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第九走
120:ちょっと、海!恥かいたじゃない
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赤星は三年契約更新型の監督だ。今年の三月で一旦契約が切れるのだ。
去就は気になるところだ。
『俺は何も聞いていない』
と海は答えた。宮崎が嘆いた。、
「四年生になってから、新しい監督って嫌だなあ。スパルタ練習なんて今更ついてけねえぜ」
『新垣はもっと練習時間増やしてくれって、言っているけれどな。中国の陸上部の連中も、急遽来ないことになったんですしって』
今年も来日予定だったイスンや若渓らは、急遽取りやめになった。
たまに連絡を取る仲の海は、彼らから大学側の急なお達しでと聞かされていた。箱根駅伝最下位のチームへ練習しに行っても無駄だと判断されたようだ。
「あの手のひら返しはへこむ。お前ら、価値無しって言われたようで」
最下位という結果は、海らからいろんな角度で自信というものを削り取っていく。
「新垣の場合は練習時間よりまずスタミナだと思うけど。アレルギーあって食べられない物が多すぎるのは分かるんだけどさ。あんなんじゃ、そのうち、疲労骨折するぜ」
「言ってるよ。主務として口酸っぱく。でも、当人にはピンと来てないみたい。俺も現役の時は、歴だの主務に言われたなあ。その事に早く気付けばまだ走れてたかなって考えちゃうけれど、身体の成長だってあったしな。ああ、ごめん。ネガッた。いい話をしよう。ヘラオって、広島のイツザイをスカウトで口説き落としたんだろ?一年間はやらせてくれって大学側に言いそうだけどな」
スカウトには三の法則がある。
西城陸上部には毎年九人から十人、スカウトされて新入生が入ってくる。その内、大学陸上でレギュラーとなれる者が三人。平均的なタイムを出し、まれに化けるかもしれないのが三人。そして、別の道に進むよう引導を渡されるのが三人。そこにプラスして、スカウトはかからかなかったけれどある程度の公式記録を持っている者が五、六名ほど入ってくる。これで毎年十五名ほどになる。
『イツザイなあ。ネットで生の情報を漁ると、ビックマウスでかなり口が悪いらしい。なんでも、相手の言葉を失わせるようなことを言うとか』
名前は竹内光輝。
広島公立の陸上強豪校出身で、高一で五千メートル十三分台を出し、それまで海が持っていた記録を塗り替えてしまった。
次世代のオリンピック候補。しかし、陸上雑誌やテレビ出演は少ない。
だから、表舞台では、走る姿しか見えない。
「う、烏堂くんっ!」
急に遠くから紬季の声がして、海は振り返った。
別れた形になっても、ちゃんと紬季はボランティアスタッフとして西城のグラウンドにやってくる。
元彼が主将の部に週二で来るのは結構、メンタルにくると思うのだが。
紬季はそういうところが肝が太い。
こうなったら次の箱根駅伝が終わったら復活できるのが一番いいが、ちょっとそれは図々しすぎるか。
紬季から話しかけられるのは久しぶりだ。宮崎や鈴木といるときに話しかけてくるのだから個人的な用では無さそうだ。
紬季の隣には見覚えのある青年が両手をブンブン振りながら立っている。
インド系のあの浅黒い肌。
「---ヒ、ズヤ?」
ラーヒズヤ。
彼は、二年生の夏に休部していたとき世話になったラブホテルヘブンの清掃スタッフだ。
二人が近づいてきた。
「赤星先生には許可取っているから。ボランティアスタッフの登録も終わっている。じゃ」
紬季は海らにそう言付けると、ラーヒズヤを置いて室内練習場の方向に足を向けてしまった。
「ちょっと、海!恥かいたじゃない」
ズカズカとこちらに向かってきたラーヒズヤが、海の前で仁王立ちになった。
「あんたが、ヘラオ、ヘラオって言うから、本当の名字だと思って、ヘラオ先生って変わった名字ね。どんな漢字を書くのって、聞いちゃったわよ!本名は赤星っていうそうじゃない!!」
「海、知り合いか?」
鈴木に聞かれて、海は口の端を震わせながら頷く。
説明しようと紙に書きかけると、ラーヒズヤが会話をぶんどった。
「海が休部してたときアルバイト先で一緒だったの。名前はラーヒズヤ。出身はインド。日本在中八年目。多分、あんた方より、日本語を知っている。あ、西城陸上部はアルバイト禁止だったわね。だから、さっきの話はオフレコで」
マシンガンの如く話し始めたラーヒズヤに、宮崎と鈴木が呆気に取られる。
出たよ、ラーヒズヤ節。
海はとうとう噴き出した。久しぶりに笑った気がした。
「箱根駅伝でビリケツを取ってへこんでるかなと思って、差し入れを考えてたんだけれど、西城陸上部の公式ホームページを見ても分かんなくて。で、ちょっと前に、八百屋でバナナを大量に買っている紬季と出会った訳。声かけたら西城でボランティアスタッフってのをやってるって言うじゃない。だから」
ラーヒズヤと紬季が再会していたとは、初耳だ。
