【完結】遠き星にて

紙志木

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晴天

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海辺のフロアは今日は晴天だった。前に見た時は鈍色だった波も、今日は陽の光を受けてエメラルドグリーンに輝いている。鳶が上空を飛び回っているのは同じだが、今日は沖に帆影は無かった。海と空の境界が溶け合って霞んでいる。
フロアの端のテラスまで行くのも面倒で、ハルトは砂浜に直接腰を下ろした。

「...海、好きなんですか?」

セシルがハルトの隣に腰を下ろしながら言う。

「そう、かな。海を見ていると両親を思い出すんだ」

「ハルトは両親と育ったのですね。羨ましいな」

ハルトの母親は病死し、父親はハルトを売ったのだが、それでも羨ましいだろうか。そんな事を言っても仕方が無いかと、ハルトは別のことを聞いた。

「ここでは皆、培養装置から産まれるのだっけ」

「ええ。マザーという総称で呼ばれる子育て担当の統制局員が複数居ますが、地球で言うところの親とは随分違うでしょうね」

セシルはある年齢まではマザーを本当の母親だと信じていた。或いは、統制局によって意図的にそう信じ込まされていた。カリキュラムの学習項目でそうでは無いと知った時には、ショックで数日食事が喉を通らなかった。

苦い記憶に蓋をするように、セシルはハルトの肩を抱き寄せた。

「さっきのキス、甘くて最高でした。部屋に戻って続きをしませんか」

「...セシル、僕は君とする気は無い」

「シュイが良い?」

「......」

「シュイが他の男とキスするところを見たのに?」

ハルトが長い睫毛を何度も瞬かせ、黒い瞳に涙が滲む。セシルは慌てたように立ち上がった。

「部屋に戻りましょう」




ハルトは自分の部屋に入ると、ドアをロックしてベッドに倒れ込んだ。目を閉じるとシュイとロイカのキスシーンが頭に浮かんでくる。
溜息をついてベッドに身を起こすとタブレットを手に取った。
カリキュラムを黙々と消化していると雑念が湧いて来なくて良い。集中するうちに二時間程が経っていた。


そっとドアを開けると、リビングには誰も居なかった。
ハルトは急に空腹を覚えて、食堂へ行こうと廊下に続くドアを開けた。


廊下に出るとジェットブーツの動作音が聞こえてきて、音がする方向を見るとゾルドがこちらへ近づいてくるところだった。ハルトの目の前で半円を描くようにターンしてピタリと止まる。ゾルドはハルトの顔を見るなり片目を細めて言った。

「ぶち犯されたいのか」

「ぶち…?」

「マントはどうした」

「寒くないから部屋に…」

今日は不思議と肌寒く感じず、ハルトはマント無しで食堂に行こうとしていたのだった。

「取って来い」

「う、うん」

ゾルドの気迫に押されて部屋に戻ろうと振り返ると、セシルが立っていた。

「忘れ物ですよ」

セシルにマントを手渡された。

「ありがとう...」

「同室ならしっかり見張っておけ」

ゾルドはセシルに向かってそう言うと、またジェットブーツを走らせて元来た方へ帰って行った。

「...ゾルド、何しに来たんだろう」

「さあ?」


********


遡ること数十分前。シュイはゾルドとロイカの部屋に来るなりリビングの椅子に座って貧乏ゆすりを始めた。

「...ハルトの事?」

ロイカは恐る恐るシュイに声を掛けた。長い付き合いになるがシュイのこんな姿は初めて見る。

「キスさせていた」

「僕たちもしてたけどね」

「あれはゼリィを口渡ししていただけだろうが」

シュイとしては以前ロイカに作った借りを返しただけだった。

「ハルトはどう思ったかな?」

「......」

「うじうじしているくらいなら、行って顔を見てきたらどうだ」

ソファに寝転がっていたゾルドが面倒そうに言った。

「セシルを殴らずにいる自信がない」

「お前、重症だな...仕方ない、様子を見てきてやるよ」

そうしてゾルドはハルトの部屋に向かい、悩ましい体のラインをラバースーツの上に浮かび上がらせて出掛けようとするハルトに注意を与えることになったのだった。

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