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不在
しおりを挟むあのキスは何だったんだろう。ハルトは自分の部屋で一人になって、天井を見上げながらぼんやりと考えた。あの後シュイは用事があると言って草原のフロアを立ち去ったので、聞けずじまいだった。
ハルトは地球に居たときは恋愛経験が乏しく、キスすらしたことが無かった。周りが恋愛に浮かれている時もいまひとつ興味が持てず、いつも蚊帳の外に居た。
シュイはどういうつもりでキスをしたのだろう。シュイに汗を舐められ、深いキスをされて熱くなった体の熱を思い出して、ハルトは一人赤くなった。
何となくシュイと顔を合わせ辛くて、自室でタブレットを操作しカリキュラムをこなす。
二時間ほど経って自室の扉を開くと、リビングには誰も居なかった。シュイの部屋もバストイレも静まりかえって人の気配はない。
ラバースーツの左腕に表示された時刻は既に夕食時を示していた。
ハルトは恐る恐る廊下へと続くドアを開けると、誰も居ないのを確認してそっと廊下へ出た。出来る限りの速度でジェットを走らせ、エレベータに乗って食堂に向かう。
食堂のテーブルにはまばらに人が座っていた。シュイが居ないかと見渡したが姿は無い。パネルでブロックを注文し食堂の端のテーブルに座る。一様に筋肉質で背の高い男達が、通り過ぎる際にハルトにちらりと視線を投げていく。ヒューと口笛を吹かれる事もあった。
ハルトは居心地悪く思いながら、いまいち味の分からないブロックを咀嚼して無理やり飲み込むと席を立った。
食堂から部屋に戻ったがやはりシュイは居なかった。
ハルトはリビングのソファに座ると膝を抱えて丸まった。無性にシュイの声が聞きたかった。なぜあんなことをしたのかシュイの口から話して欲しかった。
ハルトは自室のベッドの中で目を覚ました。いつの間に眠ったのか思い出せない。部屋のスクリーンには曇り空を背景に鳶と思われる大型の鳥が円を描いて飛んでいる風景が映し出されている。ハンガーに吊り下げたラバースーツの左腕の時刻を確認すると、朝というにはやや遅い時間だった。
「寝過ぎちゃった...」
パジャマのまま部屋を出ると、リビングにもシュイの部屋にも人の気配はない。バストイレも使った形跡が無かった。ハルトは俄かに不安になってきた。何かトラブルでもあったのだろうか。
食欲が沸かず朝食は食べないことにしてタブレットでカリキュラムを始めるが、落ち着かなくて一向に進まない。それでも三時間ほど画面を睨んでいると今日の目標の半分程をクリアできた。
溜息を吐いてタブレットを置くと、ラバースーツに着替えてマントを羽織り廊下に出た。
「そうだ、メッセージ」
ラバースーツからメッセージを送ることができるのだった。今更ながら気づいて、左腕に浮かび上がる文字をタップしてメッセージを送る。
『シュイ、どこにいるの?心配しています。ハルト』
だが、しばらく待ってみても既読にならない。途方に暮れる自分を叱責して、一縷の望みを託して食堂に向かった。
食堂はこれから混み始める時間のようだった。広い部屋の中を見渡すがやはりシュイの姿はない。時折刺さる視線を避けるように俯いて食堂を出ようとしたところで、背後から声が掛かった。
「ハルト、一人か?」
金髪の巻き毛にミントグリーンのメッシュのロイカだった。隣には茶髪にフラッシュピンクのメッシュのゾルドも立っている。体格の良い二人に見下ろされて、半歩あとじさる。後ろを振り向いて逃げようとして思いとどまった。シュイの行方の手掛かりがない以上、聞いてみるしかなかった。
「...シュイが昨日の午後から部屋に戻ってきていないんだ。何か知らない?」
「...俺は居場所を知っているが、教えて欲しいのか」
ゾルドの言葉にハルトは目を見開いた。
「シュイは無事なの?」
「教えたら何をくれる」
「...僕、何も持ってない」
「キスでいいぜ」
「じゃあ、俺にもキスを」
ゾルドの提案にロイカも便乗して言った。
