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二十四話 葛藤
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次の日の朝、クルトはぼんやりとしたまま朝食を口に運んでいた。
普段は一緒にバルハルトと食事をしているが、彼はどうやら仕事が忙しいらしく、今日はいつもより早く出かけて行った。
(今日はそれがありがたく感じるなあ)
昨日の外出は楽しかったはずのものが一転して、自分の知られたくない過去がバルハルトにも伝わってしまった。
思い出すたびにクルトはやり切れない気持ちになり、大きなため息を吐いた。
「気晴らしにまたどこかに出かけようかな」
呟きながら窓の外を眺めれば、青空が広がっているのが見えた。暖かな日の光が降り注ぐ中、散歩するのはきっと気持ちいいだろう。
料理を食べながらクルトは散歩することを決めると、食後にはすぐに服を着替え外出の準備をした。
館の玄関の扉を開ければ、秋にしては暖かな風が吹き込んできて、クルトの気持ちはぱっと明るくなった。
「今日は昨日にも増して本当にいい天気だ」
思わず呟きながら外に出て、庭を通り門を潜ろうとした時。
「申し訳ありませんが、バルハルト様が不在の際は館の中で過ごしていただくことになっております」
不意に誰かに肩を叩かれ、そのようなことを言われたクルトは若干苛つきながら振り返った。
目の前に立つ男は見たことがない者で、クルトは眉根を寄せた。
周りを見渡せば昨日まではいなかった男たちが、武装して館の周囲を守っているようだった。
「一体どういうことですか?そんなこと聞いていなかったのですが」
「バルハルト様のご命令です」
ただ彼からの命令だ、という一点張りで話が進まない。彼らと話をしても意味がない、と諦めたクルトは仕方なく庭に出てドラゴンの面倒を見ることにした。
ドラゴンはクルトの気持ちなどどこ吹く風、日の光を浴びながらうとうとしていた。
「君はいいね、大きな翼があって。どこにだって行ける……」
食べ物にも、衣服にも困らず神殿にいた時と比べたら遥かに恵まれた生活を送っているクルトがそう言ったら、きっと同僚の神官たちに怒られるだろう。
「なぜ彼は急に外に出るなと言い出したんだろう。私、何か彼を怒らせるようなことしちゃったのかな?」
ドラゴンを撫でながら俯いてクルトは呟いた。
「自由になりたい。何にも縛られないで、好き勝手に生きてみたい。誰かに管理されるような人生は嫌だ」
このままではバルハルトが帰って来ない限り、クルトはずっと館の中にいるしかない。
急に息苦しさを感じクルトは固く目を瞑った。
「大丈夫、大丈夫。きっとすぐ外に出られるようになるよ」
自分に言い聞かせるようにクルトは呟いたが、そんなものは意味をなさないことくらい、知っている。
クルトをじっと見つめる金色の瞳が心配するかのように瞬いた。
「安心して、ちゃんとバルハルト殿とは話し合うから。今のところ勝手に出ていくつもりはないよ」
ドラゴンの首に抱きつき、優しく撫でると安心したようにゴロゴロと喉を鳴らしてきた。
「でももうすっかり良くなったね。私なんか必要ないんじゃない?」
ドラゴンに話しかけながら、傷の状態を確認すると傷口はすっかりと塞がり、新たな鱗が生え始めていた。
(バルハルトのところから出て行ったら、この子にはもう会えなくなっちゃうのが心残りなんだよね)
そこまで長い間一緒にいる訳ではないが、クルトは非常にこのドラゴンを可愛がっていた。
最初はあんなにも苦手だったのに、今では離れるのが寂しいなんて、クルトは自分の変化に驚いた。
(ここに来てから、本当にたくさん新しいことを知ったな)
美味しい料理に綺麗な服、ふかふかのベッド……。
あまりに恵まれた環境のせいで、クルトは自身の忍耐力がなくなってしまったのかと疑ってしまうこともある。
「昔は外に出られないことくらい、なんてことなかったのに……」
今はどうしても外に出たい、という欲求が湧き上がってきて、自分でもどうしようもできない。
「とりあえずバルハルト殿が帰ってくるまで待たなきゃね……」
ドラゴンの状態を確認し終わると、本当にやることがなくなってしまった。一旦部屋に戻り、神殿から出て行った時に持っていた荷物を漁ってみる。
数冊の医術と薬学に関する本しかないが、ないよりはましだ。昼寝を挟みつつ、神殿で習ったことを思いながら読んでいた。
「このドラゴンの治療法がまさか役に立つなんて」
ページをめくった時ちょうど目に入ってきたのは、ドラゴンの治療に関するところだった。
ドラゴンの生態から傷の種類、それを治すための薬の作り方などがすべて載っている。
ドラゴンの治療用の薬はどれも作るのが大変難しい為、クルトは何度も失敗していた。
四年前ほどからは失敗することもなく、それなりの量を作ることにも成功した。
「いかんせんドラゴン関係の薬はどれも高すぎるんだよね」
犬や猫とは全く異なっている為、当然と言えば当然だが、その価格の高さにはドラゴン使い達も悲鳴を上げているらしい。
「あの子の治療に使ったのもかなり高価なものだったはず。バルハルト殿はお金が湧き出てくる壺でも持っているのかな?」
