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隔離室
しおりを挟む隔離室はとてもシップの中とは思えない程、暗くじめじめとしていた。ベッドが二つと小さな衝立の向こうにトイレがあるだけの小さな空間の通路側の一面が鉄格子になっている。
その鉄格子を掴んだまま動かないシュイに、ゾルドが声を掛けた。
「何考えてる?」
「ハルトはどこへ連れて行かれたんだ」
エレベータの中で統制局員に髪を掴んで無理やり口付けられていたハルトの姿が頭から離れない。苦しげに眉根を寄せ、目には涙が滲んでいた。シュイは鉄格子を握る手に、ぎりりと力を込めた。
「地球人だからな。統制局の特例があるんだろうよ」
「どうにかして隔離室を出たい」
「無理にここを出たところでどうする?このシップに逃げる場所なんて無い。大人しくして、永久スリープ処分にならないことを祈るのみだ」
ゾルドの言葉に、シュイは溜息をついて鉄格子から手を離した。
「...セシルがペンシルの箱を持って出て行くのは見たが、ロイカはどうしたか分かるか?」
シュイの質問にゾルドが答える。
「いや、局員とライトソードでやり合っているうちに見失った」
「そうか...」
「それと、匿名メッセージを見たか?俺はあんなものを送る算段があるとは知らなかった」
ゾルドの言うメッセージをシュイは読んでいなかった。隔離室に入る際にラバースーツの通信機能を強制オフにされていて、今はメッセージを見られない状態だった。
「セシルがロイカに送信しろと言っていたのはそれか。何と書いてあった?」
「ペンシルを打てばゼリィが不要になることと、統制局の保管庫の場所の説明と、『同志よ、今こそ自由を手にせよ』だとよ」
「まるで革命だな。敵を撹乱しようとしたセシルの差金だろう」
「統制局に一泡吹かせてやったから俺は満足だがな。大ごとになったもんだ。そういえばシュイ、お前ペンシルは打ったのか?」
「いや、打つ暇が無かった」
「しばらくゼリィを干されるかもな...」
「ああ...」
部屋に軟禁されてから丸一日が経っている。
シャワーを浴び終わって、いつものようにパジャマの下だけを穿いてシャーブースを出て、ハルトはびくりと肩を震わせて固まった。
リビングの壁にもたれて短髪の統制局員が立っていた。
「これが君のやり口か」
「...何のことですか...」
局員がゆっくりとハルトの方へ歩いてくる。ハルトは後退ってすぐにシャワーブースのドアにぶつかった。拭ききれていなかった髪から水滴が落ちて裸の胸元に滴る。局員の視線を痛いほど感じて、ハルトは身を強張らせた。
「見せつけておいて、怖気付いたとは言わせない。何が望みだ」
言いながらも足を進めて局員がハルトの間近に迫る。
「そんな、つもりは」
局員は身を屈めると、ハルトの胸元の水滴に舌を這わせた。短く揃えた金髪が肌に触れる。
「P41295の容体を知りたくは無いか。確か、セシルとか言ったな」
「......教えてください」
「服を脱いで」
ハルトは微かに震える手で支給品の白いパジャマのズボンを脱ぎ落とした。所在なさげに立つハルトを局員が興奮したような顔でじっと見つめている。
「足を開いて」
怯えたような顔で固まるハルトを見て、局員は自分の唇をペロリと舐めた。
局員に目で促されて、ハルトがおずおずと足を開く。
「...P41295は統制局の医務室に居る。側腹部をライトソードで切られて重傷だが、命に別状は無い。三週間程で医務室から出てくるだろう」
ハルトは局員の言葉に安堵した。次に気に掛かるのは局員達に連れて行かれたシュイとゾルドの事だった。
「あの、シュイ達を、解放してもらえませんか...」
「それは私の判断では出来かねるな。だが、君を評議会の議員に会わせることはできる」
「...評議会というのは?」
「知らないのか?シップの運営方針を決定している機関だ。もし議員を説得できれば解放も叶うかもな」
突然、廊下へと続くドアが開いた。部屋に入ってきたのはロイカだった。
「...それは、合意の上?シュイが見たらブチギレると思うけど」
統制局員が無表情でロイカを振り返る。ハルトは慌ててズボンを拾い上げて履いた。
「D51764か。匿名メッセージの送信者はおまえだな」
「さあ、何のことでしょう」
「...必ず尻尾を掴んでやる」
統制局員はそう言うとロイカの横を通り過ぎて部屋を出た。
「D51764、おまえも出ろ。ドアをロックする」
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