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薪割り
しおりを挟む砦の一室で入浴を済ませた後、キリトとレイルは食事を摂るために食堂の一角に来た。ちょうど食事時だったようで、騎士達が大勢食事をしている。
どうしてもこちらが気になる様で、ちらちらと視線を投げかけられる。時の国王陛下とその婚約者が辺境の砦まで来て、騎士達に混じって食事までしているとなれば当然とも言えた。
「ご一緒しても?」
声の方を見ると、第三騎士団長のカルザスだった。後ろに第一騎士団長のコルドールも居る。
「二人とも具合はどうだ」
テーブルに着いて、コルドールが尋ねた。
「問題ない」
「大丈夫だよ」
レイルとキリトが口々に答える。四人は揃って食事をし始めた。今日のメニューは野菜と肉のごった煮とパンだ。王宮の料理のようにはいかないが、素朴な味付けで美味しい。
「あの…トルガレはどうなったの?」
キリトは気になっていた事を思い切って聞いた。
「...砦の物見台まで逃げて、…揉み合っている内に手すりを越えて、落ちて亡くなった」
カルザスがキリトに配慮して、事実とは異なる答えを返した。
「そんな...」
「お前をここまで連れてきた傭兵三名は逃亡中だ」
コルドールが言う。
「必ず捕まえてくれ。極刑にしてやる」
レイルがカルザスとコルドールに言った。後半は聞いたこともないような低い声だった。
「き、極刑だなんて…いいよ。あの人達も雇われただけで恨みはないと言っていたし」
「キリト、あなたは…」
キリトの言葉に、レイルが毒気を抜かれたように呟いた。
「それより、ずっと縛られて木箱に入れられていたから体が鈍っちゃったよ。薪割りしていい?」
三人は顔を見合わせた。
********
砦の裏手の薪割り場に、小気味良い薪割りの音が響いている。秋は過ぎて冬を迎えようとする冷たい風が枯れ葉を舞い散らせていた。
「あの、あなたは?」
キリトが薪割りの手を止めて少し離れた場所に立つ青年に声を掛けた。
「サイラスといいます。キリト様の護衛を仰せつかりました」
「キリトでいいよ。僕たち、同い年くらいかな?」
「十八才になりました」
「じゃあ、同じだね」
小一時間薪割りをして大分汗をかいた。キリトは傍にあった丸太に腰掛けると、サイラスにもう一つの丸太に腰掛けるよう手で促した。
サイラスは首を横に振ると立ったまま言った。
「実は、キリトと少し話をしたくて、この場の護衛を志願したのです」
「話って?」
「サガンは、あなたとどういう関係なのですか?」
「...サガンは、一緒に旅をしてきて、僕を気にかけて助けてくれて......それだけ」
キリトは赤い長髪を靡かせて剣を構えるサガンの姿を思い起こした。
そうだ、今は髪を切ってしまったのだった。海辺の屋敷の、雨の砂浜でのことがあったから。
次に、灰色の髪のトルガレの顔が頭に浮かんだ。初めて王宮で会った日、疲れているように見えたのに、丁寧に王宮内を案内してくれた。
「何でかな、皆、僕のこと自分のものにしたいって言う」
「...それは、あなたが美しいからでしょうね」
「...僕はレイルと一緒に居たいだけなんだけどな」
サガンが髪を切って辺境に異動になったのも、トルガレが亡くなったのも、全て自分のせいなのだろうか。じわりと目に涙が浮かぶのを止められない。見られたくなくて俯くと、ぽたりと涙が地面に落ちた。
「キリト?」
呼び声に顔を上げるとサガンが立っていた。
「キリトに何を言った?」
サガンがサイラスに向かって低い声で言った。
「...別に...あなたについて聞いただけです」
「もう俺に構うな。...護衛は俺が代わろう」
サイラスはしばし逡巡していたが、サガンに背を向けると薪割り場を去って行った。
サガンはキリトに白い手巾を差し出して言った。
「名前の刺繍は入っていないから、安心して」
「......ありがとう」
キリトは受け取った手巾で涙を拭って言った。
「サイラスは、サガンの恋人?」
「いや、そんなんじゃない」
サガンはため息混じりに答えた。
「でも、サイラスはサガンのこと好きみたい」
「...ああ、そうだね」
それ以上答えようとしないサガンに、キリトは言った。
「...ここの生活はどう?」
「そうだな、思っていたより快適だよ。王都よりも静かで良い」
「王都は人が多いもんね」
サガンはキリトと久しぶりにする何気ない会話が、嬉しかった。髪を切り国境の砦に異動してまで振り切ろうとした思いが、自分の中に熾火のように燃え続けているのをまざまざと自覚する。
寒い中で薪割りの斧を振るって赤くなっているキリトの手を、この手で温めてやりたかった。
キリトの手から無理やり目線を外すと、サガンは言った。
「薪割りはもう終わり?部屋まで送るよ」
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