105 / 136
第八走
105:何でも紬季の言うことを聞く
しおりを挟む
六月にあった関東インカレでは、さんざんな結果だったのだ。
海だけが仕上がっていて、他の選手が結果を出せない。
関東インカレの西城の結果を、赤星の指導力不足と書いている陸上競技雑誌もあった。海の弟がいる白山陸上部と違って選手層が一向に厚くならないと。
三年更新で西城の陸上部と契約している赤星は、今年がトータル八年目。箱根駅伝ではそろそろいい結果を残しておきたいところだ。大学の方からもせっつかれていることだろう。
「それに僕、暇だし」
少し話し始めると、海に飢えていることも強く実感する。
真剣に陸上に打ち込んでいる選手と付き合っている相手は皆、こんな感じなのだろうか?
相手のことが好きなのに、相手が強くなればなるほど、物理的にも精神的にも距離ができてしまう。
たぶん、紬季が側にいようとする努力を止めてしまったら、この関係は続かない。
「------ス」
海が目にタオルを当てたまま呟いた。
海の吃音は難発という種類だ。
最初言葉がなかなか出てこない。だから、紬季と声で話をするとき、最初の言葉を省略することも多い。
「------------し、た」
「しないし」
紬季が撥ね付けるように言うと、海が起き上がって、紬季を押し倒してきた。汗と混じったミントの制汗剤の香りがする。
キスしたい。
海はそう言ったのだ。
「僕ら他人同士じゃないか。部活中は」
海が顔を近づけてきたので、紬季は首を横に捻って唇を避けた。
「離れて。人、来るって」
それでも、海は紬季の顎を掴んで無理やり唇を奪っていく。
「陸上雑誌の記者だって周りにいるかもしれないんだぞ。困るのは海くんなのに」
すると、海が肩をすくめる。
そして、またメモを破かずそのまま紬季の膝の上に乗せてくる。
『箱根駅伝が終わったら、めゃちゃめちゃ尽くす』
そして、紬季に寄り添うようにして、さらに書き足してきた。
ドキッとする。
止めろよ、そういうこと、と思う。
人目があるかもしれないところでこういうことをされると、まるで、付き合う前のちょっと触れ合うだけでもドキドキしていた新鮮さが戻ってきたような気分になる。
『何でも紬季の言うことを聞く』
『奴レイになる』
「隷って書けなかったんだね。僕も微妙なとこだけど」
『なあって』
「箱根駅伝終わったらっていつの?海くん、いま、三年生でしょ?四年生のことを言ってるんだったら、再来年の話だよ」
『再来年からずっと一緒』
ずっとなんて言葉、麻薬と一緒だ。
「それまで我慢しろって?!本当、ふざけんなよ」
突発的に叫んでしまって、紬季は頭を抱えたくなった。
ああ、まただ。
最近、感情がこうやっていつも爆発。
コントロールが効かない。
塞ぎ込んでいる部員と話をするときは聞き役に徹せられるのに、相手が海だと全然上手く行かない。
考えているのってこういうこと?
思っているのってこんな感じ?