なぜ自分なんかとキスしたがるのだろう。ハルトは困惑しながらも、他にシュイが無事か知る手立てはないと頷いた。
「じゃあ、部屋に行くか」
ゾルドが言い、三人はゾルドとロイカの部屋に行くことになった。
食堂を出てジェットブーツを走らせると、ハルトはあっという間に二人に置いていかれた。しばらくすると、二人が戻ってきて交互にハルトの手を引いてくれた。
「みんな早く走れるんだね」
「すぐに慣れるさ」
ハルトの言葉に、ロイカが笑って言った。
二人の部屋は自分達の部屋と寸分違わないように見えた。白い壁のリビングにソファとテーブルと二脚の椅子が置いてある。
ゾルドは大きな手を伸ばしてハルトのマントを脱がせると、テーブルの上に放り投げた。
所在なく立ったままのハルトを二人の男が舐めるように見ている。
「これは、ヤバいな」
ゾルドが唸るように言った。
「何でいつもマントを羽織ってるのかと思っていたけど、これは確かに」
ロイカもゾルドに同意しているようだが、ハルトには訳が分からない。自分の貧相な体のことを言われているのだろうか。
ゾルドがリビングの中央にいるハルトに向き合って立った。ロイカはソファに座って見ているつもりのようだ。ゾルドの大きな手がハルトの顎を捉えて上向かせる。
「口を開けろ」
ゾルドが低く囁く声に僅かに口を開くと、次の瞬間唇が重なった。舌を差し込まれて口内を蹂躙され思わず呻く。
「ふ、んん」
ゾルドがハルトの舌と一緒に唾液を啜り上げて、ゴクリと飲み込んだ。
「ああ、甘い。もっとだ」
ゾルドはわずかに口を離してそう言うと、再び唇を合わせた。
「俺も居るよ。いい匂いだね」
いつの間にかロイカがハルトの背後に立って首筋に顔を埋めていた。ロイカの手がハルトの腰を撫で、脇腹から胸を這う。くすぐったくて身を捩るが、ゾルドに頭の後ろを押さえられて逃れられない。二人の男に挟まれてハルトは口付けたまま抗議の声を上げた。
「んんんっ」
ロイカの手が後ろからラバースーツのファスナーの引き手に掛かり、一気に下まで引き下ろした。
途端にハルトの白い肌が顕になる。スーツの隙間からロイカの手が滑り込み、指先でハルトの胸の飾りを撫でた。思わずびくりと肩が震える。
「ふううっ」
「ああ、可愛いね。俺にもキスさせて」
ロイカはハルトの体を自分の方に向かせると、ハルトの頬に手を添えて口付けた。舌同士がねっとりと絡み合う。唾液が溢れる度にロイカは何度も喉を鳴らして嚥下した。
「本当に甘い」
やっとキスから解放されたと思ったら、今度はゾルドの手が後ろからラバースーツの隙間に入り込んできた。ハルトの平らな腹を撫で、その下まで辿っていく。ざらついた手の平が敏感な箇所に触れそうになってハルトは思わず声を上げた。
「や、やだ!」
ゾルドの手がピタリと止まった。
「...仕方ない、ここまでか」
「これ以上するとシュイに殺されそうだしね」
二人から解放されて、ハルトは力が抜けてリビングの床にへたり込んだ。
「凄いな、しばらくゼリィ無しでいけそうだ」
「ああ」
ロイカとゾルドの会話をハルトはぼんやりとした頭で聞いていた。
「シュイならシップの故障箇所の修理をしているはずだ。シップの外側だからメッセージも届かないぞ。おそらく序列をキープするために統制局のポイント稼ぎがしたかったんだろう」
ハルトの手を引いてソファに座らせるとゾルドが言った。
「…序列って何」
ハルトの言葉にゾルドとロイカが顔を見合わせた。
「シュイから何も聞いていないのか」
「…」
「時が来ればシュイが話すさ」
「シップの外側の修理はよく長引くんだ。今日明日には帰って来るだろう。心配なら25階に行ってみると良いよ」
ロイカにそう言われて、ハルトはソファから立ち上がった。少しフラつく足でドアに向かう。
「待て、その格好で行く気か」
ゾルドに指摘されてハルトはラバースーツのファスナーが開いたままだったことに気がついた。慌ててファスナーを上げると、ゾルドが肩にマントを掛けてくれた。
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