【完結】遠き星にて

紙志木

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到着

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ハルトは一人乗りのポッドが流す機械音声で目を覚ました。

「あと十分でM801星の重力圏に入ります。セーフティベルトを着用し衝撃に備えてください」

長い時間眠っていて体があちこち痛い。ハルトは狭いポッドの中で、できる限り手足を伸ばすと、不意に襲ってきた憂鬱な気分を吹き飛ばすように大きく息を吐いた。

M801星での新しい生活が始まるのだ。地球での事は忘れて気持を切り替えなければ。

ポッドが重力圏に入ってぐっと体の重さが増す。
筋肉がついていれば大した事はないのかもしれないが、細身で筋力のないハルトには辛かった。
ポッドが到着までのカウントダウンを始める。
三、二、一、激しい衝撃と轟音に包まれ、ポッド内が真っ暗になった。



「着いたのか?」

ハルトは恐る恐る体を動かしてみた。どこも怪我はないようだ。だが、非常灯すら点かないなんて。ポッドは壊れてしまったのだろうか。暗闇の中で手探りで非常用の脱出レバーを探すが、なかなか見つからない。

すると、不意にシューと音がして、ポッドの壁の隙間から光が差し込んだ。
見る間に光が増していく。ポッドのハッチが開いたのだ。



眩しさに目を細めながら見上げると、男が一人立っていた。

長身にぴったりと張り付く黒い全身スーツを着て、服越しに良く鍛えた筋肉が浮いて見えている。
短く切ったプラチナブロンドに、前髪の一房をターコイズブルーに染めている。浅黒い肌に、目は金色で、ハルトを見つめる眼光は鋭い。だが、恐ろしく格好良かった。
ハルトがドキドキと音を立てる自分の心臓をどうにか宥めていると、男が低い声を発した。


「ハルトだな。俺はシュイ。ようこそ、楽園から牢獄へ」

ハルトは縮こまった体をやっとの思いで動かすとポッドの外へ出た。

「シュイ?地球は楽園じゃないよ」

思ったよりも嗄れた声がでた。シュイはハルトの言葉に片方の眉を上げて答えた。

「そうか?だが、ここは牢獄みたいなものだ」

ハルトが返事に困って首を傾げると、シュイは続けて言った。

「部屋に案内しよう。今日から同室だ。といってもそれぞれ個室があって鍵も掛かるが。リビングとバストイレが共同なんだ」


地球で教えられた知識では、ハルトはこれからM801星の地表に建設された、シップと呼ばれる巨大な施設の中で生活することになる。ハルトの一人乗りポッドが到着したのはシップの最上階の発着場のようだった。広い発着場には他にポッドは見当たらない。隅の方にエレベータがぽつんと光を放っていた。

シュイに連れられてエレベータで2035階まで降りると、人気のない長い廊下に出た。突き当たりがあるのかどうか、廊下の奥は霞んで見えない。


「ハルトのジェットブーツは支給待ちだ。部屋まで歩いていると日が暮れるから、ちょっと失礼」

「え、わっ」

シュイはハルトの背中と足に手を回すと、軽々とハルトを抱き上げた。これは、お姫様抱っこというやつでは、とハルトが考える間もなく、シュイは少し前傾姿勢になると凄いスピードで廊下を進み始めた。目まぐるしく景色が通り過ぎていく。シュイが履いているのがジェットブーツというものなのだろうか。足をスケートの様に動かしているようだ。



五分程経っただろうか、シュイが無機質な廊下に並ぶ扉の一つの前で足を止めた。

「ここが俺たちの部屋だ」

「あの、ありがとう。重かったでしょう」

二十歳にもなってお姫様抱っこされるとは思わなかった。ハルトは恥ずかしさに今更ながら顔が赤くなった。シュイより頭一つ分ほど身長が低くて細身だとはいえ男である。随分と重かったはずだ。

「いや?少しも」

シュイは真顔で言った。どうやら本当に重くなかったらしい。筋肉があるとこうも違うのか。



部屋に入ってすぐがリビングだった。三人掛けのソファ、テーブルと椅子二つが置かれている。突き当たりのドアの先がバストイレ、左側のドアがハルト、右側がシュイの部屋だと説明された。壁も床も家具も全て白色で統一されている。目がチカチカするようだった。


「その服だと寒いだろう。このラバースーツに着替えて。M801星の気候に適合するように作られている」

シュイがリビングの机の上に置かれていた黒いスーツを差し出してハルトに言った。

「うん、分かった」

ハルトがシャツのボタンを一つ外したところで、シュイが言った。

「待て、ここで着替えるつもりか。それとも、誘っているのか」

ハルトが見上げると、シュイは何か怒った様な顔をしている。

「僕、男だけど」

「見れば分かる。これは素肌の上から着るんだ。ここで全裸になる気か」


全裸になったところで男同士だ。どうという事はない。でもシュイが気にするなら、とハルトは自室に入ってドアを閉めた。
服を全て脱いで黒い細身のラバースーツに体を押し込める。全身が入るか不安だったが、良く伸びる素材のようで素肌の上をするすると滑って難なく着ることができた。下腹辺りから首元まである長いファスナーを閉めるとあっという間に完成だった。

シュイが着ているものと同じデザインだが、体格が異なるので全く違って見える。ハルトは黒いラバースーツに包まれた自分の貧相な体を見下ろして、ため息を吐いた。
日本人らしい顔と黒目黒髪、日本人男性の標準体型ではあったが、シュイと比べると悲しくなる。



「これで良いかな?」

部屋を出てシュイに声を掛けると、シュイは眉間に皺を寄せて口元を押さえた。

「シュイ?」


「...支給品が届くまでこれを羽織っていろ」

シュイは自分の部屋から黒いマントを取ってくると、ハルトに渡してくれた。肩に羽織ってみると膝までの長さがある。M801星に着いてから少し肌寒かったのだ。マントは有り難かった。

「暖かい…あの、ありがとう」

ハルトの言葉に、シュイは不意に目を逸らして険しい顔で横を向いた。

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