丁寧に相手の言葉を拾っていってまとまらない考えを整えてあげて、でも決して紬季の方から答えを断定することはなく。
けれど、海を目の前にするとどうしても要求が出てしまう。
こっちは、これだけ尽くして、これだけ我慢しているんだから、少しは応えてくれよ、と。
でも、その『少し』が何であるのか、紬季本人でも分からない。
たぶん、『少し』は『全部』。
海の時間も興味も、海自身も全部欲しい。
そして、慌てて思うのだ。
こんなんじゃ駄目だ。海のように打ち込めるものを自分も探さないと。
デスクワークで、自分のぺースでできて、一人前って言われるぐらいお金を稼いで。
夜中に不安になってネットを漁れば、『一日十分の作業で月百万円。専業主婦の私でもできました』的な明らかな詐欺サイトに惹かれている。そして、翌朝我に返って、何にもできない自分に失望する。
「そっちはやりたいことばっかりやって、僕は我慢が当たり前で」
紬季は顔を手で覆った。
「……頑張ってるの痛いほど分かるから、こんなこと言いたくない。自分が惨めになる」
紬季は海の側から離れようとすると、海が立ち上がって紬季をすぐ側の茂みへと半ば無理やり連れて行った。
海だけが仕上がっていて、他の選手が結果を出せない。
関東インカレの西城の結果を、赤星の指導力不足と書いている陸上競技雑誌もあった。海の弟がいる白山陸上部と違って選手層が一向に厚くならないと。
三年更新で西城の陸上部と契約している赤星は、今年がトータル八年目。箱根駅伝ではそろそろいい結果を残しておきたいところだ。大学の方からもせっつかれていることだろう。
「それに僕、暇だし」
少し話し始めると、海に飢えていることも強く実感する。
真剣に陸上に打ち込んでいる選手と付き合っている相手は皆、こんな感じなのだろうか?
相手のことが好きなのに、相手が強くなればなるほど、物理的にも精神的にも距離ができてしまう。
たぶん、紬季が側にいようとする努力を止めてしまったら、この関係は続かない。
「------ス」
海が目にタオルを当てたまま呟いた。
海の吃音は難発という種類だ。
最初言葉がなかなか出てこない。だから、紬季と声で話をするとき、最初の言葉を省略することも多い。
「------------し、た」
「しないし」
紬季が撥ね付けるように言うと、海が起き上がって、紬季を押し倒してきた。汗と混じったミントの制汗剤の香りがする。
キスしたい。
海はそう言ったのだ。
「僕ら他人同士じゃないか。部活中は」
海が顔を近づけてきたので、紬季は首を横に捻って唇を避けた。
「離れて。人、来るって」
それでも、海は紬季の顎を掴んで無理やり唇を奪っていく。
「陸上雑誌の記者だって周りにいるかもしれないんだぞ。困るのは海くんなのに」
すると、海が肩をすくめる。
そして、またメモを破かずそのまま紬季の膝の上に乗せてくる。
『箱根駅伝が終わったら、めゃちゃめちゃ尽くす』
そして、紬季に寄り添うようにして、さらに書き足してきた。
ドキッとする。
止めろよ、そういうこと、と思う。
人目があるかもしれないところでこういうことをされると、まるで、付き合う前のちょっと触れ合うだけでもドキドキしていた新鮮さが戻ってきたような気分になる。
『何でも紬季の言うことを聞く』
『奴レイになる』
「隷って書けなかったんだね。僕も微妙なとこだけど」
『なあって』
「箱根駅伝終わったらっていつの?海くん、いま、三年生でしょ?四年生のことを言ってるんだったら、再来年の話だよ」
『再来年からずっと一緒』
ずっとなんて言葉、麻薬と一緒だ。
「それまで我慢しろって?!本当、ふざけんなよ」
突発的に叫んでしまって、紬季は頭を抱えたくなった。
ああ、まただ。
最近、感情がこうやっていつも爆発。
コントロールが効かない。
塞ぎ込んでいる部員と話をするときは聞き役に徹せられるのに、相手が海だと全然上手く行かない。
考えているのってこういうこと?
思っているのってこんな感じ?
丁寧に相手の言葉を拾っていってまとまらない考えを整えてあげて、でも決して紬季の方から答えを断定することはなく。
けれど、海を目の前にするとどうしても要求が出てしまう。
こっちは、これだけ尽くして、これだけ我慢しているんだから、少しは応えてくれよ、と。
でも、その『少し』が何であるのか、紬季本人でも分からない。
たぶん、『少し』は『全部』。
海の時間も興味も、海自身も全部欲しい。
そして、慌てて思うのだ。
こんなんじゃ駄目だ。海のように打ち込めるものを自分も探さないと。
デスクワークで、自分のぺースでできて、一人前って言われるぐらいお金を稼いで。
夜中に不安になってネットを漁れば、『一日十分の作業で月百万円。専業主婦の私でもできました』的な明らかな詐欺サイトに惹かれている。そして、翌朝我に返って、何にもできない自分に失望する。
「そっちはやりたいことばっかりやって、僕は我慢が当たり前で」
紬季は顔を手で覆った。
「……頑張ってるの痛いほど分かるから、こんなこと言いたくない。自分が惨めになる」
紬季は海の側から離れようとすると、海が立ち上がって紬季をすぐ側の茂みへと半ば無理やり連れて行った。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
ある宅配便のお兄さんの話
てんつぶ
BL
宅配便のお兄さん(モブ)×淫乱平凡DKのNTR。
ひたすらえっちなことだけしているお話です。
諸々タグ御確認の上、お好きな方どうぞ~。
※こちらを原作としたシチュエーション&BLドラマボイスを公開しています。
【R18】性の目覚め、お相手は幼なじみ♂【完結】
桜花
BL
始まりは中2の夏休み。
あれは幼なじみの春樹と初めてAVを見た日。
僕の中で、何かが壊れた。
何かが、変わってしまった。
何年も続けてきた、当たり前の日常。
全て特別なものに思えてくる。
気付かれるのが怖い。
もし伝えたら、どんな顔をするのかな…。
幼なじみ2人の数年にわたる物語。
彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた
おみなしづき
BL
小学生の時に母が再婚して義理の兄ができた。
それが嬉しくて、幼い頃はよく兄の側にいようとした。
俺の自慢の兄だった。
高二の夏、初めて彼女ができた俺に兄は言った。
「ねぇ、ハル。なんで彼女なんて作ったの?」
俺は兄にめちゃくちゃにされた。
※最初からエロです。R18シーンは*表示しておきます。
※R18シーンの境界がわからず*が無くともR18があるかもしれません。ほぼR18だと思って頂ければ幸いです。
※いきなり拘束、無理矢理あります。苦手な方はご注意を。
※こんなタイトルですが、愛はあります。
※追記……涼の兄の話をスピンオフとして投稿しました。二人のその後も出てきます。よろしければ、そちらも見てみて下さい。
※作者の無駄話……無くていいかなと思い削除しました。お礼等はあとがきでさせて頂きます。
当たって砕けていたら彼氏ができました
ちとせあき
BL
毎月24日は覚悟の日だ。
学校で少し浮いてる三倉莉緒は王子様のような同級生、寺田紘に恋をしている。
教室で意図せず公開告白をしてしまって以来、欠かさずしている月に1度の告白だが、19回目の告白でやっと心が砕けた。
諦めようとする莉緒に突っかかってくるのはあれ程告白を拒否してきた紘で…。
寺田絋
自分と同じくらいモテる莉緒がムカついたのでちょっかいをかけたら好かれた残念男子
×
三倉莉緒
クールイケメン男子と思われているただの陰キャ
そういうシーンはありませんが一応R15にしておきました。
お気に入り登録ありがとうございます。なんだか嬉しいので載せるか迷った紘視点を追加で投稿します。ただ紘は残念な子過ぎるので莉緒視点と印象が変わると思います。ご注意ください。
お気に入り登録100ありがとうございます。お付き合いに浮かれている二人の小話投稿しました。
君が好き過ぎてレイプした
眠りん
BL
ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。
放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。
これはチャンスです。
目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。
どうせ恋人同士になんてなれません。
この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。
それで君への恋心は忘れます。
でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?
不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。
「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」
ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。
その時、湊也君が衝撃発言をしました。
「柚月の事……本当はずっと好きだったから」
なんと告白されたのです。
ぼくと湊也君は両思いだったのです。
このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。
※誤字脱字があったらすみません
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる