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三十五話 秘密の話
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その日の夕方、バルハルトが帰宅するとちょうどハンスが館から出ていくところだった。
「クルトに何もしてないよな?」
「するわけないだろ!!」
それを聞くとバルハルトはやや安心したような顔をした。
その彼の表情を見てハンスは心を決めると、自分の横を通り過ぎようとするバルハルトの腕を掴んだ。
「なんだ?」
「今時間あるか?」
「あるが一体何の用だ?」
バルハルトにそう聞かれたハンスはごくりと唾を飲み込むと、やや震える声で話した。
「ここでは話せない。どこか別のところでなら話せる。できれば周りに聞かれないようなところで」
ハンスの言葉にバルハルトは少し眉を顰めたが、しばし考え込んだ後、彼の提案に従ってみることにした。
(もしこちらに手を出してきたら殺せばいいだけだ)
二人は街の酒場に行き、店の隅の席に座った。仕事終わりに様々な者たちが集い、酒を飲んでは陽気に歌い騒いでいる。
「それで何か話したいことがあるようだが、何だ?」
「あんたはクルト殿についてどこまで知ってるんだ?」
「彼が元神官だったことくらいだ。それ以外は全く知らない。彼はどうやら忘れてしまったようだ。思い出したくはないんだろう」
バルハルトの言葉にハンスは渋い顔をした。彼と一緒に暮らしているのに、過去をほとんど知らないとはバルハルトとクルトはコミュニケーションを取れているのだろうか。
酒場の者を呼び寄せて軽食と酒を手早く頼んだのち、あっさりとそう言ったバルハルトにハンスは呆れたような表情を浮かべた。
「お前はどこまで知っているんだ?全て話せ」
「もとから全て話すつもりだよ。クルト殿は四ヶ月前にマクシミリアンの子を産んだらしい」
「四ヶ月前だとっ?!」
ちょうど運ばれてきた酒を口に含んだバルハルトは驚きのあまり酒を噴き出しそうになり、しばらくゴホゴホと咽せていた。ハンスは黙ってナプキンを渡してやり、バルハルトは咽せながらもそれで口元を拭った。
「それでその子どもは今どうしてるんだ?」
「産まれて数日後には亡くなってしまったらしい。それがきっかけで後継ぎが産めなかったクルト殿は神殿を追い出されてしまったとか」
想像していた以上に衝撃的な内容だったからだろう、明らかに落ち着きを失っていた。
「四ヶ月前なんて……それを知っていたら彼を働かせることなんてしなかった。それに神殿の方も随分と冷たい対応だな。マクシミリアンは何も言わなかったのか?」
ハンスはその疑問に肩をすくめた。一応神殿の護衛から話を聞いたが何故かマクシミリアンについてはほとんど話が出てこない。まるでそこだけ話ではいけないとでも言われているのかというほどだった。
「まああのクルトをクビにした時点で物事を見分ける能力がないといっても問題ないほどだ。私があいつの立場だったら絶対にクルトを手放したりはしないのに」
薄ら悔しそうな表情を浮かべているバルハルトに、ハンスはふととあることを訊きたい衝動に駆られた。
「あんたはクルト殿のことをどう思ってんだ?好きなのか?」
ハンスがそう尋ねた瞬間、バルハルトは図星を突かれたような、やや気まずそうな表情を浮かべた。
これ以上追及しようか迷っていると、バルハルトはもごもごと口を動かした。
「……..別に彼とどうこうしよう、というつもりはない。ただそばにいたいだけだ」
(こいつは十代の少年のような純情さを持っているんだな。なんだこの状況は!)
