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討伐隊 Side-S
しおりを挟むカルザスと飲んだ翌日、砦から少し離れた集落がニ頭の魔狼に襲われ怪我人が出たと報告が入り、討伐は急遽本日の決行となった。
魔狼を退治するために編成された討伐隊は、サガンと六人の騎士の総勢七名だった。その中にサイラスも居る。
一行は慌ただしく装備を整えて昼過ぎに森の中に入った。
サガンはサイラスに一言も声を掛けず、目も合わせようとしない。サイラスが居るのだと知っていれば、討伐隊に参加するのを断っただろう。サイラスもまた、他の騎士達と言葉は交わすものの、サガンに話しかけようとはしなかった。
二時間程あちこちを歩き回った頃だろうか。少し開けた場所に出て一行が足を止めていると、グルグルと低く唸る声を聞き止めて、一人が声を上げた。
「おい、居るぞ」
一行が剣を抜くと、茂みをガサガサと揺らして魔狼が一頭顔を出した。牙を剥いて身を低くし、しきりにこちらを威嚇している。続いてその横から二頭が現れた。
「後ろにも居るぞ」
サガンが後ろを振り返ると、木々の間から魔狼が続々と出てくるところだった。
これ程の大きな群れとは聞いていない。優に三十頭はいるだろうか。魔狼たちはみな体が大きく、人の背丈二人分はある。
「おい、一体何頭いるんだ」
「囲まれていないか」
「こんなにいるとは聞いていない。逃げるぞ!」
言うが早いか数人が次々に駆け出した。それを逃しはせず、魔狼が飛びかかる。
「うわあああ」
足に噛みつかれた一人が悲鳴を上げる。それが合図であったかの様に、魔狼の群れが一斉に襲いかかった。
「くっ」
サガンが飛びかかる一頭を斜め上から斬り伏せると、あたりに血が飛び散り自分にも血飛沫が掛かった。それに構わず、二頭目を下から斬り上げるもギリギリで躱わされる。別の一頭が口を開け牙の間から涎を垂らして飛びかかってきたのを避けきれない。衝撃を覚悟したところに、横合いから誰かが剣を一閃して斬り倒した。
「サイラス!」
サガンを助けたのはサイラスだった。だが、他の一頭がサイラスの太ももに噛みついて牙を立てている。堪えきれずに地面に膝を着いたサイラスに、数頭が群がった。
「ぐうあっ」
サガンはサイラスに襲いかかる一頭を斬り捨てるが、魔狼は次々と現れてキリがない。
そのうちの一頭がチラと別の方を伺った。その方向を見ると、少し離れた木下にひときわ大きな魔狼が居る。
「あいつか」
サガンはひとっ飛びに距離を縮めると、その魔狼に声を上げて斬りかかった。
「うおおおお」
「ガアアアア」
一太刀目は身を翻して避けられる。飛び掛かられて後ずさり、たたらを踏んだ。体制を整えて斜め下から上に切り上げると、ぶしゅっと魔狼の足が血を吹く。時を置かずに上から首元に剣を一閃すると、ゴトリと音を立てて魔狼の首が地に落ちた。
それを見た他の魔狼たちはジリと後退し、やがて尻尾を丸めて皆散り散りに森の中に逃げ帰って行った。
サガンが荒い息を吐きながら振り返ると、辺りは惨憺たる様子だった。
あちらこちらに血溜まりができ、十頭ほどの魔狼の死骸が転がっている。討伐隊の面々は既に逃げたのか姿が無かった。
「サイラス!」
魔狼の死骸の後ろに倒れている姿を見つけて、慌てて駆け寄る。
サイラスは全身を噛まれたようで服がぼろぼろに裂けて血に塗れている。特に首元からの出血が多かった。意識はあるようで、痛みで顔を顰めながらも目を開けてこちらを見ている。
「なぜ俺を庇った?」
「…言ったでしょう?俺は…あなたに本気なんです」
サイラスが苦しい息の下からそう言う間にも、血が首筋を伝い流れていく。
サガンは懐から一枚の紙を取り出すと、広げてサイラスの胸の上に置いた。
「…これは?」
「黙っていろ」
キリトは試作品だと言っていた。上手く動いてくれるだろうか。サガンは片時も離さずに身につけていたその紙を一瞬見つめると、祈るような気持ちで目を閉じた。
「我、今、癒しの力を使わん」
サガンが目を開けると、紙に描かれた紋様が光を放っていた。光はどんどんと強くなり、目を開けていられずに再び閉じる。しばらく経って恐る恐る目を開けると、サイラスが不思議そうに身を起こすところだった。
「痛みがない…これは、奇跡か?」
紙に黒々としたインクで描かれていた紋様は、力を使い果たしたように薄い灰色に変わって半ば消えかけている。サガンがそっと手を触れようとすると、端から灰になって崩れ、風に飛ばされて散り散りになってしまったのだった。
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