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誤解
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村長が案内してくれたのは村の外れの牛小屋だった。板の端切れを何枚も打ち付けて、辛うじて雨風は防げる様にしてある。
藁の山の上に布を広げて病人が点々とあちこちに横になっている。皆一様に熱があり身体中に発疹ができているということだった。
「皆を僕の周りに集めて」
「...あなたは本当に病が治せるというのですか?」
村長が訝しげに言う。
「マチルダの様子を見てみろ。キリトが治したんだ」
コルドールの言葉に、村長はまじまじと横にいるマチルダの顔を眺めた。
「私、元気だよ。この人に治してもらったの」
「まあ...」
キリトの周りに病人たちが集まった。大人も子供もみな発熱のせいで苦しげな表情をしている。
「おい、一体何が始まるんだ」
「まとめて始末されるんじゃ」
「おかあさん、こわいよ」
「少し静かにしてくれ」
コルドールの低い声に病人達がぴたりと黙る。
キリトは自分の胸の前で両手を組んで目を閉じた。しばらく見ていると、キリトを中心とした病人の頭上に光りを放つ大きく複雑な紋様が浮かんだ。紋様は段々と光を強くし、眩しさに目を閉じ、どれくらい経っただろうか。どさ、と倒れる音に目を開けると、人の輪の中心にキリトが倒れていた。
「キリト!」
コルドールが駆け寄ると、キリトは青白い顔をして気を失っていた。
病人達の様子を見渡すと、一様に顔色が良く、皆不思議そうな顔をして自分の体を眺めている。発疹も無くなったようだった。病人の一人がポツリと言った。
「…奇跡だ…」
********
村のはずれの薪割り場に、かこーんと小気味良い音が響く。
「レイル様、薪割りなら俺が」
レイルが斧を振るっているのを目に留めて、護衛の騎士がレイルに言った。
「鍛錬の代わりにやっているだけだ。気にするな」
「はあ」
「それより、キリトと風呂に入ったというのは、お前か?」
急に低くなったレイルの声に、騎士はびくりと肩を震わせて言った。
「は、はい。他にも二人おりましたが...」
「......口外するなよ。キリトの美しさについて」
「そ、それは勿論...」
「なら、いい」
レイルはまた斧を振るうと一息に大きな丸太を真っ二つにした。
キリトは癒しの力で十三人の病人を救った後、まる一日経った今でも眠り続けている。
キリトが目を覚まさなければ動きようがなく、昨日は村長が貸してくれた村の集会所で一行は寝泊まりをしたのだった。
「レイル様、薪割り、ありがとう」
子供の高い声に顔を向けると、街道に倒れていた女の子、マチルダだった。
「これくらい、何でもない」
「キリト様は、まだ寝てるの?」
「ああ」
「キリト様は、レイル様の恋人?」
「…婚約者だな。もうすぐ結婚する予定だ」
「じゃあ、お幸せに、だね」
「ありがとう」
レイルはくすりと笑って言った。マチルダの大人びた物言いが何か面白かった。
「私は、騎士様と結婚したいな。コルドールみたいな」
「ほう」
「大きくて強そうで、かっこいいから」
「伝えておこう」
「恥ずかしいからだめー!」
「はははは」
マチルダはレイルの上着の端を掴んで思い切り引っ張る。レイルは笑っていたせいで、バランスを崩してマチルダの方に倒れ込んだ。
「おっと、すまない」
マチルダに抱きつく様な形になって、慌てて体を引く。
「レイル…」
声の方に顔を向けると、キリトが立っていた。
「キリト!目が覚めたのか」
「僕…」
キリトは言葉を詰まらせると、こちらに背を向けていきなり駆け出した。
「キリト?」
キリトは村の集会所へと駆け込んで行く。レイルはそれを追って中に入ると、キリトの姿が目に入った。
だが、キリトはあろう事かコルドールの胸に抱きついていた。コルドールの手がキリトの肩に触れている。
レイルは一気に頭に血が上るのを感じた。青い炎が心に灯ったような、嫉妬に狂っているのにどこか冷静なおかしな気分だった。
「コルドール、お前もか」
思ったよりも低い声が出た。
「待て、誤解だ」
コルドールが慌てた様に言う。
「キリト、説明を」
キリトはイヤイヤをする様に首を横に振った。レイルには、キリトがコルドールの胸に顔を押し付けている様に見えた。
レイルの緑の目がすうっと細められ、端正な顔立ちが急に冷酷な印象に変わる。
「キリト」
「……だ、だって」
コルドールの胸から顔を上げたキリトの目には涙が光っている。
「レイル、やっぱり若い子が良いのかと思って...」
「なんだと」
「マチルダに抱きついてたから…」
「レイル、お前…」
コルドールがじっとりとした目でレイルを見る。
「誤解だ」
レイルは額に手を当てて言った。
話し合って二人の誤解が解けると、キリトは言った。
「僕だって、レイルのことになると少しも冷静で居られないんだ」
あの時、レイルの腕の中にマチルダが居るのを見て、キリトの胸はズキンと痛んだ。相手は子供だと分かっていても、嫉妬の気持ちが渦巻くのを止められない。あの腕の中に居るのは自分のはずなのに。レイルは、キリトの事となると我慢が効かないと言ったが、キリトだって同じ気持ちだった。
「キリト、すまなかった」
レイルがキリトを腕に抱きしめて言う。
「僕も、ごめん...」
