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第九走

127:は?何言ってのか分かりません

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 紬季がゆっくりとしゃがみ込んだ。
「もう、ぱっとするために、自分の障がいを使うなって。なんで、両刃の剣って分かんないのかな」
と愚痴った。

 四月になった。
 赤星ら監督、コーチがスカウトしてきた新一年生が全員チームに合流し、公式記録を持つ入部希望者も入ってきて新一年生は十五人。部全体の人数は四十人になった。
 海には、三月の記憶がほとんど無い。
 二回目の五秒大作戦の前に、全テレと交渉し、さらにその合間に公式ホームページに上げる動画や画像の準備。もちろん練習だってある。中国語の勉強も、あと就活も。
 全テレとの交渉は、対面広報のラーヒズヤが。公式ホームページの方は、ネット広報の紬季が入念な下準備をしてくれているので、さほど時間が取られる訳じゃない。まるで撮影に臨む俳優みたいな気分だ。
 紬季も紬季で、「白山の方の烏堂選手みたいな笑顔でお願いします」と指示してくる。
 海以外の選手もまんべんなく撮っていて、公式ホームページの方は動画も画像もかなり充実してきた。それに、初回の五秒大作戦はインドの放送局で無事放映され、その映像も貼り付けられている。
 ラーヒズヤはそのネタを持って、一度寄付や寄付物資支援のあった企業やOBに電話や手紙をしまくっている。週六でラブホテルの清掃をしているはずなのに、一体どこにそんな時間があるのやら。
 二回目の五秒大作戦は海には大きな手応えがあった。
 子供らが独自の募金箱を持ってやってきてくれたのだ。お手伝いや溜めていたお金の一部を寄付してくれたのだという。ほとんどが小銭なのだがその分、重みが心にずしっときた。他の部員だってそうに違いない。
 率先してやってくれたのは一回目も参加してくれたのっぽの最年長十四歳の男の子だった。
「実は、この子、海と同じく吃音があるの。だから、インドでも日本でも学校に馴染めてなくてね。でも、あんたの紹介動画を見て勇気出たって」
「------------お、う」
「ほら、通訳するから話でもして」
 海は、走っているあなた方から感動をもらいましたという輩を信じていなかった。
 自分の吃音症状なんてもっての他だ。
 だから、『そうか。こんな助け方があるのか』と胸にじんときた。
 生まれて初めて感じた類の感動だった。
 全テレの方は、まずは短い夕方のニュースで関東圏に『最下位から再出発。西城陸上部のユニークな取り組み』として放送された。
 やはりテレビ。反響は凄まじく寄付物資が続々と届くようになった。
 スポーツ飲料の粉など偏りがあるのは、しょうがないが。
 練習を終えて寮に戻ってくると、配達員が玄関に段ボール数個を持ってきている最中だった。
「また粉すか」とげんなりした顔で海を追い越して行ったのは、イツザイこと竹内光輝だ。
 寮に大量の荷物が届いたときは、その場にいる者らが手伝うのがルールだ。最近、テレビの影響でこういったことは多いのでそのことを知らないはずはないのに。
 海は壁を叩いて止まるように伝える。
 イツザイは振り向くが、馬鹿にしたように笑うだけだ。
「------------っまれ」
「は?何言ってのか分かりません」
 廊下にいてそれを見かねた上級生がイツザイの腕を掴もうとすると、
「痛いじゃないですか。怪我するんで止めて下しさい」
と楯突く。
 一事が万事でこんな調子だ。
「烏堂先輩。大丈夫ですか?」
 イツザイを捕まえ損ねた上級生が手伝いに来てくれた。
 聞かれて海は肩をすくめるしかない。
 入寮当初から、イツザイは人をドン引きさせる天才で、最もたるものは、ヘルプマーク事件だ。
 紬季は、ボランティアスタッフから外部スタッフへと権限が上がり、自由に寮にもやってこられるようになった。
 イツザイは彼の背負っているリュックを千切る勢いで急に掴んで、
「これ、病みアピールすか?」
 もう周りの空気が凍りついた。
 普通、そう言うこと言うか?!
とみんな思っていたに違いない。
 あれにはびっくりした。
 そんなことを言う奴がこの世にいるだなんて。
 海と側にいた宮崎が、二人の間に割って入ろうとすると、被害にあった紬季はイツザイに向かって冷静に答えた。
「これ、ヘルプマーク。裏面は書き込みが出来るカードになっていて、症状や周りに伝えたい事が書いてある」
 そう説明すると、
「へえ。つまり、病みアピールってことっすよね?」
とイツザイは再び。
「さっきみたいに急に掴まないで欲しい。僅かな衝撃で転んじゃたりする人もいるから」
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