40 / 53
討伐隊 Side-S
しおりを挟むカルザスと飲んだ翌日、砦から少し離れた集落がニ頭の魔狼に襲われ怪我人が出たと報告が入り、討伐は急遽本日の決行となった。
魔狼を退治するために編成された討伐隊は、サガンと六人の騎士の総勢七名だった。その中にサイラスも居る。
一行は慌ただしく装備を整えて昼過ぎに森の中に入った。
サガンはサイラスに一言も声を掛けず、目も合わせようとしない。サイラスが居るのだと知っていれば、討伐隊に参加するのを断っただろう。サイラスもまた、他の騎士達と言葉は交わすものの、サガンに話しかけようとはしなかった。
二時間程あちこちを歩き回った頃だろうか。少し開けた場所に出て一行が足を止めていると、グルグルと低く唸る声を聞き止めて、一人が声を上げた。
「おい、居るぞ」
一行が剣を抜くと、茂みをガサガサと揺らして魔狼が一頭顔を出した。牙を剥いて身を低くし、しきりにこちらを威嚇している。続いてその横から二頭が現れた。
「後ろにも居るぞ」
サガンが後ろを振り返ると、木々の間から魔狼が続々と出てくるところだった。
これ程の大きな群れとは聞いていない。優に三十頭はいるだろうか。魔狼たちはみな体が大きく、人の背丈二人分はある。
「おい、一体何頭いるんだ」
「囲まれていないか」
「こんなにいるとは聞いていない。逃げるぞ!」
言うが早いか数人が次々に駆け出した。それを逃しはせず、魔狼が飛びかかる。
「うわあああ」
足に噛みつかれた一人が悲鳴を上げる。それが合図であったかの様に、魔狼の群れが一斉に襲いかかった。
「くっ」
サガンが飛びかかる一頭を斜め上から斬り伏せると、あたりに血が飛び散り自分にも血飛沫が掛かった。それに構わず、二頭目を下から斬り上げるもギリギリで躱わされる。別の一頭が口を開け牙の間から涎を垂らして飛びかかってきたのを避けきれない。衝撃を覚悟したところに、横合いから誰かが剣を一閃して斬り倒した。
「サイラス!」
サガンを助けたのはサイラスだった。だが、他の一頭がサイラスの太ももに噛みついて牙を立てている。堪えきれずに地面に膝を着いたサイラスに、数頭が群がった。
「ぐうあっ」
サガンはサイラスに襲いかかる一頭を斬り捨てるが、魔狼は次々と現れてキリがない。
そのうちの一頭がチラと別の方を伺った。その方向を見ると、少し離れた木下にひときわ大きな魔狼が居る。
「あいつか」
サガンはひとっ飛びに距離を縮めると、その魔狼に声を上げて斬りかかった。
「うおおおお」
「ガアアアア」
一太刀目は身を翻して避けられる。飛び掛かられて後ずさり、たたらを踏んだ。体制を整えて斜め下から上に切り上げると、ぶしゅっと魔狼の足が血を吹く。時を置かずに上から首元に剣を一閃すると、ゴトリと音を立てて魔狼の首が地に落ちた。
それを見た他の魔狼たちはジリと後退し、やがて尻尾を丸めて皆散り散りに森の中に逃げ帰って行った。
サガンが荒い息を吐きながら振り返ると、辺りは惨憺たる様子だった。
あちらこちらに血溜まりができ、十頭ほどの魔狼の死骸が転がっている。討伐隊の面々は既に逃げたのか姿が無かった。
「サイラス!」
魔狼の死骸の後ろに倒れている姿を見つけて、慌てて駆け寄る。
サイラスは全身を噛まれたようで服がぼろぼろに裂けて血に塗れている。特に首元からの出血が多かった。意識はあるようで、痛みで顔を顰めながらも目を開けてこちらを見ている。
「なぜ俺を庇った?」
「…言ったでしょう?俺は…あなたに本気なんです」
サイラスが苦しい息の下からそう言う間にも、血が首筋を伝い流れていく。
サガンは懐から一枚の紙を取り出すと、広げてサイラスの胸の上に置いた。
「…これは?」
「黙っていろ」
キリトは試作品だと言っていた。上手く動いてくれるだろうか。サガンは片時も離さずに身につけていたその紙を一瞬見つめると、祈るような気持ちで目を閉じた。
「我、今、癒しの力を使わん」
サガンが目を開けると、紙に描かれた紋様が光を放っていた。光はどんどんと強くなり、目を開けていられずに再び閉じる。しばらく経って恐る恐る目を開けると、サイラスが不思議そうに身を起こすところだった。
「痛みがない…これは、奇跡か?」
紙に黒々としたインクで描かれていた紋様は、力を使い果たしたように薄い灰色に変わって半ば消えかけている。サガンがそっと手を触れようとすると、端から灰になって崩れ、風に飛ばされて散り散りになってしまったのだった。
30
お気に入りに追加
536
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

追放文官、幸せなキスで旅に出る
にっきょ
BL
かつて恋人に裏切られ、追放された元文官のコーディエライト・スプリンゲンは、雪山の中で一人、写本師として暮らしていた。
ある日、ダイモンと名乗る旅の剣士を雪崩から助けたコーディエは、ダイモンにお礼として春まで家事を手伝うことを提案される。
最初はダイモンのことを邪魔に思っていたが、段々と離れがたい気持ちになっていくコーディエ。
そんなコーディエを、ダイモンは旅に誘うのだった。
春の雪解けは、すぐそこに。
夏の雰囲気を纏った青年×ツンギレ引きこもりBL
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる