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決起
しおりを挟むハルトは自室のベッドに座って祈るような気持ちで四人の帰りを待っていた。停電したため部屋は暗く、いつもは地球の情景を映し出しているスクリーンには何も映っていない。急に部屋の中を息苦しく感じて、ハルトは胸元を押さえた。
着信音が鳴ってラバースーツの左腕にメッセージが表示される。見ると差出人は匿名となっている。気になるのは送信先だった。シップにいる全員宛に送信されている。本文を見てハルトは目を見開いた。
部屋を出て急いで統制局の保管庫に向かう。ジェットブーツでできる限りの速度で走っていると、先のエレベータホールに箱がいくつか転がり、その向こうに誰かが倒れているのが見えた。ストレートの金髪にコーラルレッドのメッシュ。嫌な予感がした。
「セシル!」
ハルトは散乱する箱を退けて、倒れたセシルの傍に座り込んだ。セシルのラバースーツの横腹あたりがばっさりと大きく切れ、黒く焦げたような傷跡がのぞいている。
セシルは薄らと目を開けるとずり上がってハルトの膝に頭を乗せ、ハルトの手を自分の胸に当てた。
「...ああ、マザーの腕に抱かれているみたいだ」
セシルは微笑んでいるが顔色が悪い。酷い状態を目にしてハルトの目に涙が浮かび、ぽたりとセシルの頬の上に落ちた。
「こんな...なんで...」
「僕のために泣いてくれるのですか?あなたは優しくて、酷い人ですね」
僕のものになってはくれないくせに、という言葉を飲み込んで、セシルは手を伸ばしてハルトの濡れた頬にそっと触れた。できればこんな顔ではなく、笑った顔が見たかった。
「待っていて。統制局に言って、傷の手当を...」
立ちあがろうとしたハルトを、セシルは手を握って押し留めた。
「いいえ、ハルト。どうかこの箱を持って食堂へ行ってください。そこに居る皆に、統制局の保管庫から持ってきたペンシルだと言って渡すんです。シュイ達は今も局員達とやり合っています。今行動を起こせば、統制局を撹乱してシュイ達を逃す事ができるかも知れない」
「でも、セシルは...」
「僕の事はいいから、早く」
ハルトは手の甲で涙を拭うと立ち上がった。三十センチ四方ほどの箱を三つ積み重ねて持つとハルトに微笑むセシルを一瞥して、ジェットブーツを加速して廊下を進み始めた。
食堂は朝食の時間帯で混み合っていた。磁気嵐の影響か照明が薄暗い。ハルトがペンシルの箱を入り口すぐのテーブルに並べて蓋を開けると、周囲から物珍しそうな視線が刺さった。ハルトは息を整えると声を張り上げた。
「これは統制局の保管庫から取ってきたペンシルです。これを打てばゼリィが不要になります!」
「地球人のかわい子ちゃんだ」
「なんだって、じゃあ、あの匿名メッセージは」
「あのメッセージ、イタズラかと思ったが本当だったのか。俺はペンシルを打つぜ。そんで保管庫にも乗り込んでやる。統制局のやり方はずっと気に入らないと思っていたんだ」
「俺も行く。統制局に一泡吹かせてやろうじゃないか」
「俺もだ。ゼリィ切れで寝込むのはもう御免だ」
箱からペンシルを取って早速ラバースーツの上から太ももに打つ者、ペンシルを両手で掴めるだけ掴んで周りに配る者、連れ立って保管庫に向かう者が入り乱れる。三箱のペンシルはあっという間に空になった。
先程ハルトも受け取った匿名の全体宛のメッセージには、ペンシルを打てばゼリィが不要になること、統制局の保管庫の場所の説明に加えて、最後に一言添えられていた。
『同志よ、今こそ自由を手にせよ』
居ても立っても居られず、ハルトは食堂を出ると保管庫に向かうためエレベータを目指した。エレベータの到着をじりじりとしながら待ち、ドアが開くと飛び乗る。2596階を指定して、エレベータの稼働音を聞きながら自分を落ち着かせようと目を閉じた。浮遊感に包まれながら、皆の顔が頭に浮かぶ。シュイ達は無事でいるだろうか。
ドアが開いた先に人影がある。
「やあ、会えたね」
「なぜ...」
シルバーグレイの長髪に軍服の統制局員だった。シュイは、統制局に報告したからしばらく顔を合わせることは無いだろうと言っていたのに。
「緊急事態だからね。事態鎮静化の為に隔離室から引き出されて来たんだよ」
ハルトはエレベータを降りて局員の横をすり抜けると、ジェットブーツで走り出した。
「はははは、君と鬼ごっこができるとは思わなかった。さあ、もっと早く逃げないと捕まってしまうよ」
できるだけ姿勢を低くして速度を出そうと足を動かすが、背後に局員の気配が迫る。保管庫へのルートを思い出しスピードを落とさないまま角を曲がろうとして、ハルトは転倒した。横倒しになったまま廊下を滑る。やっと止まって体を起こすと、目の前にブーツの爪先があった。
「捕まえた」
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