呆れたような表情のハンスを見てバルハルトは首を縮めると、言い訳がましく話し始めた。
「クルトはもしかしたらまだマクシミリアンのことが好きかもしれないだろう。そんなところに私がしゃしゃりでることなど……」
普段の勢いなど消え失せた、どうにもこうにも威厳に欠けるバルハルトにハンスは苦笑を浮かべることしかなかった。
「私はクルトがただ心穏やかに暮らせればそれで満足だ。そのためには神殿の動きを探って情報を得る必要がある。
だからお前にも協力して欲しい。まだ神殿との繋がりがあるだろう?だからお前は表向きアーバンライト家に入り込んで、私の動向を探るということにしておいて欲しい」
「要するに二重スパイになれということだな」
ハンスの言葉にバルハルトは軽く頷くと、報酬などの話に移っていった。お前の望む額を渡そう、とさらりという彼にハンスは若干引いてしまった。
彼はクルトのこととなるとだいぶ頭のネジが飛んでしまうらしい。
「……..別に手当てをもらってるからこれ以上はいらない。
ただ教えて欲しいんだ。なんであんたはそこまでクルト殿にぞっこんなんだ?」
バルハルトは少し首を傾げ、考えるような素振りを見せた後、少し笑って答えた。
「だって可愛いだろう、クルトは」
お前もそう思うだろう、と言わんばかりのバルハルトにハンスは曖昧な表情を浮かべることしかできなかった。
「クルトに何もしてないよな?」
「するわけないだろ!!」
それを聞くとバルハルトはやや安心したような顔をした。
その彼の表情を見てハンスは心を決めると、自分の横を通り過ぎようとするバルハルトの腕を掴んだ。
「なんだ?」
「今時間あるか?」
「あるが一体何の用だ?」
バルハルトにそう聞かれたハンスはごくりと唾を飲み込むと、やや震える声で話した。
「ここでは話せない。どこか別のところでなら話せる。できれば周りに聞かれないようなところで」
ハンスの言葉にバルハルトは少し眉を顰めたが、しばし考え込んだ後、彼の提案に従ってみることにした。
(もしこちらに手を出してきたら殺せばいいだけだ)
二人は街の酒場に行き、店の隅の席に座った。仕事終わりに様々な者たちが集い、酒を飲んでは陽気に歌い騒いでいる。
「それで何か話したいことがあるようだが、何だ?」
「あんたはクルト殿についてどこまで知ってるんだ?」
「彼が元神官だったことくらいだ。それ以外は全く知らない。彼はどうやら忘れてしまったようだ。思い出したくはないんだろう」
バルハルトの言葉にハンスは渋い顔をした。彼と一緒に暮らしているのに、過去をほとんど知らないとはバルハルトとクルトはコミュニケーションを取れているのだろうか。
酒場の者を呼び寄せて軽食と酒を手早く頼んだのち、あっさりとそう言ったバルハルトにハンスは呆れたような表情を浮かべた。
「お前はどこまで知っているんだ?全て話せ」
「もとから全て話すつもりだよ。クルト殿は四ヶ月前にマクシミリアンの子を産んだらしい」
「四ヶ月前だとっ?!」
ちょうど運ばれてきた酒を口に含んだバルハルトは驚きのあまり酒を噴き出しそうになり、しばらくゴホゴホと咽せていた。ハンスは黙ってナプキンを渡してやり、バルハルトは咽せながらもそれで口元を拭った。
「それでその子どもは今どうしてるんだ?」
「産まれて数日後には亡くなってしまったらしい。それがきっかけで後継ぎが産めなかったクルト殿は神殿を追い出されてしまったとか」
想像していた以上に衝撃的な内容だったからだろう、明らかに落ち着きを失っていた。
「四ヶ月前なんて……それを知っていたら彼を働かせることなんてしなかった。それに神殿の方も随分と冷たい対応だな。マクシミリアンは何も言わなかったのか?」
ハンスはその疑問に肩をすくめた。一応神殿の護衛から話を聞いたが何故かマクシミリアンについてはほとんど話が出てこない。まるでそこだけ話ではいけないとでも言われているのかというほどだった。
「まああのクルトをクビにした時点で物事を見分ける能力がないといっても問題ないほどだ。私があいつの立場だったら絶対にクルトを手放したりはしないのに」
薄ら悔しそうな表情を浮かべているバルハルトに、ハンスはふととあることを訊きたい衝動に駆られた。
「あんたはクルト殿のことをどう思ってんだ?好きなのか?」
ハンスがそう尋ねた瞬間、バルハルトは図星を突かれたような、やや気まずそうな表情を浮かべた。
これ以上追及しようか迷っていると、バルハルトはもごもごと口を動かした。
「……..別に彼とどうこうしよう、というつもりはない。ただそばにいたいだけだ」
(こいつは十代の少年のような純情さを持っているんだな。なんだこの状況は!)
呆れたような表情のハンスを見てバルハルトは首を縮めると、言い訳がましく話し始めた。
「クルトはもしかしたらまだマクシミリアンのことが好きかもしれないだろう。そんなところに私がしゃしゃりでることなど……」
普段の勢いなど消え失せた、どうにもこうにも威厳に欠けるバルハルトにハンスは苦笑を浮かべることしかなかった。
「私はクルトがただ心穏やかに暮らせればそれで満足だ。そのためには神殿の動きを探って情報を得る必要がある。
だからお前にも協力して欲しい。まだ神殿との繋がりがあるだろう?だからお前は表向きアーバンライト家に入り込んで、私の動向を探るということにしておいて欲しい」
「要するに二重スパイになれということだな」
ハンスの言葉にバルハルトは軽く頷くと、報酬などの話に移っていった。お前の望む額を渡そう、とさらりという彼にハンスは若干引いてしまった。
彼はクルトのこととなるとだいぶ頭のネジが飛んでしまうらしい。
「……..別に手当てをもらってるからこれ以上はいらない。
ただ教えて欲しいんだ。なんであんたはそこまでクルト殿にぞっこんなんだ?」
バルハルトは少し首を傾げ、考えるような素振りを見せた後、少し笑って答えた。
「だって可愛いだろう、クルトは」
お前もそう思うだろう、と言わんばかりのバルハルトにハンスは曖昧な表情を浮かべることしかできなかった。
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