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統制局員
しおりを挟むハルトはセシルの手を振り解いて駆け出した。そのまま砂丘のフロアを出てエレベータに飛び乗る。部屋があるフロアを指定すると、エレベータの壁にもたれて目を閉じた。微細な振動が背中に伝わる。上昇しているのか下降しているのか分からなくなって目を開けると、階数表示のウィンドウには滅茶苦茶な数字が凄い速さで次々に表示されていた。
「...故障?」
ハルトは怖くなって身を竦ませた。操作パネルに緊急用のボタンは見当たらない。あたふたしている間に、ウィンドウに統制局があるフロアの階数が表示された。到着音が鳴ってエレベータのドアが開く。
動悸のする胸を抑えながら仕方なく降りた途端、死角から腕を掴まれた。
「わっ」
「また会ったね」
モスグリーンの軍服にシルバーグレイの長髪。以前ハルトに服を脱げと言った統制局員だった。局員はハルトの腕を引いて廊下の壁に体を押し付けた。
「林檎は美味しかったかい?」
「…どうしてそれを」
「やはり君のためだったか」
「…」
「口を開いて、舌を出して」
ハルトが固まっていると局員は続けて言った。
「拒否すれば、S75316がどんな目に遭うか分からないよ」
確か以前、シュイの事をそんな番号で呼んでいた。統制局員に何ができるのか分からないが、自分のせいでシュイが酷い目に遭うのは嫌だった。
ハルトが目を瞬かせながら言われた通り口を開いて舌を出すと、局員は長身を屈めてハルトの舌を舐めた。
「ああ、蜜の味だね」
ぬるりとした舌の感触に、背中がぞわりと泡立つ。そのまま口付けて舌を絡められる。
「んううっ」
溢れた唾液を思い切り吸い上げられて、舌の根本が痛んでハルトは涙目になった。
「それは合意の上ですか。事によっては統制局に報告します」
口付けから解放されて声のした方を見ると、シュイが立っていた。
「...私を脅すのか。色々と都合してやっただろう?」
シュイは無言で統制局員を睨んでいる。ややあって、局員は降参をするように両手を上げた。
「ハルト、こっちへ」
シュイに言われて、ハルトはシュイの元に駆け寄った。シュイに肩を押されてエレベータに乗り込む。振り返ると統制局員はじっとこちらを見ていた。
エレベータのドアが完全に閉まった。
そういえば先程エレベータが故障しているようだったと言おうと口を開こうとした瞬間、シュイがエレベータの壁をガンと殴った。ハルトはびくりと肩を竦ませた。
「俺に飲ませておいて、もう心変わりか」
シュイの金色の目が怒りを湛えてギラギラと光っている。
「あれは...」
「砂丘のフロアでも、他の男にキスさせていたな」
「...シュイ、僕は...」
「地球人は貞淑だと聞いていたのに、がっかりだ」
ハルトは言葉を失って黙った。エレベータの動作音がやけに耳障りに感じる。
シュイの顔を直視できずに俯いていると、不意に到着音がしてドアが開いた。ハルトは何階かも確かめずに降りて廊下を走り出した。
シュイは追っては来なかった。
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