しかも、紬季がそれを黙っているとは。
『だったら、俺に直接メッセージをくれればいいだろ』
「驚かせてやろうと思って」
去就は気になるところだ。
『俺は何も聞いていない』
と海は答えた。宮崎が嘆いた。、
「四年生になってから、新しい監督って嫌だなあ。スパルタ練習なんて今更ついてけねえぜ」
『新垣はもっと練習時間増やしてくれって、言っているけれどな。中国の陸上部の連中も、急遽来ないことになったんですしって』
今年も来日予定だったイスンや若渓らは、急遽取りやめになった。
たまに連絡を取る仲の海は、彼らから大学側の急なお達しでと聞かされていた。箱根駅伝最下位のチームへ練習しに行っても無駄だと判断されたようだ。
「あの手のひら返しはへこむ。お前ら、価値無しって言われたようで」
最下位という結果は、海らからいろんな角度で自信というものを削り取っていく。
「新垣の場合は練習時間よりまずスタミナだと思うけど。アレルギーあって食べられない物が多すぎるのは分かるんだけどさ。あんなんじゃ、そのうち、疲労骨折するぜ」
「言ってるよ。主務として口酸っぱく。でも、当人にはピンと来てないみたい。俺も現役の時は、歴だの主務に言われたなあ。その事に早く気付けばまだ走れてたかなって考えちゃうけれど、身体の成長だってあったしな。ああ、ごめん。ネガッた。いい話をしよう。ヘラオって、広島のイツザイをスカウトで口説き落としたんだろ?一年間はやらせてくれって大学側に言いそうだけどな」
スカウトには三の法則がある。
西城陸上部には毎年九人から十人、スカウトされて新入生が入ってくる。その内、大学陸上でレギュラーとなれる者が三人。平均的なタイムを出し、まれに化けるかもしれないのが三人。そして、別の道に進むよう引導を渡されるのが三人。そこにプラスして、スカウトはかからかなかったけれどある程度の公式記録を持っている者が五、六名ほど入ってくる。これで毎年十五名ほどになる。
『イツザイなあ。ネットで生の情報を漁ると、ビックマウスでかなり口が悪いらしい。なんでも、相手の言葉を失わせるようなことを言うとか』
名前は竹内光輝。
広島公立の陸上強豪校出身で、高一で五千メートル十三分台を出し、それまで海が持っていた記録を塗り替えてしまった。
次世代のオリンピック候補。しかし、陸上雑誌やテレビ出演は少ない。
だから、表舞台では、走る姿しか見えない。
「う、烏堂くんっ!」
急に遠くから紬季の声がして、海は振り返った。
別れた形になっても、ちゃんと紬季はボランティアスタッフとして西城のグラウンドにやってくる。
元彼が主将の部に週二で来るのは結構、メンタルにくると思うのだが。
紬季はそういうところが肝が太い。
こうなったら次の箱根駅伝が終わったら復活できるのが一番いいが、ちょっとそれは図々しすぎるか。
紬季から話しかけられるのは久しぶりだ。宮崎や鈴木といるときに話しかけてくるのだから個人的な用では無さそうだ。
紬季の隣には見覚えのある青年が両手をブンブン振りながら立っている。
インド系のあの浅黒い肌。
「---ヒ、ズヤ?」
ラーヒズヤ。
彼は、二年生の夏に休部していたとき世話になったラブホテルヘブンの清掃スタッフだ。
二人が近づいてきた。
「赤星先生には許可取っているから。ボランティアスタッフの登録も終わっている。じゃ」
紬季は海らにそう言付けると、ラーヒズヤを置いて室内練習場の方向に足を向けてしまった。
「ちょっと、海!恥かいたじゃない」
ズカズカとこちらに向かってきたラーヒズヤが、海の前で仁王立ちになった。
「あんたが、ヘラオ、ヘラオって言うから、本当の名字だと思って、ヘラオ先生って変わった名字ね。どんな漢字を書くのって、聞いちゃったわよ!本名は赤星っていうそうじゃない!!」
「海、知り合いか?」
鈴木に聞かれて、海は口の端を震わせながら頷く。
説明しようと紙に書きかけると、ラーヒズヤが会話をぶんどった。
「海が休部してたときアルバイト先で一緒だったの。名前はラーヒズヤ。出身はインド。日本在中八年目。多分、あんた方より、日本語を知っている。あ、西城陸上部はアルバイト禁止だったわね。だから、さっきの話はオフレコで」
マシンガンの如く話し始めたラーヒズヤに、宮崎と鈴木が呆気に取られる。
出たよ、ラーヒズヤ節。
海はとうとう噴き出した。久しぶりに笑った気がした。
「箱根駅伝でビリケツを取ってへこんでるかなと思って、差し入れを考えてたんだけれど、西城陸上部の公式ホームページを見ても分かんなくて。で、ちょっと前に、八百屋でバナナを大量に買っている紬季と出会った訳。声かけたら西城でボランティアスタッフってのをやってるって言うじゃない。だから」
ラーヒズヤと紬季が再会していたとは、初耳だ。
しかも、紬季がそれを黙っているとは。
『だったら、俺に直接メッセージをくれればいいだろ』
「驚かせてやろうと思って」
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