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シャワー
しおりを挟むセシルはリビングで椅子に前後逆に座って背もたれに両腕を乗せ、シャワーブースのドアが開くのをじっと待っていた。
中ではハルトがシャワーを浴びている。もちろん裸だろう。いっそドアを開けて無理やり襲いたいくらいだったが、性急過ぎればハルトから拒否されるのも分かっていた。
ハルトと海辺のフロアに行ってから数日が経っている。ハルトは時折シュイを思い出すのか悲しそうな顔をしていた。
ドアが開いて湯気の向こうからハルトが現れる。濡れた髪が色っぽい。支給品の白いパジャマの下だけを履いて、上半身は裸だった。白い首筋に華奢な肩、薄い胸板、淡い色の胸の飾り、細く締まった腰。これだけ見せつけておいて、きっと触れれば駄目だと言うのだろう。人の気も知らないで酷い人だと、セシルは思った。
「セシル、見ないでよ」
恥ずかしそうにハルトが言う。
「あなたは綺麗ですね」
「男だよ?」
「もちろん、知っています」
着信音と共にセシルのラバースーツの左腕にメッセージが表示された。
「どうやら、時間切れのようです」
突然リビングのドアのロックが解除されドアが開いた。シュイだった。
「…ずいぶんと爛れた事をやっているんだな」
上半身裸のハルトと、それを鑑賞するかのように椅子に座るセシルを見てシュイが低い声で言った。
「セシル、分かっているだろう」
「ええ」
セシルは椅子から立ち上がるとハルトに向かって言った。
「最後に、抱きしめてもいいですか?」
「セシル...」
ハルトの答えを待たずに、セシルはハルトを腕に抱きしめた。
シャンプーの香りに混じってハルトの匂いが鼻腔をくすぐる。堪らなくなってぎゅっと力を込めて、腕を離した。
セシルはあっという間に少ない荷物をまとめて部屋を出て行った。抱きしめたきり、ハルトの顔も見ずに行ってしまった。
呆然と立ったままのハルトに、シュイが声を掛けた。
「ハルト、風邪をひく」
「あ、うん...」
上半身裸のままだったことを思い出して、慌ててパジャマの上を着る。
「...シュイ、序列が変わったってこと?」
「ああ」
「そっか…」
何となく消化できない思いを抱えたままハルトが自室に入ろうとすると、シュイが苛立ったようにハルトの腕を強く引いた。
「セシルに、どこまでさせた」
シュイの表情が険しい。怒っているかのように金色の目の瞳孔が開いている。
「シュイ、僕は...」
シュイはハルトの部屋のドアを開けると、ベッドの上にハルトを押し倒した。二人分の体重にベッドが軋む。
「なぜ、セシルに裸を見せていた?」
「シャワーを浴びて出たら、セシルが居ただけ」
シュイが大きな溜息をついた。上半身裸のハルトと椅子に座ってそれを鑑賞するセシルを見た時は、てっきりそういうプレイかと思った。
脳裏に先ほど見たハルトの裸が浮かぶ。白い肌が上気するほど激しく攻め立てて、乱れる姿を見てみたいと不埒な欲望を抱く男が居るなどと、ハルトは想像もつかないのだろうか。
「ハルトは警戒心が無さ過ぎる」
「...そうかな?」
「キスは、させていただろう?」
シュイの手がパジャマの上着の中に入り込み、ハルトの脇腹を撫でる。
「...シュイだって、ロイカとしてた...」
「あれはゼリィを渡していただけだ」
「...キスだよ...」
ハルトはこの数日何度も思い出したシュイとロイカのキスシーンをまた思い返した。たちまちハルトの目に涙が浮かぶ。シュイは慌てたようにベッドの上に体を起こした。
「待て、その、悪かった」
涙が溢れてハルトの頬を伝う。シュイはハルトの腕を取って引き起こすと頬に口付け、そっと涙を舌で舐めとった。
「ハルト、俺が好きなのは、あなただけだ」
ハルトが涙の滲む黒い瞳を瞬かせて、シュイの金の目を見つめた。
「...僕がゼリィの代わりになるから?」
「ハルトに会う前はそう思っていた。だが、実際に会って考えが変わった。信じられるか?一目惚れだったんだ。ハルトの居ない生活など考えられない。この数日、気が狂いそうだった」
この気持ちは一言では言い表せない。ハルトがセシルと過ごしている間、本当に気が変になりそうだった。序列を上げる為に統制局のタスクをこなしながら、ハルトの華奢な体を自分ではない男の手が好きに苛んでいるところを想像しては、嫉妬で発狂しそうになっていた。何度か乗り込もうとして、その度にゾルドかロイカに止められた。
「僕のこと、ピジョン・アイで見てた?」
「……セシルに聞いたのか」
「うん」
「…ああ、見ていた」
「位置情報も?」
「…ああ」
「僕も、シュイが好き。シュイが居ない間、ずっとどうしてるかなって考えてた」
それまで曇天を映していた部屋のスクリーンが、一転して晴れた空を映し出す。
白い壁に反射したスクリーンの光が二人の姿を一幅の絵画のように浮かび上がらせた。
「ハルト、愛している」
「僕も、愛してる、シュイ」
どちらからともなく顔が近づいて、唇が重なった。
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