上 下
51 / 53

結婚式

しおりを挟む

窓の外では春めいた風が吹いているが、カゼインの部屋の中には冷たい空気が層をなして積み重なっているようだ。

「カゼイン、どうして俺にあの紋様を託した?」

コルドールは、東の国境の砦で宰相トルガレを死に追いやった、キリトの幻覚を見せる紋様について聞いた。カゼインは顔の皺を一層深めて答えた。

「…宰相殿から打診があったのです。レイル様への忠誠を捨て、自分に付かないかと」

「……トルガレには何と答えた?」

「レイル様を弑すことが出来たのなら、宰相殿に付きましょう、と」

「…それでいて俺にあの紋様を渡したのか」

「宰相殿はキリト様の魅力に取り憑かれ、計画も杜撰なものでした。それに、癒しの力を持つキリト様もレイル様に付いています。万に一つも宰相殿の勝ち目は無いように思われました。それにも関わらずレイル様が命を落とすような事があれば、それまでのこと」

「…王はどちらでも良かったと言うことか」

「左様、異能の衆が平穏無事であれば、どちらでも。ですが、一度はレイル様に忠誠を誓った身なればと、自分に出来ることをしたまで」

「……覚えておこう」

コルドールは身を翻すとカゼインの部屋を出て行った。


********


段々と暖かい日が増えて、気づけば春がすぐそこに来ている。

「キリト様、腰が引けてますよ。もっと腹を引き締めて」

コルドール配下の騎士ジャンが、剣を振るキリトに声を掛けた。

「これ以上、無理、お腹が筋肉痛になる…」

キリトはジャンに指導してもらいながら、王宮裏の鍛錬場の片隅で剣の素振りをしていた。
薪割りだけじゃつまらないからと、キリトが剣の稽古を言いだしたのだった。

「もうすぐ式なのに、こんな事をしていて良いのですか?」

「衣装合わせも予行演習も、もう終わったもの」

キリトは、レイルとの結婚式を明日に控えて、どこか地に足が付かないような、ソワソワとした気分だった。その気分を振り払うように剣を振る。


東の国境の砦からレイル達一行が王宮に帰ってみれば、王宮内はレイルと宰相の不在のせいで混乱を極めていた。
宰相不在のまま、レイルは冬中ずっと執務に明け暮れたのだった。一人時間を持て余すキリトを、ジャンが度々こうして相手をしてくれた。

「なんだか実感が湧かないな」

「そうですか?我々騎士達は散々に行進の練習をやらされて、実感沸きまくりですが」

「そうだったんだ。それは大変だね」

「それも明日でやっと終わりです」

「明日、か」

キリトは剣を持つ手を下ろして、春霞の空を見上げた。


********

結婚式当日は朝から良く晴れて暖かい風が吹いていた。

「キリト、凄く綺麗だ」

メイド長に案内されて、レイルが部屋に入って来た。

レイルは黒地に複雑な銀糸の刺繍が入った上下を着て、肩から青いマントを羽織っている。

一方キリトは、白地に金糸の刺繍が入った服を着ていた。戴冠式の時とは色が逆転したようだ。キリトはその上に、裾を引くほど長く薄いベールを頭から被っている。ベールにはキラキラと光を反射する硝子の粒が等間隔に縫い留めてあった。

「レイルも、すごく格好良いよ!」

にこにこと笑うと、キリトはより一層輝いて見えて眩しいほどだった。




王宮中央のドームの扉を開けると、扉から突き当たりの台へと続く通路の両脇には沢山の人が並んでいた。
レイルとキリトは腕を組み、ゆっくりと通路を進んだ。キリトの長いベールがさらさらと音を立てて二人の後に続いていく。

