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逆転
しおりを挟む「無事に送り届けたからね。一つ貸しだよ」
部屋までハルトを送ると、ロイカはシュイにそう言って去って行った。
「シュイ...」
シュイが苦しげな表情をして立っている。
「ハルト、その、すまない。頭に血が上った」
シュイの言葉にハルトは無言で首を横に振った。
「...食事がまだだろう?食堂に行かないか」
「僕、砂丘にマントを取りに行かないと」
ハルトは砂丘に置きっぱなしのマントを思い出して言った。
「それならセシルが部屋まで届けに来た。こっちは統制局から取ってきたハルトのマントだ」
「...ありがとう」
ハルトはシュイが差し出すマントを受け取って肩に羽織った。ずっと借りていたシュイのマントより十五センチほど丈が短い。太ももの下半分がすうすうするが動きやすくもあった。
「セシルを知っているの?」
食堂に向かってジェットブーツで廊下を走りながらシュイに聞いた。シュイはハルトのペースに合わせてゆっくり走ってくれている。
「序列の上位者だからな。プロフィールくらいは把握している」
「その、序列って何?」
「…カリキュラムの成績と統制局への貢献度で決まり、上位者にはいくつか特典がある。ハルトへのアプローチの優先度も序列で決まる」
「…シュイの序列は?」
「……一位だ」
「だから僕たち同室なの?」
「まあ、そういう事だ」
「エンゲージは?」
いつか統制局員が言っていた事を思い出してハルトは聞いた。
シュイが急にジェットブーツのスピードを落としたので、ハルトも慌ててそれに習う。
どうしたのかとシュイの顔を見上げると、金の目がギラリと光った。
「……俺と、したいのか」
「な、何か聞いただけ」
シュイは額に手を当てて盛大な溜息を吐いた。
気づけばもう目の前が食堂の入り口だった。混み合っているようで廊下まで喧騒が聞こえてくる。エンゲージについてそれ以上聞けないまま、ハルトはシュイと食堂に入った。
二人ともパネルでリキッドを注文して受け取ると、空席を見つけて向かい合わせに座る。
「それ何味?」
「グァバだ」
「そんなフレーバーあるんだ。一口ちょうだい」
ハルトはシュイのボトルを手に取ると一口飲んだ。
「うん、美味しい!」
ハルトが笑って言うと、シュイは仕方ないなとでも言うように微笑んだ。シュイがそうやって笑うと野生的で整った顔が甘い印象に変わる。ハルトは自分の心臓がどくんと跳ねるのを感じた。
喧騒に混じって微かに着信音が鳴った。シュイを見るとラバースーツの左腕に目を落としたまま固まっている。
「シュイ?」
ハルトの呼びかけにシュイは何も答えない。シュイは無言のままリキッドを飲み干すと立ち上がった。
「すまないが先に行く。真っ直ぐ部屋に帰って来い」
「...うん」
シュイは一体どうしたのだろう。考えたところでハルトには分からなかった。
シュイが居なくなった途端に周りからの視線が気になる。居辛くなってハルトもリキッドを飲み干すと席を立った。
ハルトが部屋の前に着くとドアが開いたままになっていた。
「シュイ、居るの?」
部屋の中を覗き込むと、リビングにシュイとセシルが立っていた。ハルトの声に二人が振り返る。
「...ハルト、序列が変わった」
シュイが苦い顔をして言った。足元にはシュイの少ない所持品がまとめて置かれている。
「嘘、シュイ、部屋を出ていくの?」
「嫌な事をされそうになったら、はっきり嫌だと言え」
「シュイ...」
「随分な言いようですね。エンゲージがまだと言うことは、あなただってハルトに拒否されたのでは?」
シュイは無言でセシルをちらりと見やると、荷物を持ってあっけなく部屋を出て行った。
呆然として立ち尽くすハルトにセシルが声を掛けた。
「ハルト、同室になれて嬉しい」
「セシル...」
「少し座りませんか」
リビングの机を挟んで向き合って座って一息つくと、ハルトは気になっていた事を聞いた。
「シュイに、僕にキスしようとしたこと、話した?」
「いいえ」
セシルはきっぱりと否定した後で少し首を傾げた。金髪とコーラルレッドのメッシュが肩を流れる。
「でも、あそこには鳩が居るんです」
「鳩?」
「ピジョン・アイですよ。シュイから聞いていませんか」
「聞いてない...」
「シップの統合監視システムです。序列の上位者はそのシステムにアクセスできるんです」
「...シュイがピジョン・アイで僕を見ていたってこと?」
「可能性はあります。それに、規約違反ではありますが、上位者ならハルトの位置情報にアクセスすることもできます」
「...」
ハルトは統制局員に迫られた時に、タイミングよく助けに来てくれたシュイの姿を思い出して無言になった。
「...あなたは不思議な人ですね。こうして間近で見ていると、つい何もかも投げ打って手に入れたくなる」
「僕、地球じゃ全然モテなかったけど」
セシルの真っ直ぐな言葉が恥ずかしくて、ハルトは両手を広げておどけてみせた。
「地球の男達は見る目が無い」
ハルトが返答に困って目を瞬かせていると、セシルが言った。
「ハルト、触れても良いですか」
「えっと...」
セシルは答えを待たずに、テーブルの上のハルトの手に自分の手を重ねた。セシルは体温が高いのか、じわりと熱が伝わってくる。
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セシルはそっと手を外すと、目を伏せて言った。
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