「お前たち、とっとと結婚してもう少し落ち着け」
コルドールは仲良く抱き合う二人を見ながら、疲れたように言ったのだった。
藁の山の上に布を広げて病人が点々とあちこちに横になっている。皆一様に熱があり身体中に発疹ができているということだった。
「皆を僕の周りに集めて」
「...あなたは本当に病が治せるというのですか?」
村長が訝しげに言う。
「マチルダの様子を見てみろ。キリトが治したんだ」
コルドールの言葉に、村長はまじまじと横にいるマチルダの顔を眺めた。
「私、元気だよ。この人に治してもらったの」
「まあ...」
キリトの周りに病人たちが集まった。大人も子供もみな発熱のせいで苦しげな表情をしている。
「おい、一体何が始まるんだ」
「まとめて始末されるんじゃ」
「おかあさん、こわいよ」
「少し静かにしてくれ」
コルドールの低い声に病人達がぴたりと黙る。
キリトは自分の胸の前で両手を組んで目を閉じた。しばらく見ていると、キリトを中心とした病人の頭上に光りを放つ大きく複雑な紋様が浮かんだ。紋様は段々と光を強くし、眩しさに目を閉じ、どれくらい経っただろうか。どさ、と倒れる音に目を開けると、人の輪の中心にキリトが倒れていた。
「キリト!」
コルドールが駆け寄ると、キリトは青白い顔をして気を失っていた。
病人達の様子を見渡すと、一様に顔色が良く、皆不思議そうな顔をして自分の体を眺めている。発疹も無くなったようだった。病人の一人がポツリと言った。
「…奇跡だ…」
********
村のはずれの薪割り場に、かこーんと小気味良い音が響く。
「レイル様、薪割りなら俺が」
レイルが斧を振るっているのを目に留めて、護衛の騎士がレイルに言った。
「鍛錬の代わりにやっているだけだ。気にするな」
「はあ」
「それより、キリトと風呂に入ったというのは、お前か?」
急に低くなったレイルの声に、騎士はびくりと肩を震わせて言った。
「は、はい。他にも二人おりましたが...」
「......口外するなよ。キリトの美しさについて」
「そ、それは勿論...」
「なら、いい」
レイルはまた斧を振るうと一息に大きな丸太を真っ二つにした。
キリトは癒しの力で十三人の病人を救った後、まる一日経った今でも眠り続けている。
キリトが目を覚まさなければ動きようがなく、昨日は村長が貸してくれた村の集会所で一行は寝泊まりをしたのだった。
「レイル様、薪割り、ありがとう」
子供の高い声に顔を向けると、街道に倒れていた女の子、マチルダだった。
「これくらい、何でもない」
「キリト様は、まだ寝てるの?」
「ああ」
「キリト様は、レイル様の恋人?」
「…婚約者だな。もうすぐ結婚する予定だ」
「じゃあ、お幸せに、だね」
「ありがとう」
レイルはくすりと笑って言った。マチルダの大人びた物言いが何か面白かった。
「私は、騎士様と結婚したいな。コルドールみたいな」
「ほう」
「大きくて強そうで、かっこいいから」
「伝えておこう」
「恥ずかしいからだめー!」
「はははは」
マチルダはレイルの上着の端を掴んで思い切り引っ張る。レイルは笑っていたせいで、バランスを崩してマチルダの方に倒れ込んだ。
「おっと、すまない」
マチルダに抱きつく様な形になって、慌てて体を引く。
「レイル…」
声の方に顔を向けると、キリトが立っていた。
「キリト!目が覚めたのか」
「僕…」
キリトは言葉を詰まらせると、こちらに背を向けていきなり駆け出した。
「キリト?」
キリトは村の集会所へと駆け込んで行く。レイルはそれを追って中に入ると、キリトの姿が目に入った。
だが、キリトはあろう事かコルドールの胸に抱きついていた。コルドールの手がキリトの肩に触れている。
レイルは一気に頭に血が上るのを感じた。青い炎が心に灯ったような、嫉妬に狂っているのにどこか冷静なおかしな気分だった。
「コルドール、お前もか」
思ったよりも低い声が出た。
「待て、誤解だ」
コルドールが慌てた様に言う。
「キリト、説明を」
キリトはイヤイヤをする様に首を横に振った。レイルには、キリトがコルドールの胸に顔を押し付けている様に見えた。
レイルの緑の目がすうっと細められ、端正な顔立ちが急に冷酷な印象に変わる。
「キリト」
「……だ、だって」
コルドールの胸から顔を上げたキリトの目には涙が光っている。
「レイル、やっぱり若い子が良いのかと思って...」
「なんだと」
「マチルダに抱きついてたから…」
「レイル、お前…」
コルドールがじっとりとした目でレイルを見る。
「誤解だ」
レイルは額に手を当てて言った。
話し合って二人の誤解が解けると、キリトは言った。
「僕だって、レイルのことになると少しも冷静で居られないんだ」
あの時、レイルの腕の中にマチルダが居るのを見て、キリトの胸はズキンと痛んだ。相手は子供だと分かっていても、嫉妬の気持ちが渦巻くのを止められない。あの腕の中に居るのは自分のはずなのに。レイルは、キリトの事となると我慢が効かないと言ったが、キリトだって同じ気持ちだった。
「キリト、すまなかった」
レイルがキリトを腕に抱きしめて言う。
「僕も、ごめん...」
「お前たち、とっとと結婚してもう少し落ち着け」
コルドールは仲良く抱き合う二人を見ながら、疲れたように言ったのだった。
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