中央の台には紙が一枚置かれている。レイルから順に黒いインクで名前を書き入れると、二人は大勢が見守る中で声を張って宣言した。

「私はキリトを生涯の伴侶とすることを、ここに誓う」

「私はレイルを生涯の伴侶とすることを、ここに誓います」

わっと歓声が上がり皆が拍手する。二人の結婚を祝う声はいつまでも止まなかった。



レイルとキリトは、観衆に見守られながらドームを出た。春の始めの風が二人の髪を靡かせていく。王宮の門を出ると、飾り立てられた四頭引きの豪奢な馬車が止まっていた。

「キリト、手を」

レイルが眩しそうに緑の目を細めて微笑んで言う。

「ありがとう」

キリトは微笑みを返して、レイルに手を引かれて馬車に乗り込んだ。

王都の中央通りを通ってぐるりと王都の街を一周して戻ってくるということだった。

馬車の前には、馬に乗った第一騎士団長コルドールと配下の騎士達の行進、続いて第二騎士団長とその騎士達、馬車の後ろには第三騎士団長カルザスと騎士達が続いた。

馬車が通りかかると沿道の観衆が歓声を上げて花びらを振りまく。

「おめでとう!」
「国王陛下万歳!」
「キリト様万歳!」

レイルとキリトはそれに答えて優雅に手を振った。春の光を浴びて、まるで一幅の絵画のような光景だった。
王都の備蓄庫が解放されて葡萄酒が皆に振舞われる。その日は一日、王都全体がお祭り騒ぎとなった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】前世は魔王の妻でしたが転生したら人間の王子になったので元旦那と戦います

ほしふり
BL
ーーーーー魔王の妻、常闇の魔女リアーネは死んだ。 それから五百年の時を経てリアーネの魂は転生したものの、生まれた場所は人間の王国であり、第三王子リグレットは忌み子として恐れられていた。 王族とは思えない隠遁生活を送る中、前世の夫である魔王ベルグラに関して不穏な噂を耳にする。 いったいこの五百年の間、元夫に何があったのだろうか…?

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

桜並木の坂道で…

むらさきおいも
BL
《プロローグ》 特別なんて望まない。 このまま変わらなくていい。 卒業までせめて親友としてお前の傍にいたい。 それが今の俺の、精一杯の願いだった… 《あらすじ》 主人公の凜(りん)は高校3年間、親友の悠真(ゆうま)に密かに思いを寄せていた。 だけどそんなこと言える訳もないから絶対にバレないように、ひた隠しにしながら卒業するつもりでいたのに、ある日その想いが悠真にバレてしまう! 卒業まであと少し… 親友だった二人の関係はどうなってしまうのか!?

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

召喚先は腕の中〜異世界の花嫁〜【完結】

クリム
BL
 僕は毒を飲まされ死の淵にいた。思い出すのは優雅なのに野性味のある獣人の血を引くジーンとの出会い。 「私は君を召喚したことを後悔していない。君はどうだい、アキラ?」  実年齢二十歳、製薬会社勤務している僕は、特殊な体質を持つが故発育不全で、十歳程度の姿形のままだ。  ある日僕は、製薬会社に侵入した男ジーンに異世界へ連れて行かれてしまう。僕はジーンに魅了され、ジーンの為にそばにいることに決めた。  天然主人公視点一人称と、それ以外の神視点三人称が、部分的にあります。スパダリ要素です。全体に甘々ですが、主人公への気の毒な程の残酷シーンあります。 このお話は、拙著 『巨人族の花嫁』 『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』 の続作になります。  主人公の一人ジーンは『巨人族の花嫁』主人公タークの高齢出産の果ての子供になります。  重要な世界観として男女共に平等に子を成すため、宿り木に赤ん坊の実がなります。しかし、一部の王国のみ腹実として、男女平等に出産することも可能です。そんなこんなをご理解いただいた上、お楽しみください。 ★なろう完結後、指摘を受けた部分を変更しました。変更に伴い、若干の内容変化が伴います。こちらではpc作品を削除し、新たにこちらで再構成したものをアップしていきます。

侯爵令息、はじめての婚約破棄

muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。 身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。 ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。 両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。 ※全年齢向け作品です。

処理中です...