謎に包まれたアーバンライト家の財政について不思議に思いつつ、クルトは本を読み進めて行った。
普段は一緒にバルハルトと食事をしているが、彼はどうやら仕事が忙しいらしく、今日はいつもより早く出かけて行った。
(今日はそれがありがたく感じるなあ)
昨日の外出は楽しかったはずのものが一転して、自分の知られたくない過去がバルハルトにも伝わってしまった。
思い出すたびにクルトはやり切れない気持ちになり、大きなため息を吐いた。
「気晴らしにまたどこかに出かけようかな」
呟きながら窓の外を眺めれば、青空が広がっているのが見えた。暖かな日の光が降り注ぐ中、散歩するのはきっと気持ちいいだろう。
料理を食べながらクルトは散歩することを決めると、食後にはすぐに服を着替え外出の準備をした。
館の玄関の扉を開ければ、秋にしては暖かな風が吹き込んできて、クルトの気持ちはぱっと明るくなった。
「今日は昨日にも増して本当にいい天気だ」
思わず呟きながら外に出て、庭を通り門を潜ろうとした時。
「申し訳ありませんが、バルハルト様が不在の際は館の中で過ごしていただくことになっております」
不意に誰かに肩を叩かれ、そのようなことを言われたクルトは若干苛つきながら振り返った。
目の前に立つ男は見たことがない者で、クルトは眉根を寄せた。
周りを見渡せば昨日まではいなかった男たちが、武装して館の周囲を守っているようだった。
「一体どういうことですか?そんなこと聞いていなかったのですが」
「バルハルト様のご命令です」
ただ彼からの命令だ、という一点張りで話が進まない。彼らと話をしても意味がない、と諦めたクルトは仕方なく庭に出てドラゴンの面倒を見ることにした。
ドラゴンはクルトの気持ちなどどこ吹く風、日の光を浴びながらうとうとしていた。
「君はいいね、大きな翼があって。どこにだって行ける……」
食べ物にも、衣服にも困らず神殿にいた時と比べたら遥かに恵まれた生活を送っているクルトがそう言ったら、きっと同僚の神官たちに怒られるだろう。
「なぜ彼は急に外に出るなと言い出したんだろう。私、何か彼を怒らせるようなことしちゃったのかな?」
ドラゴンを撫でながら俯いてクルトは呟いた。
「自由になりたい。何にも縛られないで、好き勝手に生きてみたい。誰かに管理されるような人生は嫌だ」
このままではバルハルトが帰って来ない限り、クルトはずっと館の中にいるしかない。
急に息苦しさを感じクルトは固く目を瞑った。
「大丈夫、大丈夫。きっとすぐ外に出られるようになるよ」
自分に言い聞かせるようにクルトは呟いたが、そんなものは意味をなさないことくらい、知っている。
クルトをじっと見つめる金色の瞳が心配するかのように瞬いた。
「安心して、ちゃんとバルハルト殿とは話し合うから。今のところ勝手に出ていくつもりはないよ」
ドラゴンの首に抱きつき、優しく撫でると安心したようにゴロゴロと喉を鳴らしてきた。
「でももうすっかり良くなったね。私なんか必要ないんじゃない?」
ドラゴンに話しかけながら、傷の状態を確認すると傷口はすっかりと塞がり、新たな鱗が生え始めていた。
(バルハルトのところから出て行ったら、この子にはもう会えなくなっちゃうのが心残りなんだよね)
そこまで長い間一緒にいる訳ではないが、クルトは非常にこのドラゴンを可愛がっていた。
最初はあんなにも苦手だったのに、今では離れるのが寂しいなんて、クルトは自分の変化に驚いた。
(ここに来てから、本当にたくさん新しいことを知ったな)
美味しい料理に綺麗な服、ふかふかのベッド……。
あまりに恵まれた環境のせいで、クルトは自身の忍耐力がなくなってしまったのかと疑ってしまうこともある。
「昔は外に出られないことくらい、なんてことなかったのに……」
今はどうしても外に出たい、という欲求が湧き上がってきて、自分でもどうしようもできない。
「とりあえずバルハルト殿が帰ってくるまで待たなきゃね……」
ドラゴンの状態を確認し終わると、本当にやることがなくなってしまった。一旦部屋に戻り、神殿から出て行った時に持っていた荷物を漁ってみる。
数冊の医術と薬学に関する本しかないが、ないよりはましだ。昼寝を挟みつつ、神殿で習ったことを思いながら読んでいた。
「このドラゴンの治療法がまさか役に立つなんて」
ページをめくった時ちょうど目に入ってきたのは、ドラゴンの治療に関するところだった。
ドラゴンの生態から傷の種類、それを治すための薬の作り方などがすべて載っている。
ドラゴンの治療用の薬はどれも作るのが大変難しい為、クルトは何度も失敗していた。
四年前ほどからは失敗することもなく、それなりの量を作ることにも成功した。
「いかんせんドラゴン関係の薬はどれも高すぎるんだよね」
犬や猫とは全く異なっている為、当然と言えば当然だが、その価格の高さにはドラゴン使い達も悲鳴を上げているらしい。
「あの子の治療に使ったのもかなり高価なものだったはず。バルハルト殿はお金が湧き出てくる壺でも持っているのかな?」
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