【完結】奇跡の子とその愛の行方

紙志木

文字の大きさ
上 下
21 / 53

林檎

しおりを挟む


暗い空に残月が冷ややかに浮かんでいる。木々の隙間を通り抜ける冷風は、既に夜明けが近いことを告げていた。
キリトは樹木に囲まれた回廊を抜けて別棟に入ると、こっそりとあたりの様子を伺った。何度も廊下を折れ曲がったので、既に帰り道は分らない。
そこは王宮の厨房の裏口のようだった。夜明け前だというのに既に働いている人がいる。
裏口に横付けされた荷車にキリトはこっそりとよじ登ると、木箱をよけて端にうずくまり、積んであった布を自分に覆い被せた。
しばらく待っていると荷車がガラガラと音を立てて動き出した。王宮の外に向けて。



キリトは荷車が止まると布の下から這い出し、そっと荷台から抜け出した。

王都の街は暁の光を受けて薄紫色に染まっている。細くたなびいた雲が上空を渡っていく。
どこか目的地がある訳ではなかったが、王都の背後に聳える小高い丘を見ると、そこに登ってみたくなった。



息を切らせて丘を登りきると、開けた大地に大小の木が生えて、草の間から赤茶けた地面が顔を出していた。観光地にでもなっているのか、いくつか屋台も並んで店開きの準備をしている。

「おじさん、林檎ひとつちょうだい。」

懐から銅貨を取り出すと、林檎売りは愛想よく返事をした。

「はいよ!お兄さん綺麗な顔してるね。おまけだよ。」

と言って林檎を二つ、キリトに手渡してくれた。

少し離れた見晴らしの良い場所まで来ると、地面に座り込み林檎を齧る。既に太陽は昇り、王宮の影を地面に作っている。キリトはしばらくの間、景色に見惚れるように動きを止めていた。



