは少し眉を顰めたが、しばし考え込んだ後、彼の提案に従ってみることにした。

(もしこちらに手を出してきたら殺せばいいだけだ)







二人は街の酒場に行き、店の隅の席に座った。仕事終わりに様々な者たちが集い、酒を飲んでは陽気に歌い騒いでいる。



「それで何か話したいことがあるようだが、何だ?」


「あんたはクルト殿についてどこまで知ってるんだ?」


「彼が元神官だったことくらいだ。それ以外は全く知らない。彼はどうやら忘れてしまったようだ。思い出したくはないんだろう」

バルハルトの言葉にハンスは渋い顔をした。彼と一緒に暮らしているのに、過去をほとんど知らないとはバルハルトとクルトはコミュニケーションを取れているのだろうか。


酒場の者を呼び寄せて軽食と酒を手早く頼んだのち、あっさりとそう言ったバルハルトにハンスは呆れたような表情を浮かべた。


「お前はどこまで知っているんだ?全て話せ」

「もとから全て話すつもりだよ。クルト殿は四ヶ月前にマクシミリアンの子を産んだらしい」

「四ヶ月前だとっ?!」

ちょうど運ばれてきた酒を口に含んだバルハルトは驚きのあまり酒を噴き出しそうになり、しばらくゴホゴホと咽せていた。ハンスは黙ってナプキンを渡してやり、バルハルトは咽せながらもそれで口元を拭った。


「それでその子どもは今どうしてるんだ?」

「産まれて数日後には亡くなってしまったらしい。それがきっかけで後継ぎが産めなかったクルト殿は神殿を追い出されてしまったとか」

想像していた以上に衝撃的な内容だったからだろう、明らかに落ち着きを失っていた。


「四ヶ月前なんて……それを知っていたら彼を働かせることなんてしなかった。それに神殿の方も随分と冷たい対応だな。マクシミリアンは何も言わなかったのか?」


ハンスはその疑問に肩をすくめた。一応神殿の護衛から話を聞いたが何故かマクシミリアンについてはほとんど話が出てこない。まるでそこだけ話ではいけないとでも言われているのかというほどだった。

「まああのクルトをクビにした時点で物事を見分ける能力がないといっても問題ないほどだ。私があいつの立場だったら絶対にクルトを手放したりはしないのに」


薄ら悔しそうな表情を浮かべているバルハルトに、ハンスはふととあることを訊きたい衝動に駆られた。

「あんたはクルト殿のことをどう思ってんだ?好きなのか?」

ハンスがそう尋ねた瞬間、バルハルトは図星を突かれたような、やや気まずそうな表情を浮かべた。
これ以上追及しようか迷っていると、バルハルトはもごもごと口を動かした。

「……..別に彼とどうこうしよう、というつもりはない。ただそばにいたいだけだ」


(こいつは十代の少年のような純情さを持っているんだな。なんだこの状況は!)


呆れたような表情のハンスを見てバルハルトは首を縮めると、言い訳がましく話し始めた。

「クルトはもしかしたらまだマクシミリアンのことが好きかもしれないだろう。そんなところに私がしゃしゃりでることなど……」


普段の勢いなど消え失せた、どうにもこうにも威厳に欠けるバルハルトにハンスは苦笑を浮かべることしかなかった。

「私はクルトがただ心穏やかに暮らせればそれで満足だ。そのためには神殿の動きを探って情報を得る必要がある。
だからお前にも協力して欲しい。まだ神殿との繋がりがあるだろう?だからお前は表向きアーバンライト家に入り込んで、私の動向を探るということにしておいて欲しい」

「要するに二重スパイになれということだな」


ハンスの言葉にバルハルトは軽く頷くと、報酬などの話に移っていった。お前の望む額を渡そう、とさらりという彼にハンスは若干引いてしまった。
彼はクルトのこととなるとだいぶ頭のネジが飛んでしまうらしい。


「……..別に手当てをもらってるからこれ以上はいらない。
ただ教えて欲しいんだ。なんであんたはそこまでクルト殿にぞっこんなんだ?」


バルハルトは少し首を傾げ、考えるような素振りを見せた後、少し笑って答えた。


「だって可愛いだろう、クルトは」

お前もそう思うだろう、と言わんばかりのバルハルトにハンスは曖昧な表情を浮かべることしかできなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。

とうふ
BL
題名そのままです。 クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

処理中です...