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砂丘
しおりを挟む朝、ハルトが自室で目を覚ましてリビングへ出ると、セシルがソファに座って銀色のキューブのような物に口を付けていた。
「セシル、それは?」
大きさは十センチ角くらいだろうか。角に白色の飲み口が付いている。
「ゼリィですよ。シュイは本当にあなたに何も教えていないのですね」
飲み終わったキューブをぐしゃりと握り潰してセシルが立ち上がった。
「ハルトが飲ませてくれるなら、こんなもの必要ないのですが」
ハルトの困ったような顔を見ると、セシルは微笑んで言った。
「さあ、今日は実技ですね」
人工の太陽が照りつける砂丘のフロアには、ハルトとセシル以外誰も居なかった。
ハルトは暑さに負けてマントを脱ぐと、砂丘の端の砂の上に置いた。セシルはラバースーツだけになったハルトをちらりと見たが、何も言わなかった。
「もしかして、貸し切ってくれたの?」
「ええ」
「この前は、その、ごめんね」
「いえ、僕も性急過ぎました。バギーの運転をしたことは?」
「無いよ。地球でバイクと車を運転したことならあるけど」
「多分、似たようなものです」
砂丘の端に並んで停まっていた四輪バギーにそれぞれ乗り込むと、ラバースーツのボタンをタップして走行記録を取り始める。
セシルが先に前進した。あっという間にスピードを上げて、砂を巻き上げながら小高い丘を上って行く。
ハルトも恐々と後に続いた。平地で急加速し、ターンを決め、斜面を上がり、方向転換して下りてくる。一通りの走行を何度か繰り返して練習していると、いつの間にか時間が経っていた。
バギーを元の位置に停めると、ハルトは暑さと緊張でフラつく足で砂の上に立った。
「これでバギーの実技は完了ですね」
セシルは涼しい顔をして、ハルトのマントを差し出した。
砂丘のフロアを出てエレベータに乗り込む。部屋のあるフロアで下りてジェットブーツで走り出そうとしたところで、廊下の少し先に二つの人影があるのが見えた。
銀髪にターコイズブルーのメッシュ、それに金髪の巻き毛にミントグリーンのメッシュ。見間違うはずもない、シュイとロイカだった。
二人は廊下の壁にもたれて体を密着させている。やがてロイカの手がシュイの頬に添えられ、二人の唇が重なった。
ハルトは目の前の光景にショックの余り固まった。
「僕たちも見せつけてやりましょうか」
セシルはハルトの腕を引いて廊下の壁に押し付けると、どこからかカッターナイフに似た銀色の板を取り出してピタリとハルトの首筋に当てた。ハルトは驚いてセシルを押し除けようとするが、びくともしない。
「な、何...」
「しばらく黙っていて。声を出しても動いても、焼き切れますよ」
カッターはシュイ達からは見えない位置にある。ハルトは押し当てられた金属の冷たさに微かに震えた。
セシルはもう片方の手でハルトの顎をすくうと、そっと口付けた。セシルの舌がハルトの唇を割り、口内をかき混ぜる。やがてセシルの喉がゴクリと鳴った。
「ハルト…」
思いのほか近くでシュイの声がした。触れた時と同様にそっと唇が離れて行く。
「今は僕の方が上位です。止める権利は無いはずだ」
セシルの肩越しに射殺すような目をしたシュイが見えた。ロイカも硬い表情をして立っている。
ハルトは何か言おうと口を開いたが、セシルにカッターをぐり、と押し付けられて固まった。
やがてシュイとロイカは踵を返すと、ジェットブーツを走らせて去って行った。
セシルがカッターを持った腕を下げてハルトを解放する。
「...セシル、こんなのは酷いよ」
「すみません、ハルトの顔を見たらつい」
どうして自分の顔とカッターで脅してキスすることが繋がるのだろう。ハルトはジェットブーツで走るのも忘れてとぼとぼと廊下を歩き出した。
「どこへ行くんです」
「......海」
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