「こんなところに居たのか。」

太陽の光を浴びて黄金の巻き毛を輝かせて立つのは、第一騎士団の団長、コルドールだった。

キリトが黒目黒髪の目立つ容姿で助かった。街で何人かで手分けして聞き込みを始めると、すぐにキリトの行き先が知れた。コルドールは大きく息を吐くと言った。

「国境を封鎖して一個師団を動かすと言い出しかねない勢いだったぞ。」

コルドールは天を仰いで言った。誰が、とは言わなかったが、キリトはレイルの顔が頭に浮かんだ。怒っているだろうか。

「...僕、何だか怖くなって...」

コルドールは何も言わずに目で続きを促した。

「奇跡の子って呼ばれるのも、王宮も、レイルも。なんだか怖い。」

キリトは小さな声で呟いた。コルドールは眉間に皺を寄せて難しい顔をして聞いている。

「奇跡の子って呼ばれたって、怪我を完璧に治せる訳じゃないし。力を使い果たして倒れるし。レイルだって...」

昨晩のレイルとの事を思い出すと、目に涙が滲んだ。

「...そ、それに、コルドールは拷問が得意なんでしょう。」

キリトが涙を手の甲でごしごしと拭くと、コルドールは懐から白い清潔そうなハンカチを出してキリトに渡して言った。

「誰から聞いた?」

「レイル。」

コルドールはううんと唸った。

「俺が怖いか?」

キリトは微かに頷いた。

「確かに俺は、時には陰で人に言えないような仕事をして手を汚してきた。だが、それがあってこそ、この国の繁栄もあると思っている。」

「...ごめん。」

謝るキリトに、コルドールは首を横に振って続ける。

「レイルはこの国を背負って立つ次代の王だ。重荷を背負っている。そしてその重荷の片端を、お前にも預けたいと思っているのだろう。」

「...奇跡の子だから?」

「そうではないと、分かっているんじゃないのか?」

コルドールはキリトの頭をひとつポンと叩くと言った。

「とにかく一度、王宮に戻ってはくれないか。」

キリトは少し迷った末に小さく頷いた。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

両性具有な祝福者と魔王の息子~壊れた二人~

琴葉悠
BL
俺の名前はニュクス。 少しばかり人と違う、男と女のを持っている。 両性具有って昔の言葉があるがそれだ。 そして今は「魔の子」と呼ばれている。 おかげで色んな連中に追われていたんだが、最近追われず、隠れ家のような住居で家族と暮らしていたんだが――…… 俺の元に厄介な事が舞い込んできた「魔王の息子の花嫁」になれってな!! ふざけんじゃねぇよ!! 俺は男でも女でもねぇし、恋愛対象どっちでもねーんだよ!! え? じゃなきゃ自分達が殺される? 知るか!! とっとと滅べ!! そう対処していたのに――やってきたんだ、魔王が。 これは俺達が壊れていく過程の物語――

メランコリック・ハートビート

おしゃべりマドレーヌ
BL
【幼い頃から一途に受けを好きな騎士団団長】×【頭が良すぎて周りに嫌われてる第二王子】 ------------------------------------------------------ 『王様、それでは、褒章として、我が伴侶にエレノア様をください!』 あの男が、アベルが、そんな事を言わなければ、エレノアは生涯ひとりで過ごすつもりだったのだ。誰にも迷惑をかけずに、ちゃんとわきまえて暮らすつもりだったのに。 ------------------------------------------------------- 第二王子のエレノアは、アベルという騎士団団長と結婚する。そもそもアベルが戦で武功をあげた褒賞として、エレノアが欲しいと言ったせいなのだが、結婚してから一年。二人の間に身体の関係は無い。 幼いころからお互いを知っている二人がゆっくりと、両想いになる話。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

中国ドラマの最終回で殺されないために必要な15のこと

神雛ジュン@元かびなん
BL
 どこにでもいる平凡な大学生・黒川葵衣(くろかわあおい)は重度の中国ドラマオファン。そんな葵衣が、三度も飯より愛するファンタジードラマ「金龍聖君(こんりゅうせいくん)」の世界に転生してしまった! しかも転生したのは、ドラマの最終回に主人公に殺される予定の極悪非道皇子。  いやいやいや、俺、殺されたくないし。痛いのイヤだし。  葵衣はどうにか死亡フラグを回避しようと、ことなかれの人生を歩もうとする。  とりあえず主人公に会わなきゃよくない?  が、現実は厳しく、転生したのは子供時代の主人公を誘拐した直後。  どうするの、俺! 絶望まっしぐらじゃん!  悩んだ葵衣は、とにかく最終回で殺されないようにするため、訳アリの主人公を育てることを決める。  目標は自分に殺意が湧かないよう育てて、無事親元に帰すこと!    そんなヒヤヒヤドキドキの溺愛子育てB L。 ==================== *以下は簡単な設定説明ですが、本文にも書いてあります。 ★金龍聖君(こんりゅうせいくん):中国ファンタジー時代劇で、超絶人気のWEBドラマ。日本でも放送し、人気を博している。 <世界>  聖界(せいかい):白龍族が治める国。誠実な者が多い。  邪界(じゃかい):黒龍族が治める国。卑劣な者が多い。 <主要キャラ>  黒川葵衣:平凡な大学生。中国ドラマオタク。    蒼翠(そうすい):邪界の第八皇子。葵衣の転生先。ドラマでは泣く子も黙る悪辣非道キャラ。  無風(むふう):聖界の第二皇子。訳があって平民として暮らしている。  仙人(せんにん):各地を放浪する老人。  炎禍(えんか):邪界皇太子。性格悪い。蒼翠をバカにしている。  

俺が聖女なわけがない!

krm
BL
平凡な青年ルセルは、聖女選定の儀でまさかの“聖女”に選ばれてしまう。混乱する中、ルセルに手を差し伸べたのは、誰もが見惚れるほどの美しさを持つ王子、アルティス。男なのに聖女、しかも王子と一緒に過ごすことになるなんて――!? 次々に降りかかる試練にルセルはどう立ち向かうのか、王子との絆はどのように発展していくのか……? 聖女ルセルの運命やいかに――!? 愛と宿命の異世界ファンタジーBL!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

処理中です...