【完結】遠き星にて

紙志木

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ジョギング

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ハルトはリビングの椅子に座ってタブレットを睨んでいた。つい溜息が出てしまう。
ソファに長い足を投げ出して寝転んでいるシュイがハルトに声を掛けた。

「どうした?」

「カリキュラムに実技があるなんて知らなかったよ。十キロも走らないといけないなんて」

カリキュラムの内容は多岐にわたっている。タブレット上で学習する項目が殆どだが、一部はフィジカルトレーニングや怪我人のファーストエイドの方法など、実技が必要な項目となっていた。
カリキュラムの進捗が遅いと統制局から指導が入るのだという。先日廊下で出会った統制局員と長い鞭を思い出し、ハルトはぶるりと震えた。

「ああ、フィジカルトレーニングか。付き合おう」

シュイがソファに体を起こして、プラチナブロンドとターコイズブルーのメッシュの髪を無造作に掻き上げて言う。

「走るだけなら僕一人で出来るよ」

M801星に来てからシュイに世話になりっぱなしである。カリキュラムにまで付き合わせるのは申し訳なかった。

「ここのところ運動不足だったんだ。気にするな。フロアはどこにする?」

タブレットに表示された情報によると、いくつかのフロアからトレーニングの場所を選択できるらしかった。砂丘、海岸、草原などがリストに並んでいる。

「本当に付き合ってくれるの?じゃあ、草原かな」

本当はまだ一人でフロアを移動するのに不安があったのだ。ありがたく申し出を受けることにして、ハルトはなんとなく走りやすそうだという理由で草原を選んだ。



草原は地球の学校の運動場四つ分程のスペースだった。足元には短い草が茂っていて所々に小さな花を咲かせている。端の方には木が数本立っているのが見えた。天井のドームには地球で見る空のような青色と雲の映像が映し出され、どこからか風まで吹いている。自分たち以外に人影は見えなかった。

「これが建物の中なんて、信じられない」

ハルトが溜息混じりに言った。

「まあ、シップは広いからな」

シュイは素気無く言う。産まれたときからずっとシップに居ると今更感動もないのだろうか。


ラバースーツの左腕に表示された計測ボタンをタップすると、ハルトとシュイは並んで走り始めた。

「シュイは、カリキュラムは、どれくらい終わっているの?」

草を踏みしめて走りながら弾む息の下からハルトが聞くと、シュイが何でも無い事のように答えた。

「全て終わっている」

「えっ」

「驚くことか?時間を置くと面倒になるから先にやっただけだ」

「そう、なんだ、凄いね」

ハルトの息ははあはあと上がっているが、シュイの息は全く乱れていない。ハルトの苦しげな様子を見てシュイが声を掛けた。

「少し休憩しよう」

「う、ん、」

草原の端の木の下の木陰に入って二人は足を止めた。ハルトの額や首に汗が伝う。

「まだ、半分って、ところかな?」

ハルトが言いながらシュイを見上げると、シュイは金色の目でじっとこちらを見ていた。大きな手でグッと肩を掴まれて不意に端正な顔が近づく。

「ハルト、その、舐めても良いか?」

「舐める?」

言葉の意図を掴み損ねて聞き返す。

「...駄目か?」

シュイが首を僅かに傾けて目を細める。肉食動物のような目に見つめられて、ハルトは良く理解できないまま返事をしていた。

「い、いけど」

シュイの喉がゴクリと鳴る。シュイは身を屈めてハルトの首筋に顔を埋めると、舌でべろりと舐め上げた。ハルトはその刺激に肩をびくんと震わせる。

「はっ、甘いな」

シュイに首筋からこめかみ、額、耳の裏、襟足の髪を掻き上げて首の後ろ側までもを舐められ、ハルトの体は恥ずかしさに次第に熱くなった。汗を舐め取られているのだと漸く思い至る。

「...なんで、汗なんか」

シュイは顔を離して熱に浮かされたような目でハルトを見つめた。男らしい褐色の肌が赤みを帯びている。

「キスをしても?」

「キ、ス?」

体の熱を持て余し何を言われているか良く理解できないまま、ぼんやりとした頭で言葉を繰り返す。肩に置かれた捕食者のようなシュイの大きな手の平が、自分の体より更に熱くなっている。美しい獣の熱に促されるように、ハルトは僅かに頷いた。

途端にシュイの整った顔が近づき、ハルトの唇に柔らかなものが触れた。ハルトは反射的に首を仰け反らせたが、シュイの大きな手がハルトの頭に回されぐっと引き寄せられる。舌で下唇を舐められ僅かに口を開いた隙間からシュイの舌が差し込まれた。口内を掻き回され逃げる様に縮こまったハルトの舌にシュイの舌が絡む。あふれた唾液をシュイがハルトの舌ごと吸い上げた。ゴクリと嚥下する音がする。口を離す頃には二人の息はすっかり上がっていた。口の端にわずかに垂れた唾液をシュイがぺろりと舐めた。

「ハルトは、どこもかしこも甘い」

シュイが走っていた時は少しも乱れていなかった息を、今は乱している。いけない事をしているような気分になって、ハルトは赤くなった顔を俯けた。

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